«資料» UNSCEAR年次総会に提示された福島第一査定の中間所見


国連情報センター プレスリリース

2012年5月23日

ウィーン 5月23日(国連情報サービス)

2011年3月11日の福島第一事故の主要査定の一部が、2012年5月21〜25日の日程でウィーンで開かれている、原子放射線の効果に関する国連科学委員会(UNSCEAR)の年次総会に出席している国際的な専門家たちによって見直された後、本日、公にされる。

UNSCEARは損壊している4つの原子炉からの大気への放出物について、現在では、その性質と組成を良く理解している、とUNSCEAR議長のヴォルフガング・ヴァイスは述べた。大気、土壌、水、食糧に含まれている放射性諸元素の測定とともに、甲状腺などの重要な器官を考慮して、日本の様々な地域で、成人と子供とに対する線量査定が可能なところにまで、研究は進むとしている。

「飯館村、川俣町、いわき市で、1000人を超える子供たちの甲状腺に対して行なわれた測定の情報を私たちはいただきました。とヴァイスは述べた。「また、福島県での研究結果の一つは、事故当時県内に住んでいた200万人ほどの人たちの被曝水準を見積る助けになります。これらの地域に対するUNSCEAR査定の結果は日本が行なった測定や分析比較され、違いがあれば明かにされ、話題にもされることになります」とヴァイスは述べた。

2012年1月31日の時点で20115人の東京電力の関連労働者が福島第一事故の後処理に従事してきたが、うち80パーセントは契約社員である。中間所見の鍵になる点の一つとして、何人かの労働者が皮膚の汚染によって被曝を受けはしたものの、臨床的な観点からは影響がまったく見出されていない。事故以来、6人の作業者が死亡しているが、そうした死のどれ一つとして被曝とは繋がりがない、と所見は述べている。

「私たちはできるだけ幅広く多様な情報を元に結論を引き出しています。それは、矛盾点が見つけやすいようにするためです」とヴァイスは述べた。「一般の人たちの線量を査定するには、たいへん細部にまでわたった情報があります。けれども、作業者の被曝を見積るのは、そう簡単ではありません」とヴァイスは述べた。

「仕事はまだ完了していないのです。私たちの査定を確かな質で進めるには、細部にわたる注意深さをもって進めることになりますので、まだまだ長い道程になることでしょう」とヴァイスは述べた。

事故による放射線被曝の水準と効果に関する査定は国連総会のために行なわれていて、最終報告は2013年末までにUNSCEARによって提出される。

UNSCEARの研究は70人を超える国際的な科学者たちの手で、4つの領域で行なわれている。放射能と放射線の測定、放射性物質の放出と拡散、公衆および人間以外の生物相の被曝、作業者の被曝である。査定は、UNSCEARが1986年のチェルノブイリ事故のような、類似の見積もりを指揮した経験に支えられている。チェルノブイリ事故に関するUNSCEARの報告書は2011年に出版されている。

なお、委員会には総会の指名によって、新たに6ヶ国が加わることになった。ベラルーシ、フィンランド、パキスタン、韓国、スペイン、ウクライナであり、総計27ヶ国となった。

(以下、学者のリストなどがあるが、省略する)

福島の今


森園和重

2012年5月18日、たんぽぽ舎勉強会「隠された福島事故を暴露する」より

福島の今ということでお話しさせていただきます。昨年の3月11日に、危機を感じた方はすぐに避難しました。でも私のように何も無知な人間はそのまま地震に怯えて、原発のことよりも地震に怯えて、固まって3月を過ごしました。

まず、その時期は水道も止まっていたので、マスクはしていましたけれど、3時間、5時間と水を汲みにあちこちを走り回ったりという、そういう状況の中で過していました。

で、この1年が経ってなんですけど、国の、政府の思い通りに、福島県民はマインドコントロールをしっかりされまして、郡山に至っては、もう、本当に速い段階から「大丈夫よ」という声が市民の中からもだいぶ聞こえてて、凄い大変な状況をずっと暮してきています。

