IAEA福島報告書は福島原発事故の影響を過少に評価するもの


グリーンピースジャパン(プレスリリース)

国際環境NGOグリーンピースは本日9月14日、国際原子力機関(IAEA)天野之弥事務局長に書簡を送付しました(注)。書簡はグリーンピース、グリー ンアクション、フクシマ・アクション・プロジェクト、原子力資料情報室の連名で、IAEAが8月31日に公表した東京電力福島第一原発事故の最終報告書の 結論が不適切であるとし、事故原因と環境及び健康への影響について結論を出さないこと、そして被害者の声を聞くことを求めました。

報告書は14日にウィーンで始まるIAEA総会で参加国に提示されますが、NGOの書簡は、報告書の内容が天野事務局長の言うところの「事故の原因 と影響、及び教訓に取り組み、権威があり、事実に基づき、バランスのとれた評価」からは程遠く、IAEAが推進する原子力産業の利を反映するもので、結果 として、多くの人々の賠償を打ち切り、帰還をいわば強制するような日本政府の政策を支持するものだと批判しています。また、原子力災害などなかったかのよ うにすすめられる原発再稼働への反対を抑えようとするものであるとも指摘しました。

報告書についての懸念点
東京電力福島第一原発事故による放射線被ばく量の推定には大きな不確実性が存在 していることを認める一方で、被ばくによる住民への健康被害は想定されないとしているが、この結論は科学的見地からの正当性を欠いている。なぜなら、実際 に住民がどれくらいの被ばくを強いられたかは不明であり、推定された集団線量が高いことからも言える。

原子力安全の分野でも、現状を正確に反映できていない。また原子力規制に関しても、原子力規制委員会による九州電力川内原発の再稼動適合審査承認は 深刻な地震と火山のリスクを無視し、IAEAのガイドラインから逸脱していることなどにも触れていない。また、福島原発事故の原因についても、地震による 影響などに踏み込んでいない。

放射能汚染が周辺地域の自然環境に及ぼした影響の甚大さ、広大さ、そして複雑さを把握することに完全に失敗しており、証拠を提供することなしに自然生態系への影響を無視している。

IAEAへの要請
東電福島第一原発事故の原因や、健康と環境への現在生じている影響と将来起こりうる影響について結論を出さないこと。

福島第一原発事故について、また日本政府の早期帰還政策について、原発事故被害者の声に耳を傾けること。

グリーンピース・ジャパンのエネルギー担当関口守は、「IAEAの報告書は、東京電力福島第一原発事故の環境お よび健康への影響を正当性もなく過少評価しています。また、原子力産業や原子力規制が事故の教訓を学んでいないことも正確に反映していません。福島第一原 発事故による初期被ばくはわかっていません。それはIAEAも認めている事実です。それにもかかわらず健康影響は確認されていないとするのは非科学的であ り、その結論は科学より政治を優先したものであると言わざるをえません。また、IAEAの報告書は、日本政府の早期帰還政策とそれに伴う賠償及び支援の打 ち切りといった政策を正当化する意図があります。原発事故を終わったことにしたい日本政府を支えるもので、日本の原発の再稼働に反対する大きな世論を抑え 込むのもその目的の一つでしょう」と批判しました。

IPPNWドイツ支部:フクシマの健康被害-日本とIAEAは「秘密保持」に賭ける


グローガー理恵:ドイツ在住

「ちきゅう座」より転載

去年の大晦日、「IAEAと秘密指定条項 福島、福井 共有情報非公開に」とのヘッドラインで、東京新聞が衝撃的なスクープ報道をしました。IPPNWドイツ支部がこの報道に対する反応を表明していますので、それを和訳してご紹介させて戴きます。大変に印象的なのは、IPPNWドイツ支部議長代理ののアレックス・ローゼン博士が、「IAEAのような『ロビーグループ』が広範囲に及び情報の自由(知る権利)を侵害をしていることを阻止する責務は、公衆、メディア、そして政治にある」と言明していることです。私は、公衆に責務があるという言葉に重みを感じました。

原文へのリンクです。:
http://www.ippnw.de/startseite/artikel/7ec97d9a04/japan-und-die-iaeo-setzen-auf-geheim.html

IPPNWドイツ支部プレスリリース (2014年 1月 14日付)

日本とIAEA (国際原子力機関)は「秘密保持」に賭ける
フクシマ原子力大災害の健康被害

(和訳: グローガー理恵 )

医師団体IPPNW(核戦争防止国際医師会議)は、公式な相互協力覚書が、IAEA(国際原子力機関)と福島県、福井県との間で交わされたとの報道を聞くにあたり、ただならぬ懸念を抱いている。去年の大晦日の日、1)東京新聞は、その相互協力覚書からしかるべく条項を引用している。: 「IAEAか県か一方が要求すれば、共有している情報を非公開にできる。」すでに、このIAEAとの覚書は、福島県が2012年の12月、福井県は2013年の10月に、それぞれ締結している。

協力覚書は、福島県においては、県立医科大学による健康影響調査のデータ、そして県内での核廃棄物処理方法を重点にしている。福井県においては、秘密指定条項が、地域にある原子力発電所における原子力分野の人材育成に適用されている。

