こういうことを赦してはおけない


宇野朗子

2011年9月17日「原発から撤退集会」(佐賀市)より

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・・・・住民の人たちが避難の権利を与えられていないっていうことです。

今、除染がいるんだっていうのは、住民を外に出さないっていうための・・・・除染でもあるって、私たちは感じています。そして福島市の職員の方々がはっきりと言ったのは、避難というのは地域経済の縮小に繋がる、それはますい、だから除染なんだっていうふうにおっしゃったそうです。そして除染の具体的な見通しはほとんど無きに等しい、そして除染のためのマンパワーも足りないので、住民の方にも担っていただくことになるっていうふうにおっしゃったそうです。

私たちは、こういうことを赦してはおけないというふうに思います。こういうふうに除染、見通しの立たない除染。除染しなければならない、というのは皆思うわけですけれども、でも、その前にやはり、汚染がない地域で最低限度の文化的生活を営む権利というのは私たちは基本的人権としてもっています。そういう人権を福島県民も、別の地域の人たちにも、ぜひ保障していただきたいっていうふうに思います。

そして、こういうふうに大人がやっている蔭で、6ヵ月間、子どもたちが日々、被曝を強いられています。私たち大人が見る、後からどんどん出されてくる汚染地図ですけれども、子どもたちの年齢に置き替えて見てみれば、その汚染地図はもっともっと深刻になっているっていうふうに、私たちは見んあければならないと思います。

40年以上、この国策であった原発を推進するために40年以上、福島県民は原発の安全神話の中で、原発について語ることも許されず、過してきました。そして3.11。実際に私たちが心の底では一番怖れていた原発の苛酷事故が起きてしまってから、今度は原発安全神話ではなくて、被曝しても大丈夫だと、「放射能は安全です」ていうような大宣伝が行なわれてしまいました。

そうすることによって、福島の大人たちがXX元気を失くしています。その中でたくさんの不安を抱えて、そして自分たちの間でXXX思っていて、自由にものが言えない中で不安を抱えながら、過ごしているという状況があります。

この混乱の中で子どもたちが取り返しのつかない被曝XXを重ねないように、本当にまわりの皆さんの助けを本当に必要としています。どうぞよろしくお願いします。

一つ、お手紙を紹介させていただきます。中学2年生、三春町に住まわれていますXXカヨさんという方のメールを、許可を得て、読ませていただきます。

お元気ですか? 私は東京での友達も増え、楽しくやっています。でも三春を100点としたら、東京は80ぐらいでしょう。私は今、政府と東電に、もの凄く腹を立てています。どうして東電が嘘をつき、安全だと言い張るのか、どうしてこんな事故が起きても、政府は原発再開を目指すのか、そして何よりも大人が勝手に作った原発で、何故、福島の子どもが被曝しなくてはいけないのか、この怒りはどこにぶつけたらいいのか、ぶつけたとしても、聞いてくれるような政府なのか、何も分らない日々を、ただ送っています。

カヨさんの怒リというのは政府に向けられていますけれども、でもその先にやはり、私たち、この社会を作った私たち大人一人ひとりにも向けられている、というふうに思います。今、汚染地域に暮さざるをえないでいる子どもたちを私たちがどういうふうに守るのか。これから、こういう福島の原発震災で起きたこの悲劇を二度と繰り返さないというふうに私たちが決意をできるのか、ということが問われているというふうに思います。

66年前、敗戦によって私たちは過ちから学んで、軍国主義から脱して、戦争を放棄して、平和国家としてもう一回歩み始めるっていうふうに誓ったと思います。今、また私たちは痛恨の過ちを犯してしまいました。この思いを、原発主義から脱して、核の幻想と訣別するっていう決意を主権者である私たち一人ひとりが示していく、今、そういう時だと思います。

