なぜ日本は、ヒロシマ・ナガサキの大惨事にもかかわらず、 原子力を受け容れたのか


IPPNWドイツ支部

広島、長崎の大惨事から70年目を記してIPPNWドイツ支部が論評を出した。「なぜ日本は、ヒロシマ・ナガサキの大惨事にもかかわらず、原子力を 受け容れたのか 」との記事のタイトルが既に物語っているように、IPPNWの論評は、原爆攻撃のために数多くの被爆犠牲者を出した日本が、なぜいとも簡単に核エネルギー を受け容れていったのか、その背景を掘り下げると共に、私たちに大きな疑問を投げかけている。論評は日本人にとって、大いに思考を促すものなのではないか と思う。

原文(ドイツ語)へのリンク:

http://www.ippnw.de/atomwaffen/humanitaere-folgen/artikel/de/yin-und-yang-weshalb-japan-sich.html

なぜ日本は、ヒロシマ・ナガサキの大惨事にもかかわらず、原子力を受け容れたのか
ヒロシマ・ナガサキから70

2015年8月11日

(和訳:グローガー理恵

1945年8月6日、原子爆弾 リトルボーイは広島で炸裂し、市は灼熱の地獄へと 化した。その3日後 の1945年8月9日には長崎が、同様の過酷な運命に襲われたのだった。広島、長崎と、原子爆弾が炸裂したその日、数万人の人々が亡くなり、その年の末ま でに命を奪われた人々の数は、20万人近くに及んだ。あとの何十万人という犠牲者には、彼らの生涯にとって消えることのない傷痕が残った。それは、ー 負傷や火傷を負い、放射線被曝の影響を受け、自分の家族や故郷を喪失し、精神的外傷を負い、被爆者としての烙印を押されたー傷痕であった。

この8月には、広島と長崎が原爆爆撃されてから70年目を記することになるが、この広島と長崎で起こった大惨事ほど、強く日本人の集団的記憶の中に 焼き付いた史実はない。それ以後、日本市民の大多数は、広島・長崎原爆投下の生存者である被爆者たちと共に、全ての核兵器の廃絶を唱え、世界中で2千回以 上行われた核兵器実験の被害者たちとも連帯している。さらに、今年の11月には広島で、初の 世界核被害者フォーラムが開催され、そこにおいて、放射能汚染されたウラン採掘地帯に住む住民や民間および軍事核事故の犠牲者など、すべての被害者が話す機会を得られることになっている。

しかし、それ以上にもっと驚くべき事実がある。それは、今日において、日本の原子力産業が世界で最大かつ最強な原子力産業のひとつとして数えられるということである。いわゆる 原子力ムラと も呼ばれている日本の原子力ロビーは、日本国内で何十年もの間ずっと政治や社会に決定的な影響を及ぼしてきており、与党とも密接に結託している。彼らは実 際、日本で最も影響力の強い産業ロビー団体なのである。ここで、ある疑問が湧く:それは、「いかにして、この軍事核産業が産み出した原爆のためにあれほど 酷く苦しんだ国が、民間原子力産業を自国の産業の柱石としていく事になったのか?」という疑問である。我々は、IPPNWドイツ支部と交流/繋がりのある 日本の人々に、この疑問を提示してみた。
広島市大学・広島平和研究所で働くロバート・ジェイコブス (Robert Jacobs) 博士/准教授は、「原爆投下後の何年かの間、日本人は全ての原子核テクノロジーを猛烈に拒絶した」と説明する。戦後日本と結びついた米国は、「日本人は原 子力に対して非理性的な恐怖感を懐いている」とすら報告している。1945年の8月、人類は核の破壊的な力を知ることになったのであるから、 おそらくは、世界中のほとんどの人々が、原子力というものに対して、日本人と同様な反応を示したのではないだろうか。しかし米国は、このような世界的な拒 絶反応を阻止したかった。冷戦が始まった頃、アメリカの核兵器保有は、軍事上ドクトリンの最も重要な軸足となり、核兵器基地が太平洋にも、且つ一番うまく いった場合には、ソ連への飛行距離をできる限り短くするために、日本にも出来ることになっていた。つまるところ、日本人の原子力への非理性的な恐怖が原子力の受容に変わることが肝要となったのである。

これを踏まえて、1953年、ドワイト・アイゼンハワー米国大統領 は‘’平和のための原子力 (Atoms for Peace) ”  計画を開始した。それは、「兵器級プルトニウムの生産過程で多量のエネルギーが発生する ー そのエネルギーを電力生産のためにも利用することができる」という提案であった。すなわち、この 平和のための 原子力’’ を世界中に広めることで、原子核テクノロジーの悪いイメージを糊塗して、広い社会的受容を得るための道を拓くという意図であった。

このアイディアは日本においても素早く支持者を見つけた。ー特に、勢力や威力、そして大儲けを嗅ぎ出したや政治家や企業家の中に…。日本では従来、 政治と企業が非常に密接に絡み合っている。ー原子力の場合だと、企業、政治家、原子力規制庁との間の密接度が、容認できるような限度を超えてしまってい る。

しかしながら、原子力支持者にとって、まず、やらなければならなかったことは、日本社会に存在する原子力への根強い不安を打ち破ることであった。そ して、日本人がどのように語義を捉え把握するのか、原子力の主唱者は 心得ていたのである。彼らはまず第一に、用語表現を変更緩和させることにした:いわゆる 【peaceful use (平和利用)of nuclear energy(核エネルギー)】 という言葉は【核エネルギーの平和利用】ではなく【原子力の平和利用】と和訳された。日本語で 【nuclear(核) weapons (兵器)】 は 【核兵器】と呼ばれるため、【原子力】は【核兵器】とは異なった事柄を表す言葉であるとして、多くの日本人が心の中で、民間と軍事核産業は別々のものであ ると区別して考えるようにさせた。単に核を原子力と呼ぶことで、その事が可能になった。しかし事実は、米国の核産業が示したように、民間核産業も軍事核産 業も密接にかみ合っていたのである。