「我々医師にとって、IAEAが、チェルノブイリで『被害もみ消し』をしてから何十年間経った今、今度は日本において、フクシマ原子力大災害の結果を故意に過小評価し秘匿しようと試みているという事実は、受け入れることができないことだ。これらの『ロビーグループ』の広範囲に及ぶ情報の自由(知る権利)への侵害を阻止する責務は、公衆、メディア、そして政治にある。」と、アレックス・ローゼン(Alex Rosen)医学博士/小児科医(IPPNWドイツ支部議長代理)は述べる。

この協定覚書は、1959年にWHO(World Health Organization-世界保健機関)とIAEAとの間で結ばれた2)附従契約 (独語:Knebelvertrag)を思い起こさせる。その附従契約によると、WHOは、チェルノブイリやフクシマのような核災害がもたらす医学的な影響結果について、IAEAから独立した独自の調査研究することや独自の報告をすることができなくなっている。

「今日に至るまで、日本政府も東電も、放射能被曝や現在のフクシマ事故現場処理作業員の健康状態に関する信頼の置けるトレース可能なデータを公表していない」と、3)最近フクシマ地方を訪れたIPPNWのアンゲリカ・クラウセン( Angelika Claußen)女医は述べる。「ほとんどの現場作業員は下請業者に雇われていて、当局のモニタリング統計(作業員の被曝量/健康状態などに関するデータ)には完全に含まれていない。」

2013年 11月、福島医科大学は甲状腺診断に関する現下数を発表した。: 検査を受けた400,000人の子供の内26人が甲状腺癌に罹患していることが確認され、289,960人の甲状腺に結節もしくは嚢胞が見つかった。

上記の情報のソースはここ(hier)

以上

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1)東京新聞 2013年 12月 31日朝刊 オンライン記事へのリンク: http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2013123102000114.html

2)附従契約とは: 1959年に結ばれたIAEAとWHOの協定のことを意味する。-協定文の和訳へのリンク:http://www.crms-jpn.com/doc/IAEA-WHO1959.pdf

3)アンゲリカ・クラウセン( Angelika Claußen)女医のフクシマ訪問に関する記事:http://chikyuza.net/n/archives/39868

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔eye2518:140117〕

ハンス・ブリクス氏の暴言


竹内雅文

ハンス・ブリクス氏は国際原子力機関(IAEA)の事務局長だった人で、任期は1981年11月30日から1997年の12月1日まででした。現在の天野氏の2代前の方だということになります。

チェルノブイリの事故の時には、ちょうど彼が事務局長でした。困ったことに、当時のブリクス氏には、起っていることの重大さがあまり理解できていなかったようです。フランスの日刊紙「ル・モンド」の1986年8月28日には「原子力産業の重要さを考えれば、チェルノブイリ規模の事故が年に一度くらいあっても、それで良しということだ」という発言が掲載されました。この発言はその後、今に至るまで、IAEA責任者の失言として繰り返し取り上げられ、糾弾されています。

それに先立つ6月2日には、「チェルノブイリでは、昨年ブリュッセルで起ったヘイゼルサッカー場の乱闘事件ほどにも、人は死んでおりません」と発言して物議を醸しています。1987年頃には、もうあと一年くらいの間に、ベラルーシやウクライナの避難民たちは、皆、故郷に帰れる、と言った意味のことをあちこちで発言していたようです。

ところでブリクス氏はスエーデンの出身(1928年生まれ)で、1978年10月18日から1979年10月12日まで、同国の外務大臣でした。その後、国際舞台に転出したわけです。外務官僚の超エリートであったわけなのでしょう。これは、後任のエルバラダイ氏、天野氏も同様です。

ブリクス氏には原子力発電所の事故とはどういうものか、被災者はどんな状態に置かれるのか、といった点について知識が不足していたようですし、エリート官僚特有の「上から目線」で、現場の人たちの苦しみも十分に見えていなかったのだろうと思われます。しかし、こうした人たちが国際組織を動かしているのです。

ブリクス氏は決して無能な人間でも信念のない人間でもなく、イラク戦争に至る過程で国連の要員としてIAEAでの後任者エルバラダイ氏とともにイラクに入ったブリクス氏は、根も葉もない核兵器保有疑惑をネタにイラクを攻撃しようとしていたブッシュ政権に追従しようとはしませんでした。天野氏のイラン問題を巡る動きが公正を欠く点にも、きちんと批判をし続けているようです。

現在のブリクス氏は、チェルノブイリ原子力発電所の石棺に被せる、巨大な覆いのための資金集めの財団で代表をしています。こんなものを毎年一基ずつ作るわけにいかないことをブリクス氏は理解していると思いますが、覆いが完成しても、彼の失言が人々の記憶から消え去ることにはなりそうもありません。

NSRW


竹内雅文

2013年6月18日にフクシマアクションプロジェクトは、福島県との話合いを行いまし たが、この時、3人の福島県側の出席者と並んで、IAEAの伊藤集通氏が出席されました。「NSRW局 プロジェクトオフィサー」という肩書の方です。そこで、NSRWがどういう部署なのか、調べてみました。

NSRWはDivision of Radiation, Transport and Waste Safety という局の略称のようです。日本語に訳す時は、「放射線・廃棄物・輸送安全局」と言うようなのですが、「局」ではなくて「部」とされていることもあります。

核 安全保安(Nuclear Safety and Security:略称NS)と言われる部門(Department)を構成する2つの局のうちの1つです。もう片方はDivision of Nuclear Installation Safety(略称NSNI)で、核施設安全局とでも訳せば良いのでしょうか。こちらは稼働中ないしはこれから稼動する核施設の安全保安を担当する局のよ うです。2007年の柏崎刈羽原子力発電所事故の後、年明けに来日したIAEAのチームはNSNIの所属でした。

