一人ひとりの心に届けば


宇野朗子

2011年10月30日 経産省前テントひろば スナメリチャンネルのインタビューに答えて

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27日から3日間、福島の女たち、それから支援して一緒に来てくれた人たちと、一緒に過ごせて本当に良かったです。

実際にに経産省に行ったりとか、首相官邸に行ったりとか、物事が凄く、動くのが難しいっていうのも感じて、辛いって、悔しいって思った瞬間もあったけど、でも私たちが訴えているのは一人ひとりの人に対してだし、それは経産省で働いている人であってもそうだし、ここに集まっている人、それから通り掛る人、発信したものを見てくださる人たち一人ひとりに対してだから、その人たちの心に届いて、何かその人たちがまた変化を起こしていくっていうことが、起こればいいんだっていうのを、もう一度、立ち帰って。

3日間、沢山そういうことが起ったって感じているので、凄く良かったです。これから今日、スタートした全国の女たちの座り込みも、これからどんどん、それがね、拡がっていくと思うので、ぜひ、注目して欲しいし、何かのアクションを起こして欲しいなって思います

人間が作った心配


谷田部裕子

2011年10月30日、経産省前テントひろば での発言

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私の愛する故郷、福島と同じように、皆さんに大事な故郷があるんだと思うんです。世界中にあるんだと思うんです。それが脅かされたんです。もう、本当に、何て言ったらいいか、分らないんです。子供たちに食べさせる野菜、飲ませる水、吸う空気、そのすべてを朝から晩まで考えて暮している母親が今、いっぱいいます。子供がいなくても、女たちはご飯を作るのにスーパーに行って、買い物をする度に。毎日でしょう? 産地を見たり、由来を思ったり。色んなことを思います。この魚を獲ってくれた漁師さん、売れなかったら困るだろうな、そう思いながら、買えるかなって考えます。いただくお野菜。近所からいただくんですよ。未だに実家に帰ると沢山貰えます。私は食べます。色々、皆、みんな心配してます。こんなふうな心配は、私たち人間が作った心配です。人間が作った。人間が作ったものを人間がやめられなくて、どうしますか? やめられるんです。やめようと決めれば。決めて動き出せば。

伝えきれない危機感


宇野朗子

2011年10月29日経産省前テントひろば(記者会見)

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お早うございます。宇野朗子です。昨日、急拠夕方の5時40分から首相官邸に入ることができまして、本多平直内閣総理大臣補佐官に40分間ほど話を聞いていただく時間を持つことができました。昨日、ここに至った経緯はですね、21日に経済産業省の方に行きまして、私たち、「原発いらない福島の女たち」107名で要請書を渡しました。

そして内閣総理大臣宛てでもあったわけなんです。そこで私たちの思い、現状を伝えまして、話をしたわけですれども、やはりそこだけでは仲々、変わることが難しいというような欠陥もありまして、昨日は、経済産業省の別館前でですね、ずっとアピールもしたわけですけれども、実際に経済産業省の建物から出てくる官僚の皆さんに直接ビラを渡し、直接、訴えるわけですけれど、なかなか本当に、伝える、ということが、そして動かすということが、本当に難しいというふうに思う中で、やはり首相官邸に行って、直接、私たちの話を聞いてもらおうということで、社民党の福島瑞穂事務所さんには本当にお世話になりまして、本当に無理を言ってですね、何度も交渉の結果、40分だけ話を聞いていただく、ということが実現しました。本当に福島瑞穂さんにはお礼を言いたいと思います。有難うございます。

福島からは5人の人が、それから、宮城県から一人、福島県内の会津坂下町、会津若松市、郡山市の女性の市議の方、それから福島瑞穂さんと、福島瑞穂事務所の秘書の方ということで11名で行ってきました。それぞれ、今の現状と一人ひとり言いたいことを、それぞれ伝えたんですけれど、まずは、こうい事態が起きてですね、一刻も早くすべての原発を停止して、廃止して欲しいということを、伝えました。

立地町、大熊町から避難している方からはですね、大熊から本当に命からがら避難しても、今は会津若松にいるわけですけど、今度は柏崎に近いわけですね。本当に、安心できる場所はぜんぜんないって、本当にがっかりしたと。でもこれはとにかくすべてを止めて欲しいというのが私たちの願いです、というのをお伝えしました。

それから、実際に今まで福島の原発10基、動かすということを許してしまった福島県民として、こういう事態を防ぐことが、その前に止めることができなかったという痛恨の思い、それで、間にあわなかったという思いを伝えまして、これがもし他のところで;もう一度起きてしまったら、本当に私たちの生きる道はないということで、何時、2度めの原発震災が起きるか、本当にその危機感をもって私たちは、とにかくすぐに止めて欲しいということを、思っているということを、その危機感を共有していただきたいということを伝えました。