次のシンボリックなステップは、再建された広島市の都心に原発第一号機を建てることであった。ー 広島市を破壊し、あれだけの多くの人々の命を奪い去った、あのの原子に続いて、今度は、有益で、市を復興させて、国やその経済に新しい生を与えてくれるであろうという の 原子がやって来ることになる、との明白な印として…。このような陰陽的思想は、多くの日本人の共感を得たかもしれないし、それ自体で何人かの被爆者にとっ ては、「何のためにこのような事が起きなければならなかったのか?」という彼らの問いに対する答えとなったかもしれない。…しかし、被爆者と広島市民の圧 倒的多数は、原子核テクノロジーを拒絶し続けたのだった。そして、広島に原発を設置する計画は、地元住民による猛烈な反対のために失敗に終わった。朝日新 聞の新しい調査によると、全ての被爆者の内その“3分の2 (⅔) “が、これまで、原子力を拒否している、という。

しかし米国は、日本国内に民生原子力を根づかせようと、〝原子力平和利用博覧会〞と名付けられた大規模な宣伝活動に資本提供することにした。〝原子力平和利用博覧会〞は、1955年から1957年にかけて日本の10都市で開催された。この〝博覧会〞は、 広島の平和記念資料館にもやって来た。そのために、資料館に常時展示されていた、原爆の惨状や放射線の恐怖を伝える資料、被爆者の遺品などの展示品が館外 に移され、博覧会の後も、原子力平和利用をテーマにした展示物が、何年もの間、資料館内の展示会場を占めることになった。そして、これらの出来事は、事態 を傍観するしかなかった多くの被爆者の怒りをかったのだった。

この原子力ロビーによる集中的なプロパガンダは、政府と繋がりのあるテレビ局や新聞の高揚的報道によって盛り立てられた。「原子力の平和利用は我々 の経済を成長させる」とのスローガンは、間もなく、日本社会に浸透遍在していき、テクノロジーの進歩に好意的な日本市民の心に刷り込まれていった。その頃 から日本人の間で、”とは、ヒロシマとナガサキの恐るべき大量虐殺と結びついたものであり、”原子力は、経済成長と人々の幸福に結びついたものであるとの概念が生まれるようになった。

1956年以後、日本原子力研究所が東京から東北の地域にある小さな東海村に発足した。それに続いて出来たのが、核燃料生産工場、使用済燃料再処理 施設、そして日本で最初の原子力発電所であった。東海村は、日本の原子力産業の核心となった ーとともに、フクシマ原発事故以前に20以上の所在地に位置した58基の原子炉を有していた、腐敗した、規制不十分な、事故慣れした産業のシンボルとも なった。すでにフクシマ超大規模原子力事故が起こったずっと以前から、原子力施設において漏洩や爆発、火災が発生し、その度ごとに、一部で大量の放射能放 出を伴っていた事があったという事実が、日本の原子力産業の特色を現わしている。

「今日、多くの日本人は、なぜ、地震、津波、火山噴火で度々悩まされている国が、なんら疑問を発することもなく単純に、原子力を受け容れることがで きたのだろうか、と思案している。さらに彼らは、経済界・政界の有力者が当時から間違っていると分かっていながら、これらの危険性を無視した背後には何が あったのだろうか、と問うている」と、広島平和研究所の ジェイコブス博士は述べる。

さらに、見て見ないふりをする習慣や政治家、企業、原子力規制庁の間の癒着といった背景が原因として付け加わり、東海村やフクシマの原子力災害の発生に寄与していった。

そして、国会事故調査委員会は2012年6月、「フクシマ原子力災害の原因は、これまでの規制当局の原子力防災対策への怠慢と、当時の官邸、規制当 局の危機管理意識の低さ、そして責任を持つべき官邸及び規制当局の危機管理体制が機能しなかったためであり、自然災害というよりも人的ミスに帰する」との 結論に至った。今回、再び、日本市民に高レベルの放射能を浴びさせたのは外敵ではなく、自分の国の規制当局と企業の過失/怠慢によるものであったという認 識は正に、多くの被曝者に諦めと茫然自失をもたらした。

ジェイコブ氏は書く:「原爆被爆者たちは、核時代の終わり、核兵器の廃絶、そして、自分たちの身にふりかかった、あの苦しみを、もう誰一人として味 わう必要のない世界を渇望している」と。 だが、その逆に彼らは、フクシマ原子力災害の後、あるイメージと向かい合わされている:それは、自分たちの故郷 が放射能汚染されてしまったために避難施設で生活し – 線量計をつけて学校へ通い– 健康診断に一生涯、臨まなければならず– そして原爆被爆者と同様に、がん発病率の増加や子孫への遺伝的影響、社会的烙印を恐れている – 女性、子ども、老人たちのイメージなのである。

これらのイメージは、原爆の犠牲者たちが実際に目指している未来とは全く正反対のものを描き出している。臨床心理学者である福島県・いわき明星大学 の窪田文子 (のりこ)教授は彼女の論評をこう結んでいる:「ヒロシマは、70年経った今も放射線被曝の影響と闘っている。だからこそ広島の人々は、自分たちと同様 に、今、放射線被曝と取り組んでいる福島の人々に対して特別な心情を懐いている。」

(日本語訳:グローガー理恵)

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye3068:150825〕

子ども・被災者支援法の基本方針改定が閣議決定


満田夏花

本日、原発事故子ども・被災者支援法の基本方針の改定が閣議決定されました。
http://www.reconstruction.go.jp/topics/m15/08/20150825144311.html
2015年7月10日から8月8日まで行われた一般からの意見応募では、1,500件のコメントがよせられました。
このパブコメの内容や対応が公開されないままの閣議決定となりました。
(閣議決定後、パブコメ内容・対応が公開されました⇒
http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat2/20150825093158.html)
~パブコメ出された方は、どう扱われているか、ご確認ください。

今回の基本方針は、線量が低減したとして、「避難指示区域以外から新たに避難する状況にはない(※)」「支援対象地域は縮小又は撤廃することが適当となると考えられる(当面は維持)」「(空間線量等からは」支援対象地域は縮小又は撤廃することが適当」「当面、放射線量の低減にかかわらず、支援対象地域の縮小又は撤廃はしないこととする」した上で、福島県による自主的避難者への無償住宅提供の打ち切り方針を追認しています。

※もともと復興庁が示した基本方針案では、「避難する状況にはない」とされていました。轟々たる批判をうけて、「新たに」と付け加えたものと思われますが、避難者の選択する権利を奪うという本質的な問題は変わっていません。