ちなみにこの時、柏崎刈羽 にやってきたNSNIの責任者はフィリプ・ジャメというフランス人でした。ジャメ氏は2010年に退任してフランスの原子力保安院に戻っていますが、東日 本大震災の後、サルコジ大統領に随行して来日し、フランス原子力界からの支援のメッセージなるものを伝えています。

稼働中の原子炉の運営規準などを取り扱っているのはこのNSNIです。通常の放射線防護や教育プログラムなども、NSNIの管轄だということになります。

今回、NSNIではなくNSRWが出てきているということは、福島第一発電所が破壊され、どうやっても機能修復などあり得ないことを、IAEAとしても認めていることになるのでしょう。まあ、当然と言えば当然のことです。福島第一では、NSNIは出る幕がないのです。

NSRW は3つの部に分れています。被曝の管理とモニターをする部、移送など、核施設以外で核物質を扱う場合に対応する部、そして廃棄物などを取り扱う部がありま す。伊藤氏の肩書には所属の部がなく、「プロジェクトオフィサー」とされていますが、福島でのNSRWの本格的業務を準備する特任ポストであると考えて大 過ないのでしょう。IAEAの2013年5月末のワークショップは大半が測定の訓練だったようですが、NSRWの守備範囲をされていることがらと、よく合 致していると考えることはできます。

しかし、単に測定や分析をするためにIAEAの専門セクションを福島に常駐させることに、どんな意味があるでしょうか?
私たちは疑問を突き付けていく必要があります。

IAEAは核推進派の機関です


2013年12月15日に、郡山で国際会議を開催したIAEAに対して、フクシマアクションプロジェクトが提出した要請書に、2013年1月17日 付で、広報官ジル・チューダー氏名の回答が寄せられました。この中でチューダー氏は「現在IAEAは原発を推進するという立場をとっておりません。」と書 いています。

けれども、「原子力の貢献を加速し、増大させる」のが目的の国際機関が、「原発を推進するという立場をとっていない」というのは、どういうことなのでしょうか。この機関の憲章には、次のように明記されているのです。

第2条
目的
この機関は、全世界の平和と健康と繁栄への原子力の貢献を加速し、増大させるよう務める。(…)
第3条
機能
A.この機関は属性として
1.全世界において、平和的目的の原子力の開発と実際的使用を、またその分野の研究を、勧奨しかつ援助する。(…)

こ れらの文言は、1956年10月23日に、国際連合本部で開かれた国際原子力機関の会合で採択され;1957年7月29日以降、効力をもっているもので す。この憲章は、1963年1月31日、1973年6月1日、1989年12月28日に少しずつ改正されていますが、憲章の基本精神と言うべきこの第2条 (目的)と第3条(機能)には、微塵の改変もないまま、今日に至っているわけです。

チューダー氏の言っていることは憲章に反しているのではないでしょうか。

確かに、「原発を推進する」かどうかは、「原子力を推進するか」どうかと、厳密に言えばイコールではないでしょう。けれども、原発を除いて、いったい何を推進すると言うのでしょうか。

先程の文言の少し先でチューダー氏はこう書いています:
「IAEAとして、加盟国に対して原発を導入すべきである、原発の運転を継続すべきである、あるいは原発を停止させるべきであると言う立場にはありません。」と述べています。

こ れは、「原発を推進するという立場をとっておりません。」ということの具体的な言い直しに当るのでしょうか。ここで言っているのは、「べきである」と言っ ていない、つまり強制的な文言を用いることはしていなし、そんな権限もない、ということを言っているわけで、しかし、原発を推奨はするし、運転継続の要望 はする、ということが含まれているわけです。

現に、郡山の国際会議は、事故の直後に現場近くで開かれたのにもかかわらず、原発の危険についてはほとんど議論しないというものでした。天野氏はIAEAの憲章に忠実だったわけであり、チューダー氏の回答書の文言は残念ながら瞞しであるということにならざるをえません。

世界初、世界の核のゴミ棄て場?:双葉町


ロラン・マベソン

「ネトワヤン・アンフォ」2012年2月1日の記事

1月28日に、日本を訪問中のIAEA事務局長が「福島へのIAEA事務所の早急な開設」を宣言したばかりだが、昨日の朝になってIAEAは全面的に否認した。

しかし、日刊の大新聞「産経」は28日当日から、件の事務局長がこの事務所の開設を決めたこととともに、「事務所を年内に開設するための予算をできるだけ早く用意」したいと述べたことまで報じている。

権威のある公共放送のNHKも1月29日に、この事務所への要望は2011年11月に日本政府から出されていて、「IAEAの天野之弥事務局長は福島県内部へのIAEA事務所の設置への同意を表明した」と報じている。

そこに1月30日付けでIAEAの公式サイトにこういう文面が載るのである:

«事務局長は新しい事務所の開設を何如なる形にせよ述べておらず、こうした報道は、事務局長の指摘を取り違えて引用したものである»

さいですか…ということはつまり、産経という大新聞の記者たちは幻聴があるのだろうし、公共放送局NHK(資本は国が100%)は不真面目な仕事をしているということだ。

ところで、NHKが伝えているように、日本政府とIAEAとの間の交渉は2011年12月にまで遡るようだ。誰もが思い出すように、まさに昨年12月末、細野原子力担当大臣は福島県の佐藤知事、さらに被害の激しい町村の長たちを訪問し、「中間貯蔵施設»の建設受け入れを懇願している。