この件に関しては、首相官邸ではですね、実際の3.11以後・・・・あのですね、原発の震災が起きて、国がどうなるかという危機感の中で動いてきたので、実際に中枢にいる人たちはすぐに止めたいという思いは持っているのだと。ただ、この本多さん自身も「私はなるたけ早くすぐにでも止めたいと思っている、でも政治家の中にはなるべくそれを引き伸ばしたいという勢力も実際にはいるということで、その厳しい鬩ぎあいの中で、なるべく早くこういう脱原発というのを、実現するという方向で、今、鬩ぎあいの中で頑張っているので、それを見守って欲しい」というふうに言われました。

私たちはこれが一刻も早く、実現するということを私たちの方から、ずっとこれからも続けていきたいというふうに思います。じっと見守っていきたいというふうに思います。

それから、ほとんどの参加者から、言われていたのはですね、今、渡利の校長のことでも分りますように、私たちは今・・・・汚染地域で子どもたちが被曝し続けているという問題があります。で、避難したくてもできない住民たちがたくさんいる、そういうこの現状について、変えてください、ということを、本当に訴えました。

福島の被害もですね、福島近況はぜんぜん関係ない、と。宮城県や、そのまわりの地域で汚染がある地域についても、避難の権利をキチンと欲しいということを、ちゃんと国の側が認めて欲しいということも伝えました。避難の権利っていうのは、今、自主避難者に対する賠償問題が話し合われていますけれども、これは本当に、経済的なこと、というだけの意味ではなくてですね、私たちが汚染地域で暮さなくてもいい、汚染地域で怯えながら子どもたちを育てなくてもいい、子どもたちがキチンとした環境の中で伸び伸びと育つ、そういう権利を国が認めてくれるかどうかという問題だということで、私たちは生存権を求めているのだということを伝えまして、この避難の権利を自主避難者に対してキチンと保障して欲しいということを伝えました。

で、本多さんは脱原発ということで話をうかがう、ということで、準備をされてきたということで、この避難の権利を私たちが本当に求めているというのを、この危機感というのを多分、始めて直接、聞いたんだと思うんです。けれども福島で今、起っている、まあ私たちから見れば本当に棄民ですよね。棄民的な状況になってきているということを、それに対して私たちがどういう思いを持っているかということを直接、キッパリと聞いていただけたんじゃないかなというふうに思います。

で、事故直後の情報隠しで、私たちが初期被曝を、キチンと防護することができなかった、特に子どもたちに対してですね、初期の被曝から守ることができなかったということに関して、私たちは怒りと悲しみを持っていると。で、その上にさらに今、被曝を重ねているというこの状態を一刻も早く変えて欲しいということを、伝えましたけれども、本多さんとしては政府がやってきた、その政策というのが未曾有の事態において間違ったこともあったと思う、けれども、それはキチンと守る方向で進んでいるので、このところは信じて欲しいというふうに伝えられました。

ただ私たちとしては、やはりここは所詮、政治というのは結果に責任を負わなければいけないところなので、キチンと結果を出していただきたいと、ずっと求め続けていきたいと思います。

やはり今、渡利地区などで起っているやり取りというのを、政治の中枢の側ではキチンとその危機感というのが、多分、伝えきれてないんじゃないかというのが実感でした。今後も直接こういう話を聞いていただけるような場をずっと持ち突けられるように働きかけていきたいと思いますので、皆さん、ご協力よろしくお願いします。

女たちが集まると本当に元気になります


武藤類子

2011年10月29日 経産省前テントひろば にて

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皆さん、お早うございます。福島県、三春町というところから来ました武藤類子です。この女の座り込みのアクションというのは私たち本当に日々、暮していると毎日、色んなことがあります。辛いこともいっぱいあります。で、凄く閉塞した気持になります。でも、黙っていられない、皆で経産省の前に行って座り込んで、自分の身をそこに置きながら、訴えたいというそういう気持でこのアクションを企画しました。

そしてもう一つは私自身が元気になりたいと思いました。女たちが集まると本当に元気になります。それが女たちの本当の力強さだと思います。

一昨日と昨日で延べで1341人の方がここにいらしてくれました。その中には神田香織さんや、旧芸名の高樹沙耶さん、鎌仲ひとみさん、福島瑞穂さん、高橋千鶴子さんもおられます。そして男性の方では服部良一さん、森住卓さん、前田朗さんなども来てくださいました。そして一人ひとりの男たち女たち、色んなセクシュアリティの人々、そういう方が駈けつけてくれました。本当に有り難うございます。

そして、経産省前テントひろばの皆さんには本当にお世話になりした。私たちを支えてくれた一人ひとりの女たち、一人ひとりの男たちに本当にお礼を申し上げます。有難うございます。

私たちのアクションが福島から日本中へ、そして世界中へ拡がっていくことを心から望みたいと思います。

今、声を挙げなければ、大きな力に負けてしまいます


佐々木慶子

2011年10月27日、経産省前テントひろば にて

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福島の女たち100人以上、経産省前に押し掛けて参りました。

もう、原発はいらない! 放射能はいらない! 子どもたちを守りたい!