未だに窓を開けない方、洗濯物を干さない方、布団を干さない方、私も実際、窓はほとんど・・・・風がない日だけですね。それ以外は窓を閉め切ったままにして、暮しています。この辛さはちょっと経験していただかないと、分らないかなっていうくらい、大変な、ことでした。ええ。夏は暑いし。

で、去年、学校、小中高にエアコン付けるように、さんざん県や市町村に訴えたんですが、いっさいエアコン付けられず、今年も除染費用は330憶、郡山は入ったので、その一部でエアコンを小中高に付けろと、何度も何度も請願書・・・・あと、応援してくれる市議会議員さん、女性3人と何度も訴えたんですが、やはり却下されてしまって、もう今年は怒りまくってますので、ちょっと郡山市の前でマイクを持って、「窓を開けろ!」と。

眼の前には開成山公園という、まだ6マイクロ、9マイクロ、平気で10マイクロあるところの、開成山公園の前に郡山市役所がございますので、窓を開けてエアコン切って、応答しろということを、あの、マイクを持たないと分らないかな、と。子どもたちがどれほどの苦しみの中で勉強を強いられ、生活を強いられているのか、大人はあまりにも鈍感になってしまって、想像もつかない状況に陥っているのが、今の郡山の状況です。

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福島原発、今あと行なわれているのが、原発告訴団。先日も武藤類子さんがこちらの会場でお話をさせていただいたと思うんですが、6月11日を目指して告訴団の中に入っております。

それから子どもたちの集団疎開の裁判も、今、仙台高裁の方に、今週20日を目処に今、必死の思いでまとめあげて、郡山市に対抗すべく、今、メーリングリストを使って、書類を作成してます。

それから、今、昨日だったんですが、院内集会で被爆者支援法、援護法を、ということで、兎に角、被曝をしてしまったことは事実なので、これに対しての支援法、援護法の立法化を求めて、行動も起しております。

そして、そうですね、小中学校のことで、また戻るんですけれど、給食で地産地消をずっと進めてるんですね。でも東北っていうのは、冬の間っていうのは葉物がいっさい無いので、皆、西日本から全部入れていたんですが、これから葉物がどんどん出てくるんですね。その中で地産地消を進められて、米飯給食の地産地消を去年の秋からずっと強いられて、それを子どもたちが食べるのかということを、想像していただいて、この危険を知っていただけたらな、と思っております。

それから、先程も出ましたけれども避難経路。この後にもし何かあった時の避難経路や沃素剤の配布についても、県庁に解い合わせようが、やはり請願書なり申し入れ書をしても、「安全なんだから大丈夫です」っていう一言です。あと、「そんなことをしたら、福島市にも郡山市にも人がいなくなってしまうでしょう」ということを平気で県庁の人が申します。そういう状態がずっと続いています。

で、後、健康のことで言えば、皆様もご存知の山下俊一氏という長崎大学から福島の副学長になった、彼等が今、進めている甲状腺のみについての、執着というか、それによって日本全国の医師会がもの凄い圧力を掛けられて、なかなか声を出されないで今まできたんですが、やっと市民と科学者による内部被曝問題研究会というのが立ち上がって、少しずつ、協力してくださるお医者さまも出てき始めています。

今、私、個人的に考えているのが、やっぱり被曝したことを実証するには、死亡後に献体というか、本当にキチンと調べてもらえる、そういう医療施設、脳から皮膚から眼から、すべてにどれだけのものが、あるのかということを、すべてできるように、進めて。それも法律の中に入れていただいて、キチっと頭から足の先まで解剖してもらって、それによって、事実を突き付けていきたい、と。政府に対しても東電に対しても、突き付けていきたいと思います。で、今、その行動も始めました。