12月には既に、日本政府とIAEAとの間に互いの了解があったと考えるべきなのではないだろうか。

今のところ内密にされているこの了解というのは、日本が段階的に脱原発に向かう(絶えることのない国民運動から、堰き止めようがない)のと引き換えに、IAEAは日本政府に対して、代価として、終局的な(つまり«中間»施設でない)貯蔵施設を福島の立入禁止地帯内に作らせることを要求したのであろうか。

そう考えてみると、「大阪日日新聞」という地方紙だけが敢えて報道した天野之弥の瑣細な言葉の意味が、良く分ってくるのである。

引用しよう:
«(IAEAの)本部がウィーンから、除染と使用済み燃料の問題とに取り組みます。そうすれば私たちは、現場で起っていることを直接、掌握できるわけです»

«使用済み燃料»は福島第一にある数千本の燃料棒を意味しているだけではなく、海外から移送されてくる無数の荷物のことも….IAEAの肝いりで。まず手始めは、最終貯蔵施設が何時か見つけられることが絶望的な、合衆国からの大量の使用済み燃料だということになろう。

福島の立入禁止区域がどんな点でIAEAの«関心»を惹いているのか、露顕させてしまったとなれば、大変なことである。天野の発言の誤りは、この性急な意向を口にしてしまったところにある….即座に否認するしかなかったのだ、不器用極まろうが、まるで辻褄の合わなかろうが。

しかし、私たちの手許に、一つの記事がある。たった一つだけの記事だが。そこには予定されている工事の信じられないほどの規模が描き出され、したがって、国際的最終貯蔵施設という推論を確証するものだ。その記事は細野が双葉町長を訪問した後の、2011年12月29日の「電気新聞」に掲載されている。この記事はネットに載った直後に消されてしまったが、幸いなことに、私たちに情報を送ってくれている人たちの一人が、コピーを保存していた。

こう書かれている:
«政府の発注によるこの施設は、3〜5km四方の敷地内に、1500万〜2800万平方メートルの貯蔵容積がある。大気中への放射能漏れや、地下水の汚染を避けるための施設がこれに加わる。貯蔵ゾーンでは内部の放射線量は制御され、焼却施設、溶解による減量施設、大気中の放射線量や地下水中の放射線量をモニターする施設などが予定されている。構内には、溶解による減量や、放射線水準による分割などを研究する施設も作られる。

建設と営業を担当するのは環境省監督下の特殊法人で、国が全額を出資する。この法人はこの施設以外に、«PCB条件付けによって危険性を減少»する施設5カ所も担当することになっている。

2012年から施設選定と設計具体化に入り、併せて用地買収も進め、年内に地元自治体との合意をすべて達成することを狙っている。2014年には着工される見通しで、2015年初頭には、一部が完成して、最初の荷が送り込めるようになる。政府は、貯蔵開始の30年後には、福島県外の最終施設に貯蔵した物質を運び出す意向である。»

この最後の一行が嘘であることは言うまでもない。

それにしても、誰がいったい、既に極度に汚染している地帯での施設の稼動を請け負うというのだろう? IAEAの目から見れば、放射線量の高い廃棄物を最終貯蔵する巨大な国際的施設の建設にはうってつけの場所である。この施設が弾上にあろうがなかろうが、世界でも有数の人口密度の高い地域であろうが、IAEAにとってはどうでもいい(IAEAにはぜひ、私のこの記事を読んで欲しいものだが)。事実は、世界のどこへ行こうが、まさしく福島の惨事によって、もはや、最終処分場の候補地になるのは、どの地域だって皆、ご免こうむりたいと思っている。この未曾有の危機に、強者の論理が入り込むのである。

仮に夏より前に市民の運動が日本中の原子炉を停止させれたとしても、別の闘いが、別の意味で巨大な闘いが残されるのだ。双葉町一帯を、亡霊たちの領地よりもさらに酷い地帯にしないための闘い、つまり、地球全体の核のゴミ捨て場にしないための闘いである。

核の時代という神話(抄訳)


ジャンマルク・セレキアン

2011年9月13日

フクシマ以後の考察・第4部

金銭は戦争の神経系である。宗教戦争でもそうだ。核の時代という神話は多分、誰か妄想的な人の頭で自発的に芽生えたのだろうが、それを効果的に広めるには莫大な資金が必要だった。核の司祭団のメンバーたちは、清貧をありがたがりはしなかった。

フクシマの黙示録の後、核の時代の栄光と富に満ち満ちた聖堂の最後の10年間を、私たちはおそらく生きているのである。その神話は、今や蒙昧主義のものである。

核のインターナショナル

IAEAという名の方が良く知られている国際原子力機関は、国連を媒にした合衆国の製品である。国連(united nations)というのも、国民(nation)の連合だと言っているが、客観的に見れば国家(state)のカルテルで、この脆弱な機構を占領しているのはまさに国家である。united statesなのだ。この事実としての状態によって、国連は今もなお、合衆国United Statesを筆頭とする専制のより集りということで…..