この閣議決定に関しまして、FoE Japanでは、基本方針の問題点をやや詳細に解説する内容の声明を出しました。以下からご覧ください。

【声明】 原発事故子ども・被災者支援法 基本方針改定の閣議決定を受けて:避難者切捨ての方針で、法の理念に反する
http://www.foejapan.org/energy/news/150825.html

また、被災当事者団体や支援団体などで構成する、「原発事故被害者の救済を求める全国運動」でも、一連の帰還政策や被害矮小化と一体化した、この基本方針改定の本質をつく声明を出しました。こちらもぜひご一読ください。

【緊急声明】被災者切り捨ては、この国の未来の切り捨て。支援法の立法趣旨・基本理念からさらに大きく逸脱した支援法改定基本方針の閣議決定に抗議し、撤回を求めます。
http://act48.jp/index.php/2-uncategorized/30-2015-08-25-07-58-18.html

FoE Japan
〒173-0037 東京都板橋区小茂根1-21-9
Tel:03-6909-5983 Fax:03-6909-5986

811再稼働、私達は忘れない


在外邦人と賛同者の 脱原発ネットワーク
 「よそものネット」

声明・811再稼働、私達は忘れない

私達は決して忘れません。

広島、長崎70年の原爆忌の直後に、「311」に対しての再稼働「811」を。

ヨーロッパ各国でも報道されています。非核三原則をヒロシマで言わなかった 安倍は、 痛烈な批判にさらされてナガサキでは言及したと。

民意を無視し、安全を無視し、人の命を軽視し、誰も責任を取らない、事故の避難も保障もできない態勢で、老朽化した川内原発 を再稼働させた公益企業たる九州電力を、私達は決して忘れない。

伊藤祐一郎・鹿児島県知事を決して忘れない。

岩切秀雄・薩摩川内市長を決して忘れない。

この日を、この「811」という日を、私達日本人は、この暴挙を行った安倍、自民公明政権をきっと忘れない。

人類に対して、日本人として、やがて来る大惨事を止められなかった慙愧の念とともに。
2015年8月12日

在外邦人と賛同者の 脱原発ネットワーク
「よそものネット」

日伊の架橋ー朋・アミーチ
スイス・アジサイの会
資料センター≪雪の下の種≫(イタリア・ピサ)
よそものフランス
さよなら原発デュッセルドルフ(ドイツ)

http://yosomono-net.jimdo.com/

問題山積のまま見切り発車の川内原発1号機再稼働を憂慮する


声明:問題山積のまま見切り発車の川内原発1号機再稼働を憂慮する
原子力市民委員会
座  長  吉岡 斉
座長代理  大島堅一 島薗 進 満田夏花
委  員  荒木田岳 井野博満 大沼淳一
海渡雄一 後藤政志 筒井哲郎
伴 英幸 武藤類子

 

1.原発再稼働の強行に至る経緯

九州電力川内原発1号機が、とうとう起動し発電再開へ向けて秒読み段階に入った。これ は原子力規制委員会が設置されてから最初の原発再稼働となる。九州電力関係者にとっては夢にまで見た瞬間であろう。またこれを機に、日本全国で原発再稼働 の流れが定着してほしいと、原子力関係者は強く期待しているに違いない。
川内原発1号機の再稼働への道のりは険しかった。福島原発事故後も設置許可は取り消されず、日本の原発の多くは運転を続けた。しかし定期検査などでいっ たん停止した原発の再稼働は立地・周辺地域の同意を得ることが難しくなった。国民世論を刺激することも関係者は恐れた。このままでは全ての原発が再稼働で きなくなると原子力安全・保安院、経済産業省、関係閣僚らは懸念を抱き、定期検査後の再稼働を承認する正規のルールを確立しようとした。
原子力安全・保安院は当初、この問題を軽く考えていた。津波を原因とする全電源喪失および冷却機能喪失という緊急事態を想定した小手先の安全対策の追加 を電力会社に指示し、それに対する電力会社の報告を受けて再稼働にゴーサインを出そうとした。なお原子力安全・保安院は直ちに対策が整わなくても中長期的 な整備計画が策定されていれば、運転再開について安全上支障がないとした。経済産業省がこの新ルールを適用しようとした最初の原発が、九州電力玄海2・3 号機だった。だが九州電力やらせメール事件が発覚して眞部利應社長が辞任を発表し、この件は白紙となった。

2011年 7月11日、菅直人首相の意向にもとづき関係閣僚は再稼働の条件としてストレステスト実施を指示した。原子力安全・保安院は作ったばかりの新ルールを白紙 に戻し、それに従った。ストレステスト(1次評価)に最初に合格したのは関西電力大飯3・4号機(2012年 2月13日)だった。だがその頃から、原子力規制体制を一新しようとする政治的動きが活発化し、原子力安全・保安院はまもなく廃止されることとなり、スト レステスト方式による再稼働という新ルールはまたも白紙となりかけた。そして2012年 5月 5日、それまで運転していた全ての原発が定期検査に入り、日本の稼働中の原発はゼロとなった。しかし野田佳彦首相は2012年夏、ストレステスト方式によ る再稼働の唯一の適用例として関西電力大飯3・4号機の再稼働を後押しし、2012年 7月 5日から2013年 9月15日にかけて2基が稼働した。
2012年 9月19日、原子力規制委員会が環境省の外局として設置され、その事務局として原子力規制庁が設置された。その際に原子炉等規制法が改正され、バック フィット適合が義務づけられたため、全ての原発は再稼働に当たって新規制基準適合を義務づけられた。この新体制のもとで2013年 7月 8日、商業発電用原子炉に関する新規制基準が施行された。その日の内に九州電力川内1・2号機を含む合計10基の適合性審査の申請が行われ、4日後には九 州電力玄海3・4号機も加わった。3度目の仕切り直しである。こうして適合性審査が始まったが、審査は長期化した。ようやく川内1・2号機が2014年 9月10日に合格とされた。(その後、2015年 2月12日に関西電力高浜3・4号機、7月15日に四国電力伊方3号機が合格とされている)。
だが再稼働までには工事計画認可、保安規定認可、起動前検査をクリアする必要があり、その審査にも時間を要した。ようやく本年 8月、川内1号機が再稼働する運びとなった。適合性審査の申請から実に 2年あまりを要したこととなる。川内1号機は 4年 3カ月ぶりの再稼動となる。同2号機も10月再稼働が見込まれている。九州電力全体でみれば、同社で最後まで運転していた玄海4号機は2011年12月 25日に停止したので、3年 8カ月ぶりに原発ゼロ経営を脱することとなる。長い道のりだったと九州電力関係者は一息つくだろう。
ただ2015年内の再稼働は全国で2基止まりとなろう。原子力規制委員会の設置変更許可が2番目におりた関西電力高浜3・4号機は、福井地裁による運転 差止仮処分決定(2015年 4月14日)により、2015年内の再稼働は絶望的だ。また3番手の四国電力伊方3号機(7月15日設置変更許可)も、工事計画認可等の手続きを半年でク リアし今年中に再稼働するのはきわめて困難だろう。来年以降も再稼働促進への視界は晴れない。おまけに福島事故により日本国民の原発に対するリスク認識は 変化した。事故・事件等により安全上の問題が露呈すればその都度、多数の原子炉が長期停止や、場合によっては廃止に追い込まれる可能性が高い。