«資料» 福島での国際専門家シンポジウム


2011年9月14日

www.icrp.orgのニュース欄より

2011年9月11日と12日、日本財団は福島医科大学で、世界の専門家たちから助言を受け、放射線の健康上の危険性に関する情報を伝えあい、実効性のある危険性意識を構成するものが何であるのかを理解するための、「国際専門家福島シンポジウム:放射線と健康リスク」を開催した。世界各地からの31人の専門家が、福島に暮す人々の直面する健康上のリスク査定を集団で行う目的で招かれた。そのうち16人はICRPのメンバーである。副委員長、主幹委員会メンバー6人、科学書記、主幹委員会の元メンバーが1名、その他、7名の委員である。

シンポジウムのセッションの主題を幾つか挙げれば:低水準被曝と健康・救急医療での困難な課題:汚染地域での線量、計測、線量評価:放射線生物学と放射線疫学:チェルノブイリ事故の教訓:そして、放射線安全と健康リスクのガイドラインである。記者会見には100人近い報道陣が詰めかけ、シンポジウムの成果が披露された。

二日目にはシンポジウムに参加したICRPメンバーを含む多くの国際的な専門家が、園田康博政務官・衆議院議員が20kmの避難地域にあるJヴィレッジと福島第一原子力発電所をアドヴァイザーとして訪問するのに、同行した。一行には東京電力の小森明生常務取締役も同行した。

核の時代という神話(抄訳)


ジャンマルク・セレキアン

2011年9月13日

フクシマ以後の考察・第4部

金銭は戦争の神経系である。宗教戦争でもそうだ。核の時代という神話は多分、誰か妄想的な人の頭で自発的に芽生えたのだろうが、それを効果的に広めるには莫大な資金が必要だった。核の司祭団のメンバーたちは、清貧をありがたがりはしなかった。

フクシマの黙示録の後、核の時代の栄光と富に満ち満ちた聖堂の最後の10年間を、私たちはおそらく生きているのである。その神話は、今や蒙昧主義のものである。

核のインターナショナル

IAEAという名の方が良く知られている国際原子力機関は、国連を媒にした合衆国の製品である。国連(united nations)というのも、国民(nation)の連合だと言っているが、客観的に見れば国家(state)のカルテルで、この脆弱な機構を占領しているのはまさに国家である。united statesなのだ。この事実としての状態によって、国連は今もなお、合衆国United Statesを筆頭とする専制のより集りということで…..

IAEAは核の時代の世界的な到来を目指してプロパガンダを行なう国際的な機関である。創設は1957年だ。名誉ある機構の中で、IAEAは当初から、その特殊な階級的位置からくる例外的な権力を与えられていた。例えばWHOはIAEAに恒久的に忠誠でなければならない。エネルギーという微妙な主題に関して、作成した文書を核の時代のドグマに適合するよう、読み直し、修正することを余儀なくされるのだ。

かの脆弱な機構の最上位に置かれているIAEAは、文化的放射能、科学的放射能のご威光の限りを尽して照り輝かなければならない。IAEAこそは、新しい時代を切り開くべき福音を伝える新しい教会なのだ。

その中心的なドグマは«核の処女受胎»で、三本足の概念(訳注)でできている。進歩の中にある«平和»、«富»、«健康»という、この三本足は«平和のための原子力»«豊かさのための原子力»«健康のための原子力»という3つの神話の三位一体ふうの中に照り輝く。

訳注: 概念: フランス語では«受胎»と«概念»が同じ語根の似た語になる。

IAEAが設立された栄光の時代、全世界に«アメリカの平和Pax Americana»が築かれた。この産業発展の新時代のオーラのためには、新世界の母国民を広島と長崎という二重の«原罪»から洗い清める必要があった。正式な言い方に従うならば、«戦争犯罪»であり、«人類に対する犯罪»である、もしも、第二次世界大戦の大いなる勝者にも適用が可能なのならば。歴史学者たちはずっと以前から、この2つの犯罪行為が軍事的地平では完全に無用のものだったことを知っている。日本はずっと以前に勝機を失なっていたし、ギュンター・アンデルスが喚起しているように、原子爆弾の「製造は、最初は、国家=社会主義の«無化主義»の拡大を食い止める以外の目的ではなかった」…..