今、本当に、被曝は容赦なく、続いている状態で、郡山からこちらに来ると、私は凄くアレルギーがあって、敏感なんですね。なので、なのでやっぱり自分の家に戻ると体が怠くて、偏頭痛っていうのか・・・・偏頭痛とは違うんでうよ。頭痛って言っていいんでしょうか、前頭葉の方がもの凄く重たい感じになって、唇の中が痺れたり、夏、粘膜から血が出たり、疲れが溜ると血が出てくるの当たり前だったり、そういう症状が。あと、紫斑が去年が出てたりして、それに対する色んな防護法を肥田舜太郎先生とか、それ以外の先生方にお聞きしながら、色々教えていただいて、今、こうやって元気に生活してお子さんがいて苦労している親御さんのために何かできないかと思って走り回っている状況です。

何もできないんですけれど、今の福島がどうかっていいうことで、一番酷いって感じるのは、大人が、私たちの年代の大人が本当に狂ってしまっているっていうことが、大変、苦しく、辛いことで、商工会、教育委員会、医療関係、大学関係、すべて、子どもを使っての「安全安心パレード」が去年の7月からズーっと続けられてて、市のマラソン、市のロードサイクル、市の駅伝、市の運動会、って言われるくらい、酷い状況が続いてて、で、今度はプールが再開されてしまうんですが、福島市のあるプールでは6万ベクレルという水の汚染が出てるんですね。それにもかかわらず、その水をそのまま抜いてしまって、そこを除染をすると言っています。

で、郡山市は一回、3時間ルールを一番最初に解除してしまったので、それに追随する形で、各県、市、町村、自治体はどんどんどんどん、解除して、子どもたちをどんどんどんどん、「体力がなくなるんだ」等々と言いながら、避難とか疎開はいっさい考えておられず、そのまま、校庭で、「どこで遊んでもいいよ」っていう状態でいます。

で、この前、郡山市で出したのは、もう1マイクロ以上あるところが点在している校内を「どこへ行って遊んでもいいよ」って言うのは、あまりにも無責任だろうって言うことで、そのことも今、追及している最中です。

何から何まで、何故こんなに自分たちだけでやらなくちゃいけないのかっていうのが、凄く怒っているのが、あります。東京の皆さん・・・・東京に来る度に凄く辛い思いをするのが、電気を使うことがやはり余りにも東京は多過ぎるというのが実感しています。地下鉄に乗ると凄くそれが感じられます。あっちもこっちも電光掲示板だらけで、電磁波の中で皆さん、疲れないで生きていられるなって思うくらい、電光掲示板がそこここにあって、何か本当に東京にお住まいの方から声を挙げていっていただいて。

必要なものはどんどん使っていいと思うんですけれど、それ以外の娯楽的な部分でもし、節約・・・・節約じゃないですね。生き方を変えていただけることがあるんであれば、ぜひ、協力して「生き方を変えようツアー」をしていただけたらなと、思います。

あと、ここに、福島も郡山もそうなんですけれど、こうしていつもセミナーをして集ってくる方って、だんだんもう限られてきて、皆さん顔見知りになっていってしまっているっていう状況で、そうではなく、本当にどうやってそのことを拡げていこうかっていうのが最大の今、課題です。

どんどんどんどん大丈夫モードになって、安全だモードになって、見たくない、聞きたくない、話したくない、の中でどうやったら、疎開・避難っていうことをもう一度考えて、子どもたちを一緒に守っていこうねっていうことを考えて、命が大事だよね、人間だけじゃないよね、っていうことを考えれるのかっていうことを、どうやったら広めていけるのかっていうのが一番の課題です。

有難うございました。

嘘をやめて体内除染研究を


ミシェル・フェルネ

2012年5月16日広島市立大学平和研究所での講演より

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私は、ベラルーシの子どもたちを助ける活動をしている「チェルノブイリ/ベラルーシのこどもたち」の一員として、また同時に、IPPNW(核戦争防止国際医師会議)の一員としてここに参りました。実は25年前にもIPPNWの関係で広島に来ています。私は原発と核兵器の双方と取り組んできました。核兵器の情況は未だに45年当時の何千倍も深刻です。兵器も原発も同じように莫大な健康被害を与える、一繋がりの問題です。