くなると原子力安全・保安院、経済産業省、関係閣僚らは懸念を抱き、定期検査後の再稼働を承認する正規のルールを確立しようとした。
原子力安全・保安院は当初、この問題を軽く考えていた。津波を原因とする全電源喪失および冷却機能喪失という緊急事態を想定した小手先の安全対策の追加 を電力会社に指示し、それに対する電力会社の報告を受けて再稼働にゴーサインを出そうとした。なお原子力安全・保安院は直ちに対策が整わなくても中長期的 な整備計画が策定されていれば、運転再開について安全上支障がないとした。経済産業省がこの新ルールを適用しようとした最初の原発が、九州電力玄海2・3 号機だった。だが九州電力やらせメール事件が発覚して眞部利應社長が辞任を発表し、この件は白紙となった。

2.原子力規制委員会の審査は安全を保証しない

原子力市民委員会が今まで再三にわたり指摘してきたように、原子力規制委員会の審査に 合格した原発といえどもその安全性は保証されていない。そのことは『原発ゼロ社会への道――市民がつくる脱原子力政策大綱』(2014年 4月12日発行)、「見解:川内原発再稼働を無期凍結すべきである」(7月 9日)、「川内原発審査書案に対する総合的意見」(8月 4日)、「声明:原子力規制委員会の存在意義が問われている」(9月30日)、「声明:原子力規制委員会が審査書を決定しても原発の安全性は保証されな い」(9月30日)、「見解:高浜原発3・4号機の再稼働は容認できない」(2015年 2月 1日)、「年次報告2015 原子力発電復活政策の原状と今後の展望」(6月 8日)などで述べてきたとおりである。
安全が保証されていない主な理由は2つある。第1は、審査の大黒柱をなす新規制基準が本質的に甘い規制基準であることである。それは大筋において国際水 準に追いついたといえるが、国際水準そのものが、旧式炉を含め既設炉でも合格できる水準に設定されているので、それと比べ大きな遜色のない程度では、災害 大国に住み、福島第一原発事故により大量の放射能を浴びせられた私たちとしては、甘すぎる基準と言わざるを得ない。特に立地審査指針を強化すべきところ、 反対に無効化してしまったことは、従来の安全基準と比べても重大な後退である。新規制基準は事故対策組織を形式的に整備してハードウェアの追加工事といっ た部分的改善を、支払可能なコストの範囲で行えば、全ての既設原発が合格できるよう注意深くデザインされたものであり、実態としては原発設備の本体部分は 既設の設備のままで、重大事故対応の可搬式設備を付け加えて、安全性を強化したと称しているに過ぎない。地震や津波の想定も若干大きめにした程度であり、 簡単な補強工事で対応できる範囲に留めている。おまけに審査に際して新規制基準の弾力的運用がなされている。たとえば火山影響評価ガイド(火山審査ガイ ド)について、姶良(あいら)カルデラからの巨大噴火による火砕流の原発敷地内への到達可能性を原子力規制委員会は認めているが、モニタリングにより予兆 を把握できるという九州電力の主張を鵜呑みにし、合格としている。だが火山学界では巨大噴火についてモニタリングで有効な危険予知ができないというのが定 説である。
第2は、新規制基準の中に、地域防災に関する基準が含まれていないことである。新規制基準がカバーしているのは国際原子力機関IAEAが定める多重防護 (深層防護)の第4層までであり、第5層の原子力施設外での放射線被ばく防護が規制基準に含まれていない。原子力災害対策特別措置法および原子力規制委員 会の原子力災害対策指針の定めでは、敷地外の防災・避難計画は立地自治体(道県、市町村)および周辺自治体(原発から30km圏内にある府県、市町村)に 丸投げされており、原子力規制委員会は地域防災計画作成のための簡単な指針を公表するのみで、防災・避難計画を審査対象としていない。今まで提出された地 域防災計画はほとんどが「絵に描いた餅」であり、とりわけ災害弱者に対する配慮を著しく欠いている。しかも全国および地方(たとえば九州地方全体)におけ る広域的な防災・避難計画は策定されていない。原発過酷事故による放射能が都道府県境を軽々と超え、避難民や防災要員・物資も都道府県境を大規模に横切る ことは、福島原発事故で私たちは経験済みである。