第二次世界大戦に勝利者となった軍=産の支配的な力が、大量破壊兵器を完璧にし、多重化していくための«核実験»によって地球を殴りつけていた間、かの脆弱な機構の中にあって強い手段と例外的な地位を付与されていたIAEAは地球を巡り歩いて諸国に布教をしていた。核の時代の到来という福音を携えていたのだった。

そうしたセミナールでは、核のサイエントロジーの上級免状を持つ連中が、核の反軍的«貞操帯»という新しい観念を発展させつつ、«処女受胎»なる中心的ドグマを構築し、鍛造していったのだ。

エーテルに満たされた球体の中で、核の教会の高位司祭団は様々な核の物質的施設の間で概念的貞操を確保し、そうして«核の二重の処女受胎»に到達するために、«善悪の軸»を慎重に引いていった。実験炉、エネルギー炉、製錬工場、再処理センターの数々が、核の貞操の組織図の従って、«ハラル»«可»と«ハラム»«禁»(訳注)とに振り分けられたのだ。

訳注: ハラル、ハラムはアラビア語

設立以来、この国際機関は絶え間なく沸き立っている。物質的に低い核の世界では、絶えず係争点が出現するのだから。抑圧を解かれた«ハラム»が時折、無恥に、そして奥深過ぎるところにまで、«ハラル»に入り込み、貞操が完璧に確保されたためしはない。そこで絶えず多量の宣教師たちに世界中を隈なく歩き回らせ、核の使い方の中に原理主義を確保し、«良きお言葉»に適合させるのである。

機関の人々はしばしば交渉に携わるが、交渉は終りがなく、難しく、しばしば厄介で、時に試練である。そうした人々の中には、使命感、例外的な明晰さ、そして非の打ちどころのない原理主義によって、核の聖人の域に逹し、ノーベル平和賞によって祝福を受ける者も出てくる。モハメド・エルバラダイこそはその至上の光輝ある化身である。核、平和、豊かさ、健康の«ニューエイジ»の到来に奉仕した栄光ある過去によって後光のさしているエルバラダイは、光輝満てる未来のパースペクティブの中で、至福の人々の列に引上げられる。アラブ世界の中での、石油の時代の古き軍人専制から、担い手が変っていく時期にあたっていたのは、彼には幸福な状況であった。エルバラダイが故郷であるエジプトに原子力の洗礼を施すのが既に予感される。

核の拡散は核に内在する必然

だが、国際機関が掲げている善き意図などに騙されるのは終りにしよう。かの脆弱な機構が半世紀来、核の聖化のために続けているサイエントロジー風の世界十字軍と同様、他の戦争の神経系も何十兆ドルという金であった。核は、いかなる国にも«平和»も、«豊かさ»も、«健康»ももたらしてはいない。«ハラル»な研究施設、あるいはエネルギー施設が出現してからアフリカでは伝染病が猖獗し、大規模に核化されている西欧では、癌の増加が停まるところを知らない。«約束の地»にあってさえ、戦争はずっと続いたままで、豊かさなどはまったく仮初めのものでしかない。しかし実にこの、神聖なる教義が激しく争われ、係争の絶えない聖地中の聖地に、60年代にフランスは«ハラム»な核再処理施設を提供(資金面からだが)したというのだから怖れ入る。

イランや北朝鮮の«怖るべき»核の陰謀を、IAEAは演出し、暴き立てたが、自らスターになっただけの話である。その権力、核のインターナショナルの権力を押し付け、«核の三位一体»を信じ込ませるために、IAEAは«悪の枢軸»の烙印を押す。

当初から、«核の拡散»は所謂«民生»原子力とは、単純に経済的な必然性によって緊密に繋がれていた。フランスはそれをよく理解していたが、実のところ、理解すると言ったようなものではなく、エネルギーという強迫に支配された世界の、確固たる現実そのものである。その独占が権力の絶対的な源なのだから。

                            (以下、フランスに関する記述が続くが、省略する)

