年末のシュプレヒコール


武藤類子

2011年12月28日東京電力本社前

私たちの叫びを聞いてください。

故郷の海を返せ! (返せ!)
故郷の空を返せ! (返せ!)
故郷の土を返せ! (返せ!)
故郷の友達を返せ! (返せ!)

皆さんで
「いのちが大切ならば」を歌いたいと思います。

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自分たちができることをやっていこう


大河原多津子

2011年12月28日、経産省前テントひろば にて

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福島原発から直線で40kmのところで約30年間、有機農業をずっと続けてきた大河原と申します。

どうして有機農業を始めたかっていう理由なんですが、やっぱり自分の子どもたちを極力、安全な食事で育てたいって希望があったから、有機農業に就いたわけなんですけども、残念ながら、その気持は完全に今、裏切られてしまっています。私たちの畑、田圃…一粒の化学肥料も農薬も入れないで育ててきたんですが、汚染されてしまいました。

でも、ずっとこれで悲しい気持で、秋になって、木の葉が色付いたりすると、もう二度と福島は元には戻らないんだっていう気持で、悲しくてしょうがなかったんですけど、今、ようやく力が涌いてきて、日本中の、世界中の皆と原発を無くすために、動かないと、今、動かないと、もっともっと酷い状況に必ずなると、思いますので、繋がっていきたいと思っています。

11月の末から、チャンスをいただいて、ドイツに行くことができたんですが、そのところで、勉強してきたというか、感じたことは、世界中が今、日本に注目しているということです。広島・長崎があって、あれだけの酷いことがあったのに、この地震国にこれだけの原発を作ってしまった罪、それがまた今回、こんな福島の悲惨なことが起きて、それでまだ変わらないのか、と。日本は何をやってるんだって。世界中が注目してるんです。それを凄く感じてきました。

私たちが今、動かなかったら、もう二度と立ち上がれないです。私の農業の仲間もですね、デモに参加したこともなかったっていうようなおばちゃんたちばっかりなんですが、年明けたら、映画の上映会、鎌仲ひとみ監督の「みつばちの羽音」の映画の上映をして、そこから、自分たちができることをやっていこう、と。

立ち上がろうとしている人たちがいます。どうか皆さん、繋がって、力を与えていただきたいと思います。そして世界に対して、日本人だってこれだけの力を持っているんだということを、示していかなかったら、子どもたちが{1語不明}ないと思います。

よろしくお願いします。

こんな恐怖があるうちは、私たちの非常事態は終りません


大賀あや子

さよなら原発1000万人アクション(2011年12月10日)東京日比谷野外音楽堂

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皆さん、今日は。

9月19日の集会での武藤類子さんのスピーチが私たちをまさに代表して勇気を与えてくれるものでした。さらに反響が伝わっていき、さらに多くの方々にご支援いただいております。有難うございます。

それから3ヵ月の間を振り返り、お話ししようとすることにとても自信の持てないような困難を感じてしまうという気持でした。この期間に放射能の減衰がまだあまり進まないのは当然ですけれども、秋から冬のこの季節風が山の汚染を拡散させたりして、放射線量が上がっている地域・地点も沢山あります。

除染活動に期待しても、あまり放射線量が下がらない、除去した土や草の保管、作業の負担や被曝など困難が明かになってきています。農産物の汚染の実態も次々に明かになってきています。真実が隠され、人と人が分断されていく、この不安がいったい何時まで、どれほど続くのか。

この先の見えなさに、疲れ途方に暮れてしまうことがあります。これはすべて、東京電力が放出した放射能を巡る混乱なんですけれども、脱原発については福島県ではもう方向が決してきています。10月20日、福島県議会は県内の原発全10基の廃炉を求める請願を可決、11月30日、福島県知事は福島県復興計画に県内全原発の廃炉を明記することを表明となりました。

これは県民大多数の「もう原発は要らない」という世論を受けて、{1語不明}しているところです。

しかし日本全国で今も運転中の原子炉、再稼動が図られている原子炉があることは、私たちの不安・恐怖を増すものでしかありません。

私たちのところにまた放射能が降ってくるかもしれない、私たちはまた家を出て、避難することになるかもしれない、こんな恐怖があるうちは、私たちの非常事態は終りません。

どうか、日本中、世界中で皆さんと繋りあって、一日も早く、脱原発が果せるようにと願っております。有難うございました。