さらに、ここにきて、運転開始から31年以上経過している川内原発1号炉について、運転開始から30年までに必要とされている高経年化(老朽化)審査が 行われていなかったことが明らかになった。九州電力は、2015年 7月 3日に補正申請を提出したが、この補正申請は、設備の変更に加え、耐震安全性評価の追加を含む大幅な変更・追加となっている。主給水配管の腐食減肉評価に おいて0.991と許容値1に対してぎりぎりの危険部位もある。それにもかかわらず、原子力規制庁は九電の評価をほぼ丸呑みにした審査を行い、8月 5日、原子力規制委員会もこれを了承。保安規定の変更申請を認可した。補正申請からわずか 1ヶ月のスピード審査であり、委員会における審議はわずか数分であった。あきらかに再稼働直前の駆け込み認可であり、旧原子力安全・保安院時代にさえ厳格 に守られてきたルールから逸脱するものである。
このように原子力規制委員会による審査は、立地・周辺住民はもとより国民の安全を保証していない。今の規制基準がきわめて不十分なものであり、住民・国 民の安全が十分に保証されるものとなっていないことから、新規制基準による原発再稼働は認められないというのが、原子力市民委員会の見解である。
原子力発電は、他の技術とは異次元の、時間的にも空間的にも並外れて巨大な災害をもたらすリスクを抱えている。しかもその災害の原因究明は放射線・放射 能に阻まれて困難をきわめている。福島事故から 4年 5カ月を経過した現在でも、原子炉システムにおける事故進行の詳細なシナリオは解明されておらず、核燃料デブリの所在場所すら分かっていない。さらに事故 の収束もままならない。事故収束には「止める」「冷やす」「閉じ込める」の3条件が満たされる必要があるが、循環注水冷却システムの「冷やす」機能は不安 定である。また広範囲に飛散した放射能を回収し「閉じ込める」ことは全く不可能である。このように原子力発電は特別のリスクを抱える異次元の技術である。 そのようなものの再稼働を、軽々に判断してはならない。

3.原発ゼロ社会を実現するために

川内原発1号機の再稼働はきわめて残念なことである。しかし原子力発電は、電力会社がその魅力に惹かれて進めている事業ではなく、大き過ぎる経営リスク とそれに由来する種々の難点を抱えていることを承知の上で、国策によって進めてきた事業である。したがって国家政策を転換することができれば途端に立ち行 かなくなる虚弱な体質をもつ。しかもその生産物である電気は他の手段でも作ることができるので、原子力発電は経済社会の必需品ではなく、無くてもよい技術 である。それゆえ主権者たる国民が政策転換のきっかけを創り出すことさえできれば、原子力発電は遠からず廃止されるであろう。このような確信をもって、私 たちは原発ゼロ社会を実現するための調査・研究・対話を地道に進めていく他はない。
そうした取り組みの現在における最大の焦点が再稼働問題である。ここにおいても、市民のねばり強い活動を背景とした国民世論の力が今まで原発再稼働を押 しとどめてきた。仮に、政府や電力会社などが原発再稼働を強引に進めることになっても、そのスピードをできるだけ遅らせ、再稼働にこぎつける原子炉の基数 を少数にとどめることが重要になる。なぜなら原発事故の危険性をそれだけ減らせるとともに、原発ゼロ社会へ向けての政策的な舵取りが円滑に行えるからであ る。原発再稼働をできる限り抑え込むためにさまざまな活動が考えられるが、ここでは裁判を活用することと、立地地域自治体に働きかけることの2点について 述べたい。
第1の裁判の活用については、2014年 5月21日に福井地裁が大飯原発3・4号機の運転差止判決を下したのが記憶に新しい。さらに同地裁は2015年 4月14日、高浜原子力発電所3・4号機について、運転差止決定を下した。それは原告住民側の仮処分命令申立に関するものであり、仮処分が有効であり続け る限り関西電力は高浜3・4号機を再稼働できなくなった。このように福島事故以来、司法の原発への姿勢にも変化の兆しが現れている。
また東京第五検察審査会の議決(2015年 7月17日)も注目に値する。福島原発告訴団(2012年 3月結成)は、福島原発事故による住民被害を刑事事件として福島地検に東京電力関係者、政府関係者、放射線専門家らを告訴した(2012年 6月11日)。それは東京地検で審査されたが2013年 9月 9日に不起訴処分が決定された。そこで福島原発告訴団は翌月、対象者を東京電力幹部6名に絞って刑事事件の申立を行った。2014年 7月31日、東京第五検察審査会は勝俣恒久会長、武黒一郎フェロー、武藤栄副社長の3名(いずれも肩書は事故当時のもの)に対し不起訴不当の議決を行っ た。それに対し東京地検は2015年 1月22日、再度不起訴の判断を示し抵抗した。だが検察審査会はただちに審査を再開し、7月17日に再び3名に対し不起訴不当の議決を行った。これにより 3名の元東京電力最高幹部は強制起訴されることが決定した。つまり原発過酷事故を起こせば刑事事件の被告となるリスクを負うことが明確となったのである。 それは電力関係者にとって恐怖であるに違いない。それは電力会社の原子力発電に関する今後の姿勢に影響を及ぼす可能性がある。

3.原発ゼロ社会を実現するために

川内原発1号機の再稼働はきわめて残念なことである。しかし原子力発電は、電力会社がその魅力に惹かれて進めている事業ではなく、大き過ぎる経営リスク とそれに由来する種々の難点を抱えていることを承知の上で、国策によって進めてきた事業である。したがって国家政策を転換することができれば途端に立ち行 かなくなる虚弱な体質をもつ。しかもその生産物である電気は他の手段でも作ることができるので、原子力発電は経済社会の必需品ではなく、無くてもよい技術 である。それゆえ主権者たる国民が政策転換のきっかけを創り出すことさえできれば、原子力発電は遠からず廃止されるであろう。このような確信をもって、私 たちは原発ゼロ社会を実現するための調査・研究・対話を地道に進めていく他はない。
そうした取り組みの現在における最大の焦点が再稼働問題である。ここにおいても、市民のねばり強い活動を背景とした国民世論の力が今まで原発再稼働を押 しとどめてきた。仮に、政府や電力会社などが原発再稼働を強引に進めることになっても、そのスピードをできるだけ遅らせ、再稼働にこぎつける原子炉の基数 を少数にとどめることが重要になる。なぜなら原発事故の危険性をそれだけ減らせるとともに、原発ゼロ社会へ向けての政策的な舵取りが円滑に行えるからであ る。原発再稼働をできる限り抑え込むためにさまざまな活動が考えられるが、ここでは裁判を活用することと、立地地域自治体に働きかけることの2点について 述べたい。
第1の裁判の活用については、2014年 5月21日に福井地裁が大飯原発3・4号機の運転差止判決を下したのが記憶に新しい。さらに同地裁は2015年 4月14日、高浜原子力発電所3・4号機について、運転差止決定を下した。それは原告住民側の仮処分命令申立に関するものであり、仮処分が有効であり続け る限り関西電力は高浜3・4号機を再稼働できなくなった。このように福島事故以来、司法の原発への姿勢にも変化の兆しが現れている。
また東京第五検察審査会の議決(2015年 7月17日)も注目に値する。福島原発告訴団(2012年 3月結成)は、福島原発事故による住民被害を刑事事件として福島地検に東京電力関係者、政府関係者、放射線専門家らを告訴した(2012年 6月11日)。それは東京地検で審査されたが2013年 9月 9日に不起訴処分が決定された。そこで福島原発告訴団は翌月、対象者を東京電力幹部6名に絞って刑事事件の申立を行った。2014年 7月31日、東京第五検察審査会は勝俣恒久会長、武黒一郎フェロー、武藤栄副社長の3名(いずれも肩書は事故当時のもの)に対し不起訴不当の議決を行っ た。それに対し東京地検は2015年 1月22日、再度不起訴の判断を示し抵抗した。だが検察審査会はただちに審査を再開し、7月17日に再び3名に対し不起訴不当の議決を行った。これにより 3名の元東京電力最高幹部は強制起訴されることが決定した。つまり原発過酷事故を起こせば刑事事件の被告となるリスクを負うことが明確となったのである。 それは電力関係者にとって恐怖であるに違いない。それは電力会社の原子力発電に関する今後の姿勢に影響を及ぼす可能性がある。