福島の事故はまだ終わりがなく続いています。放射能に汚染された水が地下水に漏れてそれが海に行くという状況でどうなっていくかまだわかりません。先がわかりませんが、今大事なことは福島にいる家族をどうやって支援していくかです。特に最初の6年間ぐらいが非常に大事で、食料を送るとかバカンスの場所を確保することが重要になります。

福島とチェルノブイリに一つ大きな共通点があります。それは「嘘」です。政府によって嘘がつかれ、真実が言われていないことが家族を不安に陥れています。

ベラルーシと日本の両国とも最初の段階では、ヨウ素131の問題が大きかったです。安定ヨウ素剤をきちんと配らなかったことが共通点として挙げられます。ヨウ素が去った後は、セシウム137という半減期30年の物質が脅威を与えています。最初、セシウムは空気を通じ、呼吸によって肺に入っていきますが、一方では地表に落ちていきます。体内に入ると特定の器官に集まって蓄積していきます。

セシウムを何とかするためには、まず測定することが大事で、比較的正確に簡単に3分間でだいたい様子がわかるイスの形をした簡易型ホールボディカウンターがあります。セシウムは地に落ちてしみ込んでいき、それを植物が吸い上げ、野菜や果物に吸収されることが問題になります。食品が直接体内を汚染していく一方で、ベラルーシの場合、燃料として薪を燃やし、灰を肥料として使います。そこからさらに食品の汚染が広がっていくという問題があるわけです。

ヨーロッパ全域で地域地域の詳細な汚染地図が作られていていつでも使えます。ベラルーシでは、これとは別に、子どものホールボディカウンターの測定結果を基にした子どもの体内汚染地図が作られていて活用されています。現在ベラルーシでは子どもの約80%に異常がみられるという状況になっています。地図をみても非常な深刻度がわかりますけれども、どうやって子どもたちの体内汚染を取り除いていくかが大きな課題になっています。

リンゴに多いペクチンが有効

冷戦の時代、70年代頃ですが、ソ連ではそうやって人体が核汚染した場合、どうやって取り除くかという研究がイリンとコルズンという学者たちを中心に広く行われました。イリンたちの研究で、ペクチンという多糖類に、放射性核種を吸収する力があり、しかも体内に吸収されにくいことが分りました。腸内で放射性物質を吸収してくれるので、セシウムは糞便と一緒に排泄されるのです。

ペクチンは野菜やリンゴにたくさん含まれています。また海藻にも多く含いです。黒海で採れるアマモに非常に多く含まれていますが、それに次ぐ第2の産地が日本の南部とされています。ソ連軍は当時、これによって核戦争に対する一つの武器を得たと考えました。この物質はソ連では商品化され、30年前から売られています。

フランスでは同じようなペクチン剤が、重金属、水銀とか鉛など鉱山労働者の体内汚染に対する薬として使われています。以前、自動車工場などは非常に汚れていて、こういう薬が必要だったわけですが、今の自動車工場では、そういう状況はもうありません。現在、ドイツとかウクライナでペクチンの薬が大量に作られ、活用されています。リンゴのペクチンの方がにおいがよくて食べやすいとヨーロッパで考えられていますが、日本なら海藻の方いいと言う人もいることでしょう。ベラルーシは最初、ロシアからペクチンを買っていましたが、逆にベラルーシで作って外部にも供給するようになってきました。

ペクチンは多糖類で分子が非常に大きいです。長くて複雑な形をしているのでそのままでは吸収ず、糞便と一緒に出ていくのが中心なのですが、一部は大腸の中でバクテリアによって、中ぐらいの大きさの幾つかの分子に分割されます。そうなると体内に吸収されるらしいということが最近わかってきました。吸収されたペクチンの破片が血液とともに体内を回り、セシウムや重金属を回収し、尿と一緒に排泄されるということもわかっきました。

肝臓周辺にもセシウムは集まるりますので、胆汁にはそれを回収して腸内に排出する機能があります。これはそのままだとまた腸で再吸収されてしまいますが、その時にペクチンがあれば再吸収されないで糞便の方に行ってくれることになるのです。