IAEAは核の時代の世界的な到来を目指してプロパガンダを行なう国際的な機関である。創設は1957年だ。名誉ある機構の中で、IAEAは当初から、その特殊な階級的位置からくる例外的な権力を与えられていた。例えばWHOはIAEAに恒久的に忠誠でなければならない。エネルギーという微妙な主題に関して、作成した文書を核の時代のドグマに適合するよう、読み直し、修正することを余儀なくされるのだ。

かの脆弱な機構の最上位に置かれているIAEAは、文化的放射能、科学的放射能のご威光の限りを尽して照り輝かなければならない。IAEAこそは、新しい時代を切り開くべき福音を伝える新しい教会なのだ。

その中心的なドグマは«核の処女受胎»で、三本足の概念(訳注)でできている。進歩の中にある«平和»、«富»、«健康»という、この三本足は«平和のための原子力»«豊かさのための原子力»«健康のための原子力»という3つの神話の三位一体ふうの中に照り輝く。

訳注: 概念: フランス語では«受胎»と«概念»が同じ語根の似た語になる。

IAEAが設立された栄光の時代、全世界に«アメリカの平和Pax Americana»が築かれた。この産業発展の新時代のオーラのためには、新世界の母国民を広島と長崎という二重の«原罪»から洗い清める必要があった。正式な言い方に従うならば、«戦争犯罪»であり、«人類に対する犯罪»である、もしも、第二次世界大戦の大いなる勝者にも適用が可能なのならば。歴史学者たちはずっと以前から、この2つの犯罪行為が軍事的地平では完全に無用のものだったことを知っている。日本はずっと以前に勝機を失なっていたし、ギュンター・アンデルスが喚起しているように、原子爆弾の「製造は、最初は、国家=社会主義の«無化主義»の拡大を食い止める以外の目的ではなかった」…..

第二次世界大戦に勝利者となった軍=産の支配的な力が、大量破壊兵器を完璧にし、多重化していくための«核実験»によって地球を殴りつけていた間、かの脆弱な機構の中にあって強い手段と例外的な地位を付与されていたIAEAは地球を巡り歩いて諸国に布教をしていた。核の時代の到来という福音を携えていたのだった。

そうしたセミナールでは、核のサイエントロジーの上級免状を持つ連中が、核の反軍的«貞操帯»という新しい観念を発展させつつ、«処女受胎»なる中心的ドグマを構築し、鍛造していったのだ。

エーテルに満たされた球体の中で、核の教会の高位司祭団は様々な核の物質的施設の間で概念的貞操を確保し、そうして«核の二重の処女受胎»に到達するために、«善悪の軸»を慎重に引いていった。実験炉、エネルギー炉、製錬工場、再処理センターの数々が、核の貞操の組織図の従って、«ハラル»«可»と«ハラム»«禁»(訳注)とに振り分けられたのだ。

訳注: ハラル、ハラムはアラビア語

設立以来、この国際機関は絶え間なく沸き立っている。物質的に低い核の世界では、絶えず係争点が出現するのだから。抑圧を解かれた«ハラム»が時折、無恥に、そして奥深過ぎるところにまで、«ハラル»に入り込み、貞操が完璧に確保されたためしはない。そこで絶えず多量の宣教師たちに世界中を隈なく歩き回らせ、核の使い方の中に原理主義を確保し、«良きお言葉»に適合させるのである。

機関の人々はしばしば交渉に携わるが、交渉は終りがなく、難しく、しばしば厄介で、時に試練である。そうした人々の中には、使命感、例外的な明晰さ、そして非の打ちどころのない原理主義によって、核の聖人の域に逹し、ノーベル平和賞によって祝福を受ける者も出てくる。モハメド・エルバラダイこそはその至上の光輝ある化身である。核、平和、豊かさ、健康の«ニューエイジ»の到来に奉仕した栄光ある過去によって後光のさしているエルバラダイは、光輝満てる未来のパースペクティブの中で、至福の人々の列に引上げられる。アラブ世界の中での、石油の時代の古き軍人専制から、担い手が変っていく時期にあたっていたのは、彼には幸福な状況であった。エルバラダイが故郷であるエジプトに原子力の洗礼を施すのが既に予感される。

核の拡散は核に内在する必然

だが、国際機関が掲げている善き意図などに騙されるのは終りにしよう。かの脆弱な機構が半世紀来、核の聖化のために続けているサイエントロジー風の世界十字軍と同様、他の戦争の神経系も何十兆ドルという金であった。核は、いかなる国にも«平和»も、«豊かさ»も、«健康»ももたらしてはいない。«ハラル»な研究施設、あるいはエネルギー施設が出現してからアフリカでは伝染病が猖獗し、大規模に核化されている西欧では、癌の増加が停まるところを知らない。«約束の地»にあってさえ、戦争はずっと続いたままで、豊かさなどはまったく仮初めのものでしかない。しかし実にこの、神聖なる教義が激しく争われ、係争の絶えない聖地中の聖地に、60年代にフランスは«ハラム»な核再処理施設を提供(資金面からだが)したというのだから怖れ入る。

イランや北朝鮮の«怖るべき»核の陰謀を、IAEAは演出し、暴き立てたが、自らスターになっただけの話である。その権力、核のインターナショナルの権力を押し付け、«核の三位一体»を信じ込ませるために、IAEAは«悪の枢軸»の烙印を押す。

当初から、«核の拡散»は所謂«民生»原子力とは、単純に経済的な必然性によって緊密に繋がれていた。フランスはそれをよく理解していたが、実のところ、理解すると言ったようなものではなく、エネルギーという強迫に支配された世界の、確固たる現実そのものである。その独占が権力の絶対的な源なのだから。