第2の立地地域自治体への働きかけについては、少なからぬ自治体が原発再稼働に慎重姿勢をとるようになっている現在において、一定の効果を見込めるもの である。とくに重要なのは原発立地道県や周辺都府県への働きかけである。都道府県レベルの自治体は原子力災害の防止や被害軽減のための行政組織を構築する ことが可能であり、それによって電力会社や政府と、住民の安全確保に責任をもつ立場から交渉を行うことが可能である。今まで原発など核施設の建設・運転に 関して地方自治体は許可・認可の権限をもたなかった。それでも電力会社と安全協定を締結することなどを通して、自治体は実質的な拒否権(事前了解権)を有 していた。とはいえそれは立地当該市町村とその属する道県に限られていた。この両者の首長の同意さえ得られれば電力会社は原発の建設・運転を自由に進める ことができた。だが福島事故により原発過酷事故の被災地域がきわめて広大に及ぶことが改めて明らかになった。それにより周辺道府県や周辺市町村も電力会社 と新たに安全協定を締結すること、あるいは従来の安全協定よりも自治体の権限を強めることを要求するようになった。
今のところ立地当該市町村および立地当該道県以外に、拒否権を盛り込んだ安全協定の締結を実現した自治体はない。それでも立地道県は、住民全体の意思を 尊重する立場に立って住民意見を丁寧に聴取し、それを尊重する手続きを踏むことが可能である。そこにおいて直接民主主義的手法の活用も真剣に検討すべきで ある。鹿児島県の伊藤祐一郎知事は、拒否権をもつのは県と立地当該市町村(薩摩川内市)のみでよいとして、県民意見を丁寧に聴取しないまま早々と昨年11 月 7日に川内原発再稼働に同意したが、あまりにも拙速だったと言わざるを得ない。今からでも遅くはないので、川内2号機再稼働の前に同意を撤回することを勧 めたい。なおできるだけ早期に、地方自治体が原発等の核施設の建設・運転について電力会社等と協議するための法的ルールの検討を進めることが必要である。
以上、原発再稼働を最大限抑制するための2つの手段について述べたが、原子力市民委員会は今後も重点的に、これらに関する調査・研究・対話を進めていきたい。

起訴議決を受けて


武藤類子

東京第五検察審査会による、東電幹部3名への再度の起訴相当議決を受けての、告訴団長武藤類子さんの声明

私たち福島原発告訴団が2012年に14,716人で行った告訴・告発事件について、東京第五検察審査会は本日7月31日、被疑者勝俣恒久、武黒一郎、武藤栄の3名について起訴議決としたことを発表し、3名は強制起訴されることとなりました。

未だに11万人の避難者が自宅に戻ることができないでいるほどの甚大な被害を引き起こした原発事故。その刑事責任を問う裁判が開かれることを怒りと悲しみの中で切望してきた私たち被害者は、「ようやくここまで来た」という思いの中にいます。

この間、東電が大津波を予見していながら対策を怠ってきた事実が、次々に明らかになってきています。これらの証拠の数々をもってすれば、元幹部らの罪は明らかです。国民の代表である検察審査会の審査員の方々は、検察庁が不起訴とした処分は間違いであったと断じ、きちんと罪を問うべきだと判断したのです。今後、刑事裁判の中で事故の真実が明らかにされ、正当な裁きが下されることと信じています。

福島原発告訴団は、この事件のほかにも汚染水告発事件、2015年告訴事件によって原発事故の刑事責任を追及しています。事故を引き起こした者の刑事責任を問うことは、同じ悲劇が二度と繰り返されないよう未然に防ぐことや、私たちの命や健康が脅かされることなく当たり前に暮らす社会をつくることに繋がります。その実現のために、私たちは力を尽くしていきます。これからも変わらず暖かいご支援をどうぞ宜しくお願い致します。

「朝まで生テレビ」フォローアップ:日本のプルトニウムが、なぜ問題なのか


川崎哲

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7月24日の「朝まで生テレビ」における私と青山繁晴さんとのやりとりを踏まえ、日本の保有するプルトニウムが核兵器に転用可能かどうかという問題に注目が集まりました。私の先の投稿に 対しては、本当に多くの反響をいただきました。本当に多くの方々が読んでくださり、反応をしてくださったのは有り難いのですが、反応コメントの中には読む に耐えないものも多かったことは残念です。私について悪く言うこと自体は、そうされたいなら構いませんが、コメントの中にはプルトニウムの問題と濃縮ウラ ンの問題を明らかに混同しているような初歩的な誤りをしている方もいらっしゃいました。人のことを悪く言う前に、ご自身のよって立つところをしっかりと確 保していただきたいと思います。

くり返しになりますが、日本の保有するプルトニウムが、その純度や組成にかかわらず、核兵器に転用可能なものであるということ自体は今や国際常識であ り、「そうでない」というふうに(青山繁晴さんのように)主張されるのであれば、主張されること自体は自由ですが、そういう主張をする人々の方に立証責任 があります。原子炉級プルトニウムでも核兵器を作ることができるということは、米政府や国際原子力機関(IAEA)までもが認めている事実だからです。 30年前ならいざ知らず、今どき「原子炉級では核兵器は作れない」と主張して耳を貸してくれる専門家は、日本の外には不在だと思います。