セシウムが集まる場所は幾つか決まっていて、例えば心臓によく集まります。そういう数値の比較研究がベラルーシとかロシア、ウクライナで行われていて、ペクチンなどの排泄する機能のあるものを適切に摂ると、心臓疾患などの発生をある程度抑えられるらしいということが数値として明らかになっています。

ビタミンA・E、カロチンも重要

セシウムであれストロンチウムであれ、放射性核種が出す放射線がガンマ線であろうとベータ線、アルファ線であろうと、結果としての病理はだいたい同じようなもので、放出される核種が体内の分子を壊すことによって遊離した状態のフリーラジカル(遊離基)を生みだします。あるいはそれを拾う形で過酸化状態の分子を生みだします。それによってたんぱく質が、あるいはゲノムが破壊されるのです。

人の場合、過酸化物と闘う酵素を持っているのですが、酵素が働きやすい条件と働きにくい条件があって、働かせるためにはビタミンAとかビタミンE、あるいはカロチン類の存在が非常に重要です。

鳥の話をしましょう。チェルノブイリでは鳥たちも有毒な放射性核種にさらされてきました。鳥たちも酵素を使って闘っていて、そのためにビタミンと並んで赤い色素、カロチン類を必要としています。チェルノブイリの周辺にいる鳥をみると、例えばコマドリは胸の赤いはずの部分が灰色だったり、ツバメの喉も白かったりという問題があります。放射能と闘うために色素を使ってしまうので、体が赤くならないのだと考えられます。ただ、ツバメがチェルノブイリの辺にいるのは渡り鳥であるということが大きいです。もし渡るということがなかったら多分、ツバメはみんな死んでいて、今はいないのではないでしょうか。

人間の場合の食品を考えていくときに、もちろん放射能汚染がないということが一番大事ですが、それと並んでビタミンAやカロチン類が豊富なものを摂ることが大事だと思います。カロチン類が安価に摂れるという点で、ニンジンが一番ですが、トマトもありますし、赤や黄色の果物類ならばよいのです。牛乳は、子どもたちにはジャージ種がいちばん良いです。ジャージ種の乳が黄色なのはカロチンがあるからです。カルシウムも多く、いろんな意味でよいわけです。

子どもや孫に異常

ここから難しい本来の話になります、ぜひ日本の学者に、一生懸命研究して日本の問題を解決するだけでなく、世界に伝えてほしいということがあります。

細胞の核の中に染色体があります。普通は染色体が放射線で傷つけられるのが問題になっていますが、それとは別にペリジェネティクという概念を使って説明したいことがあります。放射線が核の中に入って染色体、あるいはゲノムを破壊します。それが催奇形性だというのが普通の説明です。これが誤っているわけではないのですが、放射線が核だけでなく、細胞質のなかにも入っていった場合を考えましょう。核の外にある大量のたんぱく質のいろんな分子を破壊します。たとえば、ミトコンドリアです。そういう場合をペリジェネティクという概念で現わしています。ジェネティクは遺伝や遺伝学を現す言葉です。そしてペリは周辺部という意味の接頭語です。

細胞が普通に二つに分裂する場合を考えてみましょう。細胞質の中に染色体が出て、中心が二つあって線で結ばれたような構造に変わっていきます。分解した染色体は、片方は左側の中心、もう一つは右側の中心にいきます。そして染色体は23組ありますがが、23の片割れがそれぞれに集まって全く同じ形の核が二つでき、二つの同じ形の細胞に分かれる様子は、顕微鏡を覗けばはっきり見えます。一つ一つの形や順番などを確認することができます。

その時、染色体が壊れている状態を考えてみましょう。両方に対称にできるはずのものが、片方の腕がちぎれてもう片方についてしまっている、というようなこともあるのです。交差するような状態になっている染色体もありますが、そういう状態になっているものはきれいに離れることができませんから、壊れた形でちぎれたようになって双方にいくということが、傷ついた染色体の場合には起こり得ます。そういう状態になっていることを考えてみましょう。