                            (以下、フランスに関する記述が続くが、省略する)

新しい教会の長女と、神話の終焉

しかし核の時代の世界の中で、新しい教会の長女の称号は反論の余地なく日本のものである。

«平和のため、豊かさのための原子力»が日本に拡散したというパラドクスは、IAEAの布教活動だけでは説明し切れない。戦争によって、焼夷爆撃によって、敗戦によって、そして原子爆弾によって多重にトラウマを負ったこの国で、合衆国はショック療法を  選んだ。悪の治療には悪をもって。戦争のための核の治療には平和のための核で。しかし、帝国主義と軍国主義の時代の遺産といえる、日本が内にもつ諸要素もまた、合衆国の任務遂行をしやすくするものであった。

あらゆる軍事的宗教的な歴史的要因が熔け合わさって、ヒロシマとナガサキという2つの核のトラウマを奇蹟的に変質させ、トヨタ主義と並ぶ新しい経済戦争に役立つものにしたのである。

記憶の番人である歴史家たちは、日本がどのようにして、ヒロシマといナガサキを、日本の原子力アヴァンチュールの道具として使ったかを知っている。福島の発電所の建設の時の、一つの挿話が事故後、再浮上してきた。地元の人々は発電所には賛成でなかったし、通常の技術的、経済的な議論は、彼らを説得するに至らなかった….そこで、ある東電の社員が、自分の誠実さと、地元の人々の懸念をもっとも良く理解できる立場の人間であることをしょうめい する殺し文句を思いついた。1945年8月6日、広島にいました、と彼は言った。原子爆弾で町が灰になった日に彼はそこにいて、そして兄はそこで亡くなりました、と付け加えた。彼は体にも心にも深い傷を負った、«ヒロシマ体験者»で苦しみの過去という栄光に輝き、だから並の技術者のような嘘が言えるはずはない。人々は彼を信じ、そして発電所は建設された。多数の核の代理人たち、そしてまた体制側の知識人たちが、ヒロシマとナガサキの過去とトラウマとを広く、平和と豊かさと健康のための原子力という神話を作り上げ、信頼させるための道具として利用したのである。

今日、こうした多くの物語が苦い想い出として蘓える。権力の手先になる一握りのエリートたちが平気でつく嘘の物語である。

2011年、広島長崎の原爆犠牲者で作る日本原水爆被害者団体協議会は、合同慰霊祭の際に、列島の完全非核化のために闘うことを決議した。半世紀前に啓示を受けた科学者たちの頭から生まれた核の時代の神話は、今や、蒙昧主義のものである。

汝の敵を知れ:国連の機能のし方


キース・ベイヴァスタク

IPPNWチェルノブイリ25周年集会(ベルリン、2011年4月11日)での講演に使用されたスライド

国際連合のある重要な特徴

関連組織や機構を傘下とするための「武器」が2つある:
1. 安全保障理事会(IAEAはここに入る)
2. 経済社会理事会(WHOはここに入る)

前者の傘下の組織や機構は、後者の傘下の組織や機構よりも、強い影響力を持つ

国連の組織や機構は、加盟国によって所有されている:加盟国があなたの金(税金)で組織や機構に支払いをしているのだ

国連は自身を一つの家族と見なしていて、組織や機構の各々は、この家族への忠誠を自覚している

組織や機構の責任領域に重なりのある時には常に、双務的な合意を取り交す; WHOでは、合意文書は«基本文献»と呼ばれているものの中に入っているーーほとんど聖典だ。

そこで、IAEAとWHOとの間には合意文書が存在する。そこには原子力に関するただの議論以上のものがある。WHOにとってはたいへん重大な要素がいくつもある。

様々な問題のある領域の中でも、原子力こそはもっとも重要な領域だ。どういう問題があるのか、注意深く、かつ精確に分析することが重要だ

WHOには公衆の健康防護し、保健の質を確保する権限があるーーWHOの「万人に健康を」政策:

IAEAには原子力の平和利用推進する任務があるため、核技術が安全な使用を確保する権限がある:

放射線が疾病の診断や治療に有力な道具である限りでは、2つの組織は協調し、相互に支援しながら、働いていけるように見える

核技術が«原子力»であるところから、問題が生じるのだ。

2つの組織の協働には明らかに利点がある:

低開発国に提供された放射線治療装置(charged particle generators)を例に取ろう: 装置の扱い者と患者とを、誰が後見するのか? 装置が誤用されていないか、誰がチェックするのか? 放射線測定の専門技能は基本的であるーー誰がそれを提供するべきかーーIAEAかWHOか?

同じく低開発国での、治療診断用の小さな放射線源を例に取ろう: 正しい保管、使用、余分な線源の処置を誰が指導するのか? ーー医学目的のものには違いないとは言え、WHOだけの責任分野になるのだろうか?