新しい教会の長女と、神話の終焉

しかし核の時代の世界の中で、新しい教会の長女の称号は反論の余地なく日本のものである。

«平和のため、豊かさのための原子力»が日本に拡散したというパラドクスは、IAEAの布教活動だけでは説明し切れない。戦争によって、焼夷爆撃によって、敗戦によって、そして原子爆弾によって多重にトラウマを負ったこの国で、合衆国はショック療法を  選んだ。悪の治療には悪をもって。戦争のための核の治療には平和のための核で。しかし、帝国主義と軍国主義の時代の遺産といえる、日本が内にもつ諸要素もまた、合衆国の任務遂行をしやすくするものであった。

あらゆる軍事的宗教的な歴史的要因が熔け合わさって、ヒロシマとナガサキという2つの核のトラウマを奇蹟的に変質させ、トヨタ主義と並ぶ新しい経済戦争に役立つものにしたのである。

記憶の番人である歴史家たちは、日本がどのようにして、ヒロシマといナガサキを、日本の原子力アヴァンチュールの道具として使ったかを知っている。福島の発電所の建設の時の、一つの挿話が事故後、再浮上してきた。地元の人々は発電所には賛成でなかったし、通常の技術的、経済的な議論は、彼らを説得するに至らなかった….そこで、ある東電の社員が、自分の誠実さと、地元の人々の懸念をもっとも良く理解できる立場の人間であることをしょうめい する殺し文句を思いついた。1945年8月6日、広島にいました、と彼は言った。原子爆弾で町が灰になった日に彼はそこにいて、そして兄はそこで亡くなりました、と付け加えた。彼は体にも心にも深い傷を負った、«ヒロシマ体験者»で苦しみの過去という栄光に輝き、だから並の技術者のような嘘が言えるはずはない。人々は彼を信じ、そして発電所は建設された。多数の核の代理人たち、そしてまた体制側の知識人たちが、ヒロシマとナガサキの過去とトラウマとを広く、平和と豊かさと健康のための原子力という神話を作り上げ、信頼させるための道具として利用したのである。

今日、こうした多くの物語が苦い想い出として蘓える。権力の手先になる一握りのエリートたちが平気でつく嘘の物語である。

2011年、広島長崎の原爆犠牲者で作る日本原水爆被害者団体協議会は、合同慰霊祭の際に、列島の完全非核化のために闘うことを決議した。半世紀前に啓示を受けた科学者たちの頭から生まれた核の時代の神話は、今や、蒙昧主義のものである。

私たちは静かに怒りを燃やす、東北の鬼です


武藤類子

2011年9月11日「さよなら原発集会」(東京・明治公園)より

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皆さん、今日は。福島から参りました。今日は福島県内から、それから避難先から何台もバスを連ねて沢山の仲間と一緒にやって参りました。はじめて集会やデモに参加する人もたくさんいます。それでも、福島原発で起きた悲しみを伝えよう、私たちこそが、「原発いらない」の声を挙げようと、声を掛けあい、誘いあって、やって来ました。

始めに、申し上げたいことがあります。3.11からの大変な毎日を命を守るために、あらゆることに取り組んできた皆さん、一人ひとりを深く尊敬いたします。それから、福島県民に暖かい手を差し伸べ、繋がり、様々な支援をしてくださった方々に、お礼を申し上げます。有難うございます。

そして、この事故によって大きな荷物を背負わせることになってしまった子どもたち、若い人々に、このような現実を作ってしまった世代として、心から謝りたいと思います。本当に御免なさい!