そういう場合に、細胞は普通、死んでしまうのです。でも、ミトコンドリアが破壊されていると、この「自殺プログラム」が働かず、奇妙に接合した細胞がそのまま残っていってしまうのですね。これがペリジェネティクの一番の問題点なのです。

普通に知られている奇形の生成した状態というのは、だいたい薄まっていくというか、形成不全の要素が薄まっていくのが普通ですが、こういうペリジェネティクの状態では薄まっていくことがないという、非常に悲しい現実が確認されているわけです。

チェルノブイリ発電所の後始末をするために動員された何十万人という人がいます。亡くなった方もいらっしゃいますが、比較的軽症だったか症状が出ていない人でも、その子どもに異常が現れるケースが多く観察されています。これがペリジェネティクという現象と関係があると私は考えています。ソ連の核実験場のあったセミパラチンスクの近くにさまざまな放射線病院があって、これを研究しています。そこでも、被曝した本人よりも子どもたち、さらには孫たち、今、3代目まで追跡されているのですが、代々異常が増えていくという現象があります。エゴロヴァという学者とイギリスのチームがその問題を深く研究しています。

320km離れたネズミに変異

ベラルーシではホンチャローヴァさんが研究しています。ホンチャローヴァさんは1986年、事故の直後にネズミを捕まえて研究を始めました。チェルノブイリの発電所のすぐ近くにいるネズミと100kmぐらい離れた所、それからさらにベラルーシの首都のミンスクの先の320kmぐらいの所と比較しながら研究しました。ミンスクの空間放射線量は30kmの地点に比べて100分の1程度です。その結果、細胞分裂の異常が30kmの所だけではなくて320kmの所でも観察されています。ネズミは生命サイクルが短いので、ホンチャローヴァさんは22代目まで追跡調査をやったのですけれども、どんどん子孫の異常が増え続けるということが、22代目まで3カ所すべてで確認されています。そういう変異は3カ所で同じように観察されていますが、死亡率で言えば近い所が一番大きいです。

私は今、皆さんの知識を増やしてやろうと思って、こういう話をしているわけではないのですよ。こんなことは本を読めばどこかに書いてあるでしょう。そうではなくて、ここは日本なのです。日本は研究大国であって優秀な学者がいっぱいいるのですから、こういう問題にもっと真正面から取り組んで研究しなければいけません。嘘をやめたらどうだ、研究しようじゃないか、と言っているのです。

ホンチャローヴァさんは抗酸化剤を開発されましたが、非常に高価なのが欠点です。そういうものを輸入して使えばいいとかというのではないわけです、日本は研究したらどうかということを私は言いたいのです。

スルクヴィンさんという獣医学系の研究者がホンチャローヴァさんに協力し、2人はコイを使って研究しています。チェルノブイリ事故で汚染された養殖池を使ってコイを研究したところ73%のコイに異常が見つかっています。稚魚で目がないものとかエラがないものとか、口がないものがいるわけです。

ホンチャローヴァさんのチームが開発したこの物質が使えるという話ではなくて、こういう物質が発見されたということは、こういう損傷をある程度回復する手段を見つけることが、日本でもできるのではないかということを示していると思うのです。

私はかつて化学療法を研究したことがあって、昔勉強した時代にその療法の一番の先進国は日本で、日本の化学療法から多くを学びました。私が今話していることは問題点を図式的に説明しているだけで、その中でこういうことが可能であると可能性を見ているのです。今、人間でもきれいにすることができるようですが、非常に高価で普通には使えません。一方では今、魚に関して発見されている物質は養殖池に投げ入れるような、結構安い値段のものらしいですね。そういうものもあるということは、日本のように高度な研究力のある国であれば、たぶん5年、6年という時間で何とか開発できるのではないかという希望をみなさんにお伝えしたいです。