このたび、田窪雅文さんのウェブサイト「核情報」で、原子炉級プルトニウムの核兵器への転用可能性に関する資料整理が発表されました。こちらです。疑問に思う方は、ぜひご確認ください。

その上で、なぜ私がこの問題にこだわっているのかを説明したいと思います。私の投稿にいただいたコメントの中には、「仮に理論上、日本のプルトニウムで 核兵器が作ることができるとしても、実際には作らないだろうし、作れないだろう」というものがいくつかありました。それは重要なポイントですので、私なり の考えを述べたいと思います。

日本が保有する47トン以上のプルトニウムがもたらす問題は、以下のように整理できます。

1.日本が核武装するのではないかとの疑念を持たれる。
2.日本のプルトニウムが盗難や攻撃などの「テロ」の対象となる。
3.日本がそのようなプルトニウムを保有していられることじたいが、他の国々に対してプルトニウム保有を正当化する口実を与える。

1について、私は、日本が今日現実的に核武装を検討しているとは思わないし、政治的また技術的、経済的理由も含め、 核武装をするという選択肢をとらないだろうと考えております。核物質で理論上作れるということと、本当に作るということには、大きな距離があります。その 意味で、私の先の投稿に対するコメントの中で「実際には作らないだろう」というご指摘は的を射ていると思います。

それでもなお、私は、さまざまな国際会議への参加等を通じて、多くの国々の人たちが、日本の核武装シナリオということを非常に心配しているという現実に ふだんから接しています。そのような対日本イメージがある中で、「核武装をしようと思えばできる」という状態を維持し、利用目的の説明のつかない大量のプ ルトニウムを保持し続けることは、日本の外交にとって大きなマイナスだと思います。とりわけ昨今、無責任な一握りの政治家たちが、これら核物質をもつこと が「潜在的な安全保障上の抑止力」などと発言するのをみるにつけ、そのような言動は国際的に日本の信用を失墜させる行為だと思います。

さらに私が強調したいのは、上記2と3です。仮に日本自身が非核兵器へのコミットメントを完全に維持したとしても、日本の核物質管理は万全なのか(上記2)。米国では、核兵器に利用可能なプルトニウムなどの核物質は、そもそも核兵器と同水準の防護体制で管理しています。日本の六ヶ所村では、そのような管理体制はとられていません。それで果たして、核テロ防止上、大丈夫なのか。

そして最大の問題は、日本が利用目的の説明のつかない大量のプルトニウムを保持しそれが許されている状況が続くのなら、「日本が許されるのなら、我が国も」という主張が台頭することを避けられません(上記3)。 たとえば隣国・韓国では、日本と同様の再処理技術を持ちたいという議論が大変な高まりを見せており、それが韓米交渉にも影響を与えています。日本の姿が、 潜在的な核拡散を許容するものとして口実に使われていく。このような危険性に対して、私たちはもっと敏感になるべきではないでしょうか。

つまり、日本のプルトニウム政策が、核テロや核拡散の温床になりうる。そのことを問題にすべきではないか。なかなか難しい問題なので、「朝まで生テレビ」の番組内ではうまく表現できませんでしたが、そういうことが私の中心的な主張でありました。

なお、「ではどうすればいいのか」というご質問に簡潔にお答えしておきたいと思います。

第一に、これ以上保有プルトニウムを増やさない。そのためには、核燃料サイクル政策を凍結し、六カ所村の再処理工場を稼働させないという政治的決定をすべきです。

第二に、使用済み核燃料を再処理に回すという政策をやめるべきです。とはいえ、最終処分場問題が解決するまでに相当の時間がかかるでしょう。それまでの 間は、各原発施設内で、乾式キャスクを設置して使用済み燃料を、たとえば50年とか、長期的に安全に保管する道をさぐるべきでしょう。

第三に、今までにため込んでしまったプルトニウムについては、固化して処分する方法を追求すべきです。欧州におかれている約37トンについては、政治的・経済的取引をして、欧州で引き取っていただくのが現実的だと思います。

以上、プルトニウムと核テロ、核拡散のつながりは、原子力発電そのもの対する賛否の議論以前に、「核兵器問題として」考えるべき重要な問題だと思っています。

川崎哲のブログ
http://kawasakiakira.at.webry.info/201507/article_14.html
より転載

 

福島原発告訴団第4回総会決議文


2012年に私たちが切なる思 いで行った告訴は、検察により不起訴とされたものの、2014年7月、東京第五検察審査会により東電元役員3人が起訴相当とされました。しかし今年1月、 検察は再び全員を不起訴としたため、現在東京第五検察審査会が2回目の審議を行っており、「強制起訴」となる議決が出されるか、日々大きな期待をもって注 目されています。今年1月に東電や保安院の津波対策担当者らに対して行った告訴は、たった2ヶ月半の捜査で不起訴とされ、現在東京第一検察審査会が審査を 行っています。2013年に行った汚染水告発は、福島県警が捜査を継続しており、未だ結論は出ていません。

この間、吉田調書を始めとする政府事故調査委員会の調書や、国土庁の津波浸水予測図など、明らかになった事実を次々に証拠として提出しています。東京電 力が、津波対策が必要であると分かっていながら、それを隠したり時間稼ぎをしたりしていたことも明らかになってきました。また、保安院もそれに加担してい ました。
津波対策は不可避であると認識し、対策を取らなければ不作為に問われるとまで認識しながらそれをせず事故を招き、多くの人々に膨大な損害を与えた者が、 どうして罪に問われないのでしょうか。どうしてこんなに長い間、刑事裁判すら開かれないのでしょうか。私たちの望みはごく当たり前の事ではないのでしょう か。

原発事故から5年目の今、被害はまだ続いています。溶け落ちた核燃料はどこにあるのかさえ分かりません。汚染水は大量に海へ流されています。未だ放射線 量の高い場所への帰還政策が強引に進められ、子どもたちの健康を心配する声はかき消され、被害者の非情な切り捨てが行われています。そのような中、原発の 再稼働、原発輸出が進められようとしています。
しかし、私たちは、あきらめるわけにはいきません。罪を問われるべき者たちを刑事法廷の場に立たせるまで、あらゆる働きかけを行っていきます。