こういう領域こそがIAEAの任務ーーIAEAが推進する技術の安全な使用、それによってWHOの任務も拡充できるのが否定できないーーWHOには専門技能が欠けている領域

さて、原子力である:

IAEAは、不誠実にも、彼らは原子力の推進などしていない、求めに応じて援助をするだけだ、原子力の使用が、武器製造技術に転用されないよう監督するのだ、と主張する。後の方の論点は、IAEAが安全保障理事会という国連の武器の傘下になっている理由

不誠実に。IAEAで仕事をしようというような連中は始めから核推進派で、はっきり書いてあろうが無かろうが、組織の観点に隅から隅までバイアスを掛けるのは避けようがない

ここで少しばかり寄り道をして、脳について話をしよう

人類の進化の仕方によってこうなったのだが、脳は«記憶»を機能よりもむしろ、構造に即して扱っている。脳はソフトウェアではなくむしろ、ハードワイア、堅い針金細工のようなものだ。

何か役に立つ発見があると、その新しいものを「システムに針金で結い付け」れば、、失くして、«忘れられて»しまわないよう、サバイバルを強化することになる。

1950年代には、原子力は何でも解決できる答のような顔をしていた。来たるべき原子力の黄金時代にはエネルギーはメーターが不要になるくらいに安くなる。一世代が丸ごとそう信じ込まされ、それは頭脳に針金で結い付けられて、変えれないようである。

もちろん過大評価だった。故意にそうしたのだ。国連加盟国の一部が、核兵器を開発しようとし、プルトニウムを必要としていたのだ。イギリスでは、否認し続けられてはいるが、民間原子力プログラムはプルトニウムの生産のために運用され、今や100トンの在庫を抱えて、処分に困って核燃料に混ぜ込もうとしている(MOX燃料)。(これがA世代、核推進派の世代である)

1979年と1986年という2度にわたり、巨大で警告的な核事故を私たちは経験した。そして核の力はあまりに危険似すぎると誠実に(また理性的に)信じる世代が登場した(B世代)。サバイバルは危うくなってきた。

その結果、原子力は汎地球的に凋落に向い、能力のある原子力技術者や物理学者たちの中から、職を他に求める人たちが続出したーー核は黄昏れ産業と化した。こうした流れに、数週間前のフクシマは拍車をかけたに違いない。

2000年頃だが、汎地球的気候変化が重要な政治課題として浮上してきた。(A世代によれば)原子力こそ、解答である:もはや安いエネルギーではなくなったので、今度は低炭素のエネルギーだというわけだ。2つの事故の結果の矮小化を通じて、こうした見方は多くの人々を引き付けた。原子力ルネサンスが見込まれる(れた)。B世代の立場からA世代の立場へと転向した人々もいる。著名なところでは、モンビオ、ラヴロクなど。

かくて、今や、核の有用性の議論は二つの陣営に割れていて、共通の土俵などはないーーどちらにとっても、相手方は不合理で滑稽の極みだ。

しかし1980年頃には、一筋、光明もあった。その時代に、原子力の未来は«高速増殖炉»へと向っていた。この炉はウラニウムを製錬する必要がなく、プルトニウムを燃やすことができ、炉は天然のウランから燃料を「増殖」することができる。

1980年頃、ジアン=カルロ・ピンケーラというイタリアの核物理学者が、高速増殖炉は本質的に危険であることを示した。
ただ1本の講演録で、高速増殖炉はほぼ全面的に放棄された。私は1990年代の初めにピンケーラに会ったが、彼は「核の弁護人たちは死後硬直の瞬間に蹴りを入れてくる、注意したまえ」と警告した。

今まさに私たちはその蹴りを目にしている、しかし、彼らは多分、死んでなんかいないのだ!

フクシマ:この事故が原子力政治に与えるインパクトを見るには時期尚早である。

この寄り道のポイントは、WHOとIAEAの間の、私たちの直面している状況を説明するためであった。

私たちには、2つの決定的に対立した見方があり、一方は一方の陣営に、他方は他方の陣営にある。

国連はどう働くか?

私は下部から(技術スタッフの話から)始めよう。これだけは忘れないでいただきたい:
加盟国は国連に金を払っていて、だから利益を引き出そうとしている。

沃素安定剤のガイオドラインの作成過程を、例として取り上げよう。1997年に、IAEAのマルコム・クリクと、WHO欧州事務局が雇ったウェンドラ・ペイルとリーフ・ブロンクヴィストという2人の研究者とともに、技術スタッフ・レベルの連携プロジェクトとして始められたものだ。

1998年の中頃、ガイドラインの最初の草案が、IAEAとWHOとの管理者レベルで回覧された。

2つの組織の間には管理者レベルの明確な合意があったし、仕事はオープンに進められていた。ところがIAEAはここまできて引いてしまい、問題の部分があるから、そこの全体を省くか、見直すことを強く勧告した。問題の部分は、行動の実施規準となる子どもの甲状腺被曝線量を100グレイから10グレイに引き下げる提案であった。

1999年にWHO欧州事務局は、出版に向うべきだということでジュネーブ本部を説得した。

IAEAはガイドラインに「草案」であり単なる参考資料だとして繰り返し言及する、という形で応酬した。これはガイドラインに加盟国から疑いの目を向けられたこと、また、加盟国はこのガイドラインを採用しなかったことを意味する。

IAEAに従えば、加盟国の多くが、このガイドラインの新しい実施規準の部分が、「科学的に不十分」と見做していたという

そこでWHOのジュネーブ本部はガイドラインの弁護を拒んだが、欧州事務局は立場を変えなかった。

問題は2001年にウィーンで実務会議を開いて解決されたが、そこでは科学的不十分さなるものについて4日間以上もの間、議論された。

最終的に明かになってきたのは、フランスがコストを理由に反対していたということで、IAEAはフランスの利益に沿って行動していたのだということである

政治レベル(加盟国)がIAEAに圧力を掛ける
フランス

管理者レベルでは、IAEAは報告書への裏書を拒み、WHOはそれでもガイドラインを1999年に出版する。しかしIAEAはそれはただの「草案」だと主張し、ジュネーブのWHO本部も同意する
IAEA:アベル・ホンサレス
WHO:リヒャルト・ヘルマー、ミカエル・レパコーリ、アン・カーン