日本はまず嘘をやめるということが大事です。今、重大な事態が続いているということを考えなければいけません。少なくとも100万人という規模で問題が生じてくることがはっきりしているので、それをただぽかんと見ていてはいけません。それとどうやって闘うのかということをご一緒に考えていきたいです。そういうことをお話しするために何が何でも日本に来たくてやって来たのです。

ジュネーブでの報告


地脇美和

IndependentWHO主催で開かれたForum Radioprotection(2012年5月12日、ジュネーブ)での報告

皆さん今日は

日本から来ました福島の「放射能から子どもたちを守る福島ネットワーク」の地脇と申します。2011年3月11日の東日本大震災に続く福島第一原子力発電所の事故が私たちの暮しから様々なものを奪い、破壊しました。その影響は世界中に及び、原発を泊められなかったことを本当にたいへん申し訳なく思っています。

当時、原発の情報は日本政府、福島県、マスコミからはありませんでした。原発が爆発した映像はBBC放送のインターネットで流されました。スピーディー(緊急時放射能影響予測ネットワークシステム)の情報はアメリカ政府には3月14日には提供し、日本国民には3月23日に公開しました。福島県には3月11日から情報が公開されていましたが、住民には知らされませんでした。そのため原発から30キロ圏内の住民は放射能が流れる方向に避難をしてしまい、不信感と怒りを募らせています。

また汚染の実態が隠されていたため、母親は子どもと雨の中、地震による断水のため長時間、給水の列に並ぶことになりました。

母親たちは自分が無知だったために子どもを被曝させてしまったと、非常に後悔しています。この間、事故の状況と汚染実態は小出しにされ、レベル7に引き上げられたのは1ヵ月後でした。飯館村は高濃度汚染の中、住民を1ヵ月以上も村に居住させていました。

長崎大学の山下俊一教授をはじめとする福島県の放射線管理アドヴァイザーが入れ替り立ち替り訪ずれて、子どもを遊ばせても大丈夫、100mSvでも大丈夫です。放射線の影響というのはくよくよしている人にくる。ニコニコしていると放射能の影響はこない、と話しました。しかしその直後に計画的避難区域として全村避難となりました。村民は「私たちはモルモットなのか」と怒っています。当時、わけの分らない恐怖の中にいた人たちは「大丈夫だ」という言葉を聞きたい、安心したい、という心境の人と、放射能の危険性を知り、不安に思う人の間に温度差と分断が生まれてしまいました。「放射能の話をしたら離婚だ」「放射能を心配し過ぎ」「頭がおかしい」などと言われ、家庭内でも地域でも、放射能を話題にできない雰囲気が作られていきました。

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一方、市民による自主測定の結果、人口が集中している県中央部、中通りでもたいへん深刻な汚染であることが分ってきました。ある親は毎日、子どもを学校に送り出すのに、子どもに不安を与えてはいけないと思うから、笑顔で送り出す、けれどもその後、毎日、毎日、不安を責めて過している、「本当に今、学校に行かせていいのだろうか」「自分は子どもを守れているのだろうか」「自分は親失格だ」と、このような悲痛なメールや声がたくさんありました。

福島県内の中学校の76%は放射線管理区域である、空間線量0,6μSv以上の汚染の中にありました。昨年4月、文部科学省は子どもたちに年間被曝量20mSv、毎時3,8μSvまでの被曝は容認する、という通達を出しました。つまり、この国はこれ以上、子どもを守ってくれないのだと分りました。

その後、「国が動かないなら、私が守るしかない、そう気がついて教育委員会に今日、電話しました」など、一人ひとりが動き出しました。昨年5月、子を持つ親が子どもを放射能から守るためにあらゆる活動を行なう、という一点で結びつき、「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」が設立されました。放射線量を計測し、汚染地図を作ったり、放射能の影響についてチェルノブイリから学ぶ、など県内各地で毎日のように学習会・講演会が行なわれました。皆さんの力が合わさって、昨年5月27日、文部科学省は本年度の学校生活における被曝量は、1mSv以下を目指す、と修正しました。