私たちの告訴は、この厳しい状況の中で、小さくとも毅然とした抗いです。奪われた生きる尊厳を取り戻す誇り高い闘いです。子どもたち未来の世代、他の生き物たち、そして自分自身に対する責任の取り方の一つであり、新しい価値観の世界を創る道の一つです。
告訴団が築いてきた、「決してバラバラにならない、生きる尊厳を取り戻す、つないだ手を離さない」という想いは、原発事故被害者団体連絡会(ひだんれん)の設立に繋がり、被害者たちが立場を超えて結集し、力を合わせて共に歩み始めました。
様々なつながりを力とし、多くの困難の中にあってもひるまず、くじけず、あきらめず、この原発事故の責任がきちんと問われるまで、確かに歩み続けましょう。

 2015年6月27日
福島原発告訴団 総会参加者一同
kokuso-sokai4-syozi___________________________決議を読み上げる三春町の庄司さん

香港に輸入された緑茶の放射能汚染


安藤直彦

20153月17日付けのEcoWatch***NYタイムズの報道として日本から輸入された緑茶に福島由来と思われる放射能がみつかったという香港政府が発表を報じている。

香港政府によると基準値100Bq0.93% というから1Bq/kg相当か。いま、日本でも1Bqの放射能は通常は検出限界以下とされ、問題にするひとはごく一部と思われる。

しかし、Ecowatch***はつぎのようにのべる。「フクシマにおける複合爆発とメルトダウンから4年後、この恐ろしい物語は丁度いま始まったばかりのようにみえる。

安倍晋三の日本の独裁主義的な政権の抑圧的な国家秘密法によってフクシマからの情報は厳しく取り締まられており、現場で何がおこっているのかについて正確に知ることはできない。

毎日300トンの放射性の水が太平洋に流れ出ていることは分かっている。また、使用済み核燃料が現場に放置されていることも。東京電力は4号機からのすべての燃料棒を取り除いたかもしれないし、そうでないかも知れない.しかし、1,2,3号機の上空には確実に多くのものが浮遊している。

私たちは安倍が福島地区への避難民の帰還を推し進めていることも知っている。ガンを含む甲状腺の障害率はこの地区の子どもたちのあいだで飛躍的に増加した。放射能のホットスポットは遥かはなれた東京でもみつかった。(中略)今福島の放射能の少量が日本から香港に船積みされた緑茶の中に見つかった.このことは、この地区から輸出されているすべての食品に疑問を投げかける恐るべき進展である」

 NYタイムズ*によると,「日本の千葉県から輸入された粉末状のお茶のサンプルは微量(traces)のセシウム137 を含んでいるとされる。

この発見はこの種のものとしては最初ではない。政府の食品安全センターは日本からの野菜の3つのサンプルに2011.3月の地震と津波によりメルトダウンした原子炉による放射能汚染で不適合なレベルの野菜を3種発見している

EcoWatchはつぎのように結んでいる

「今も私たちはすべての食品を放射能検知器を持ち歩いて食べるべきだろうか?

原発による食品の放射能汚染を多くの日本人はすでに忘れ去ろうとしている。しかし、いまNYタイムズがこれを大きく報道していること、さらにEcoWatchが安倍政権の原発、そして秘密保護の姿勢を強く批判していることはあらためて考えさせられることである。

ジェトロ**によると今なお(3.17現在)東北を中心にほとんどの水産物、一部の野菜、きのこなどが

多くの国によって輸入規制がなされている。しかし、このことを関係者以外の日本人は知らない。このことを政府が言うように過剰規制だというのか、あるいは素朴にフクシマ以前の値にもどしてくれ、というのが正しいのか、私たちも自分たちが測定した数値の意味を考えてみる必要がある。

*http://www.nytimes.com/2015/03/13/world/asia/hong-kong-finds-radioactive-contamination-in-sample-of-japanese-tea.html?_r=1

**http://www.jetro.go.jp/world/europe/eu/biznews/530bff99923d8

**http://www.maff.go.jp/j/export/e_info/pdf/kisei_all_150303.pdf

***http://ecowatch.com/2015/03/16/

沈黙のアピール・99


佐々木慶子

恒例の「沈黙のアピール」その98をに行って以来、長い間お休みさせてしまい申し訳ありませんでした。
知事選が不本意に終わったことを真摯に受け止め、新たな覚悟で取り組んでいくつもりですのでこれからもよろしくお願いいたします。
内堀雅雄知事就任後、出来るだけ早く実施したかったのですが引き継ぎ直後の煩雑さを考慮していたらぎりぎり年末になってしまいました。仕事納め目前の中、無理にお願いしたこともあり直前のお知らせですみません。
「沈黙のアピール」その99を以下の要領で行います。なお、次回は(日時まだ未定ですが決まり次第、早めにお知らせいたします。)100回目を迎えます。その時には普段にも増して盛り上げたいと思っていますので多くのみなさま方に参加していただきたいと思っています。

今回は内堀体制初ということもあり、私たちの内堀知事への率直な想いを伝えたいと思います。また重点項目として「核のゴミ焼却炉問題」(野焼き規制を切り口として)と、県選挙管理委員会に対して投票日当日受付時間が18:00までを20:00までにするようにも交渉する予定です。御身一つで構いませんのでぜひ、ご参加ください。

○項  目: 「沈黙のアピール」その99
○日  時: 2014年12月22日(月) 14:30~17:00頃
○集合場所: 福島県庁西庁舎 2F 県民広場
○交渉場所: 自治会館 301号室
○日  程:14:30~  打合せ(県民広場)
14:55   交渉場所へ移動
15:00~  交渉開始
※ 秘書課との交渉終了次第、県選管との交渉に切り替えて、
その場所で行う予定です。
○ 内 容: ①「沈黙のアピール」その99 としての要請書
②「野焼き規制に対して公開質問&要請」(仮題)
③ 他寄せられた申し入れ書
○県側出席予定者:秘書課長、産業廃棄物課課長** 、選管委員長
※ 今回は秘書課を中心にして他は項目によって対象課を絞りま
した。
○ その他: 当日、申し入れ書あったもの。要望ある方はご持参ください。 一人でも多くの方の参加をお待ちしています。