安定沃素剤ガイドライン策定のためのWHO/IAEA連合による技術共同作業(1997/99)
IAEAからマルコム・クリク
コンサルタント2名: ウェンデラ・ペイル、リーフ・ブロンクヴィスト

これに関しては、WHOとIAEAとの合意はまったく関係がない。IAEAは一加盟国の代理人として行動したのである。

今、必要なのは、公衆全体のレベルでの事故のインパクトを知るための戦略である。そうした時にのみ、政府が一般的に認めるよりもずっと酷い健康被害があるということを示すことができ、兵器と電力、というのも二つは繋っているからだが、その双方の領域で核の問題をキチンと議論することができる。

ここ2年間、欧州連合に援助されたグループが、健康調査の優先順位を見直す作業を続けてきた。

「チェルノブイリ調査計画」(ARCH)プロジェクトは完成し、「戦略調査計画」が公表されている(http://arch.iarc.fr)

ARCHは欧州連合に対し、広島長崎の原爆生存者に関して行なわれた諸研究にも似た、「想定寿命研究(LSS)」を、既存の諸研究をベースに進めていくための資金援助を、被害を受けた3国と協力して行なうよう、勧告している。

EUを説得して動かすには、政治レベルでのサポートが必要である。このことは今や急務で、IPPNWのような関係NGOがEUに対して圧力を掛けていく必要がある。

IAEAはこういう研究はしないし、WHOがもしすればIAEAは妨害してくるだろうと、いうことは確信してよい。

国連とIAEAとWHO


ロザリー・バーテル

「チェルノブイリ:信じられない失敗」(2008年)より

核事故の後の、放射線に関する健康調査、報告、援助について、IAEAの権限とされているものは、本来、権限が属していたはずのWHOに委譲されるべきです。ここで委譲というのは、言うまでもなく、WHOが放射線に関する健康問題を取り扱う能力を強化することを意味し、またIAEAから原子力を推進する権限を剥奪することも意味しています。WHOには現在のところ、この権限を遂行するのに必要な科学的素養のある人員が欠けています。この技術と、IAEA/ICRPの放射線研究独占に結びついた、歴史的秘密の故です。

1957年に、IAEAと国連との間で、「理解の覚書」が交されています。その中に一項目、たいへん議論の余地のあるものがあるのです:

第2条にこうあります:

「….情報の公開が(IAEAの)の何れかの加盟国の、あるいは誰であれ、その情報の提供元の「内密事項の侵害」になりうる時には、その情報は内密事項として保護を受けうる」

一国の内部でさえ、原子力産業はデータを専有しようとします。チェルノブイリの惨事には、サンクトペテルスブルク近郊の原子炉での、規模は小さいけれどもよく似た事故に、予兆されていたようなのですが。IAEAは1999年に、業界内部での秘密の緩和について、懸念を表明しています:

「原子力発電所に経験を積んでいない国々の中にも、そうした施設の建設と運転の企てへの関心を表明している国々があります….これら5つの(安全)課題を全うしーー適切な運転体験のより多くの分ち会い、共通の標準への強化された信頼、安全性の風土への世界規模の勇気付け、「核の安全協約」の強化、多国籍的設計の見直しの確立ーー汎地球的な安全体制は大幅に改良することが可能である。こうしたことは革命的な変化ではない。双方の上に、これまでも私たちに役立ってきた国際的協働の努力と各国的な体系とを作っていくものである。しかしそれらは、核技術が全人類の利益のために利用され続けていくことを、確実にするのを助ける」

1959年5月28日に、IAEAはWHOとの間に作業手順の合意をしました。それには次のような条文が含まれています。

第1条

2. 特に、世界保健機関の憲章と、国際原子力機関の憲章とに従って、また同じく、国際原子力機関が国際連合との間に取り結んだ合意書や、その合意書に関して交され書簡とに従って、また双方の協力関係において双方が互いに果すべき責任に照らして、世界保健機関は、国際原子力機関が、平和利用のための原子力エネルギーの研究および開発と実用とを、全世界で鼓舞し、援助し、組織する根本機関であることを認めるが、世界保健機関が、研究を含むあらゆる形態を通じて、国際的な保健活動を鼓舞し、開発し、援助し、組織する権利は損なわれないものとする。

3. 一方が、他方にとって多大な関心事である分野での、計画または活動を企てようとする度毎に、前者は後者に諮り、共通の合意において問題を処理するものとする。

IAEAとWHOとは、紙の上では「対等」ですが、この2機関の現実の権力の差は大きいのです。IAEAは核兵器の拡散を扱っているのですから、国連安全保障理事会に直接、報告をします。WHOが国連経済社会理事会に報告をし、その理事会が今度は、総会に報告するわけです。この手続上の慣習によって、WHOの声は、鈍いものにされてしまいます。これを治すには、IAEAの権限を核の拡散問題に限定し、原子力発電の推進ですとか、その他の原子力平和利用といった権限を剥奪することです。健康環境上の安全を語るWHOというものをしっかり認めて、WHOから安全保障理事会に直に報告するようにするのも、良い方法かもしれません。欧州には、国際再生エネルギー機関IREAを創設しようという、勇気を与えてくれる運動も存在しています。