さて、皆さん、福島はとても美しいところです。東に紺碧の太平洋を望む浜通り。桃、梨、林檎・・・・と果物の宝庫の中通り、猪苗代湖と磐梯山の周りに黄金色の稲穂が垂れる会津平野、その向こうを深い山々が縁取っています。山は青く、水が清らかな、私たちの故郷です。

3.11原発事故を境に、その風景に、目には見えない放射能が降り注ぎ、私たちは被爆者となりました。大混乱の中で、私たちには様々なことが起こりました。素早く、張り巡らされた安全キャンペーンと不安の狭間で、引き裂かれていく人と人との繋がり。地域で、職場で、学校で、家庭の中で、どれだけの人が悩み、悲しんだことでしょう。

毎日毎日、否応なく迫られる決断、逃げる、逃げない、食べる、食べない、子どもにマスクをさせる、させない、洗濯物を外に干す、干さない、畑を耕す、耕さない、何かに物申す、黙る、様々な苦渋の選択がありました。

そして今、半年という月日の中で、次第次第に鮮明になってきたことは、「事実は隠されるのだ」「国は国民を守らないのだ」「事故は未だに終らないのだ」「福島県民は核の実験材料にするのだ」「莫大な放射能のゴミは残るのだ」「大きな犠牲の上になお、原発を推進しようとする勢力があるのだ」「私たちは棄てられたのだ」・・・・私たちは疲れと、やり切れない悲しみに深い溜息をつきます。

でも、口をついてくる言葉は「私たちを馬鹿にするな!」「私たちの命を奪うな!」です。

福島県民は今、怒りと悲しみの中から静かに立ち上っています。子どもたちを守ろうと、母親が、父親が、お爺ちゃんが、婆ちゃんが、自分たちの未来を奪われまいと、若い世代が大量の被曝に曝されながら事故処理にたずさわる原発従事者を助けようと、労働者たちが、土地を汚された絶望の中から農民が、放射能による新たな差別と分断を生むまいと、障害をもった人々が、一人ひとりの市民が、国と東電の責任を問い続けています。

そして、「原発はもういらない」と声を挙げています。私たちは静かに怒りを燃やす、東北の鬼です。私たち福島県民は故郷を離れる者も、福島の地に留まり生きる者も、苦悩と責任と希望を分ち合いたい、支えあって生きていこうと思っています。私たちと繋がってください。私たちが起こしているアクションに注目をしてください。

政府交渉、疎開裁判、避難、保養、除染、測定、原発・放射能についての学び、そして、どこにでも出掛け、福島を語ります。今日は遠くニューヨークでスピーチをしている仲間もいます。思い付く限りのあらゆることに取り組んでいます。私たちを助けてください! どうか、福島を忘れないでください!

もう一つ、お話ししたいことがあります。それは、私たち自身の生き方、暮し方です。私たちは何気なく差し込むコンセントの向こう側を、想像しなければなりません。便利さや発展が差別と犠牲の上に成り立っているということに思いを馳せなければなりません。原発は、その向こうにあるのです。

人類は地球に生きるただ一種類の生き物に過ぎません。自らの種族の未来を奪う生き物が他にいるでしょうか。私はこの地球という美しい星と調和した、まっとうな生き物として生きたいです。ささやかでも、エネルギーを大事に使い工夫に満ちた豊かで創造的な暮しを紡いでいきたいです。どうしたら原発と対極にある新しい世界を作っていけるのか、誰にも明確な答は分りません。

できうることは、誰かが決めたことに従うのではなく、一人ひとりが、本当に、本当に、本気で、自分の頭で考え、確かに目を見開き、自分ができることを決断し、行動することだと思うのです。一人ひとりにその力があることを思い出しましょう。私たちは誰でも変わる勇気を持っています。奪われた自信を、取り戻しましょう。

原発をなお進めようとする力が垂直に聳える壁ならば、限りなく横に拡がり、繋がり続けていくことが、私たちの力です。たった今、隣にいる人と、そっと手を繋いでみてください! 凝視めあい、お互いの辛さを、聞きあいましょう。涙と怒りを、赦しあいましょう。今、繋いでいるその手の温もりを、日本中に、世界中に拡げてゆきましょう!

私たち一人ひとりの背負っていかなくてはならない荷物が、途方もなく重く、道程がどんなに苛酷であっても、目を逸らさずに、支えあい、軽やかに、朗らかに、生き延びていきましょう!

有難うございました。

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