現在、福島県内はもちろん、全国各地に市民食品放射能測定所が次々とオープンしています。国の食品の暫定基準値が高いこと、行政の検査の態勢が十分に整っていないため、市民測定所が求められています。福島県が発表した、米の安全宣言後に汚染米流通が発覚するなど、消費者の不安は高まっています。行政は放射能汚染を実害とは言わず、「風評被害」と言い、「食べて応援キャンペーン」を推進しています。親たちは検査をすり抜けた汚染された食品が流通しているのではないかと、心配しています。そのため、家庭での食事は「食材を遠くの産地から購入している家庭」と、「何も気にせず、これまで通りに地元産を購入している家庭」、「気にはしているが経済的に厳しく、購入できない家庭」など様々です。

そんな中、西日本からの無農薬の野菜を仕入れ、販売する野菜カフェ「はもる」をオープンし、情報提供や学習会なども始まました。

学校給食については、「食品の放射能測定を徹底させること」「安全な食材を使用して欲しい」など、県や学校に対して要請行動を行なっている親たちが全国にいます。また保育所や学校で、自分の子ども一人だけでも弁当持参にしている、という人もいます。

しかし親たちの間で心配する気持の温度差が大きく、「学校や皆が大丈夫だと言っているから大丈夫だろう」「自分の子どもだけ他の子と違と可哀想だから」と今までと変わらない親が多いのが現状です。一方で、全国ネットワークも結成され、子どもを守る取り組みも進められています。

2012年1月、「甲状腺検査を受けた福島県の子どもの30%に小さいしこりや嚢胞が見られるたが、原発の影響と見られる異常はなかった」と報道されました。山下俊一氏は「追加検査は必要がない」と、日本甲状腺学会の会員に文書を出しました。本当にそうなのでしょうか。

保養・疎開・避難の取り組みは、主に市民どうしの繋がりで行われています。福島市大波地区での特定避難勧奨地点での説明会で、冒頭、福島市は「避難は経済を縮小させますから、除染で行きます」と言いました。つまり、避難はさせませんと言ったのです。

私たちは「除染をするということは地域が汚れているということです、どうして子どもたちを汚れた地域に置いたまま除染をするのですか?」と問うています。しかし行政は、除染するのだから避難の必要はない、という姿勢です。高線量地域にある学校が運動会は校庭でやりました。お母さんたちは心配だから、中止するか体育館にして欲しいと申し入れをしたと、校長先生は「当日は個人的にお休みください」と言ったそうです。

また、中学、高校生は親が言うことより、友達や部活動の方が大切な年代です?避難を絶対にしない、と親に言っている女の子たちでも、友達どうしでは、「私、将来結婚して子どもが生めるのだろうか?」と話していると聞きました。どうしてこんな辛い思いを子どもたちにさせなくてはいけないのでしょうか。2012年2月現在、福島県外に避難している人は約6万2千人程度と言われています。

年度が変わる3月末で、被害者はさらに増えました。昨年6月、郡山市で市民が避難の権利を求め、同市を相手取って、裁判所への仮処分申請を行ないました。「福島集団疎開裁判」と呼ばれるものです。松井英介先生にも意見書を書いていただきましたが、半年後、申立は却下されてん現在、上告しています。

避難区域以外の人々は、自主避難者と呼ばれお父さんは仕事のため福島に残り、母子のみで避難するケース、家族揃って避難するケース、家族内で意見対立があり、家から飛び出す形や、離婚して避難するケースなど、事情により様々です。

皆さん、生活がとても苦しい状態にあります。避難した方は「私は汚染された土地に多くの人を残して逃げてきてしまった」、故郷を蹂躙されている人は「打ちのめされ、絶望し、自分が健康に生きる権利すら、諦めさせられている」と話します。

私たちはたとえ短期間でも、子どもたちの体と心を癒すための、保養や避難の相談会を行なうなど、子どもたちやすべての命を守るために、諦めずにあらゆる努力をします。どうぞ、世界中の皆様、ご支援をお願いいたします。

有難うございました。