本当に、今、立ち上がって、声を挙げなければ、このまんままた、大きな力に負けてしまいます! 私はそういう意味で、何とかして、少しの力であるけれど、精一杯やりたい! そういう意味で、県議選にも立候補することにいたしました。とにかく、一人ひとりがやれることを一人ひとりで、その場でやればいいと思います。

今日は東京で、福島の女たちと全国の女たちと力を合わせて、頑張ってやりたいと思います。

どうぞ宜しくお願いいたします。

一筋の光の川となって


武藤類子

2011年10月15日「ふくしまの子どもを守れ!郡山集会」(JR郡山駅西口広場)より

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皆さん今日は。三春町から参りました武藤類子と申します。

始めに、この裁判を始められました14人の子どもたちとその保護者の皆さんに深く敬意を表したいと思います。どんなに勇気がいったことでしょう。どんなに怖かったことでしょう。でも皆さんの行動が福島のすべての子どもたちの未来を守る、とても貴重な一歩なのだと思います。本当に有難うございます。

3月11日から7ヵ月、風が冷たくなりました。私は最近、寂しい気持を抑えきれなくなっています。荒れた畑を見ても、ご飯を食べていても、地面を跳ぶ蛙を見ても、何だか涙が止まりません。今ごろになって自分がこの原発事故にどれだけ傷ついたかようやく気がつきました。

皆さんも毎日、溢れそうになる涙を必死で胸の奥に仕舞い込み、暮しているのではないでしょうか。日々、新しいニュースは私たちを翻弄させます。遠く横浜で計測された高濃度のストロンチウム。福島医大の330床のベッドの拡大。自主避難に対する補償の禁止。除染の補助金の線引き。まるで見えな檻に閉じ籠められているかのように思えます。

子どもたちの健康被害を心配するお父さんお母さんは焦りと孤独の中におられるのではないでしょうか。

私の育った時代は米ソの核実験の盛んな頃でした。姉が一人おりましたが、36歳になって白血病を発症しました。10年余りを病と共に過ごし、亡くなりましたが、白血病は悲しい病気でした。もちろん因果関係は実証できません。

私たち大人は全力で子どもの健康被害を防がなければなりません。そのために力を合わせましょう。力を振り絞って「子どもを逃がして欲しい!」と声を挙げた人々と繋りあいましょう。裁判所の勇気ある判断を市民が支えましょう。子どもたちが郡山でなくどこかの町にいたとしても、風の中を頬を真っ赤にして走り回り、木苺を摘んで食べ、笑顔を輝かせることができるならば、それは私たちの喜びです。

雨の中ですが、郡山の子どもを守るために一筋の光の川となって、一緒に歩きましょう。

有難うございました。

«資料» IAEA除染派遣団が最終報告書を公表


IAEAプレスリリース

2011年10月15日

国際的な専門家のチームが、東京電力福島第一発電所の周辺地域の除染に向けて日本の当局が立てている戦略とプランの、査定を完了した。

日本の当局に提出された最終報告書は、ここにご覧いただける。(リンク)

「日本では、環境の除染の領域では、あらゆるレベルでの良い仕事が行われている」と、チームのリーダーで、スペインの核規制当局で放射線防護の総監督を務める、フアン・カルロス・レンチホは述べた。

報告書では、日本は派遣団の勧告を考慮に入れた上で除染の努力を継続するよう、求められている。

「福島第一の事故の初期の局面では、残存する物質の取り扱いにおいて日本の当局はたいへん注意深いアプローチを採用しました。これは正しいやり方です」とレンチホは述べた。

「けれども、今に至りますと、よりバランスの取れたアプローチを採用する余地があることが分ってきます。本当に優先すべき地域に集中する、あるいは、残存物質をより分け、個々の状況について安全性を査察し、その結果に基いて適正な除染の方法を採用するということです」

福島第一原子力発電所の周辺地域の環境を除染する努力を日本は続けている。IAEAはそれをいつでも支援できる態勢にある。

IAEA は日本政府の要請に基いて2011年10月7日から15日に、日本にチームを派遣した。国際的専門家、ならびにIAEAの専門家、合わせて数ヶ国からの 12人からなる派遣団は、福島県内の数多くの場所を訪れ、東京と福島で、様々な省庁や研究所に所属する日本政府係官と会談した。

10月14日には予備的な概要報告書が提出されている。

«背景»

福島第一原子力発電所の事故は、広範にわたる地域にわたって、放射能の水準を引上げることになった。日本政府は、これらの地域を除染する対策手段の実行に向けた戦略とプランを作り上げてきていた。

IAEAは東日本大震災と津波に続いて起った福島第一原子力発電所の事故の国際実態調査専門家チームを2011年5月24日から6月2日にかけて派遣した。

10月7〜15日の環境除染派遣団は、その続きであり、9月1″日にIAEA理事会で承認され、またつい先日、2011年9月のIAEA総会で151の加盟国すべてが一致して採択された、「IAEA核の安全行動計画」の中心を占めている。

「行動計画」は汎地球的な核の安全の枠組みを強化する作業プログラムを明かにしたものである。

ジョヴァンニ・ベルリーニ(IAEA広報部)