«資料» フアン・カルロス・レンチホ、核燃料サイクル&廃棄物技術部長に就任


IAEAのニュースソースより

2012年6月12日

IAEA核燃料部門の核燃料サイクル&廃棄物技術部(NEFW)の部長職を、2012年6月12日、フアン・カルロス・レンチホが引き受けることになった。今年初めに母国フィンランドに帰任したテロ・ヴァージョランタの後任である。

レンチホ氏は核エネルギーと放射線防護の領域で30年の経験を積んでいる。スペインの核規制機関である、核保安委員会(CSN)にあって、レンチホ氏は技術監督を務めていた。

この役職にあった間、レンチホ氏は、燃料サイクル施設、核施設の閉鎖、低レベルおよび中間レベル放射性廃棄物、労働者防護、公衆と環境の防護、そして医療、工業、教育と研究での放射線利用、また緊急事態の処理と生体防護などの責任者であった。

「核 燃料サイクル&廃棄物技術部の部長としてIAEA入りさせていただきましたことは、多大なる喜びでございます。IAEAは核エネルギーと電離放射 の応用の分野で、世界をリードする組織です。核と放射線の部門でもっとも質の高い集団であると評価されているIAEAの一員となったことは私の誇りとする ところです。」とレンチホ氏は語った。

「私は核の安全と保安、そして放射線防護の規制を、私の職業的キャリアの中心に置いてきました。私個人の考えでは、核エネルギーと電離放射線は、安全と保安、そして放射線防護が最優先されるような仕組みの中でのみ、平和利用が可能です。

意欲的で挑戦的なプログラムをもったこの部の目指すものに、そしてより広く核エネルギー部門の目的、、またIAEAの目的に貢献でき、技術の発展と安全性の強化との間の協調性の強化に貢献できるのは、楽しみなことです。

NEFWが挑もうとしている最重要課題の一つは、福島の事故によって、損傷した施設からの燃料の取り出しと閉鎖に至る計画と、環境の回復プログラムにおいて、日本を支援するということです」とレンチホ氏は明言した。

「私はやる気満々ですよ。そして私はNEFWのスタッフたちの証明済みの技能と、専門知識とに信頼を置いています」

レンチホ氏はIAEAの会議や報告会、専門家派遣などに長年関わりをもってきたので、IAEAについても、その仕事振りについても、よく知っているのだ。

2011年には、彼はIAEAから日本に派遣された、福島第一原子力発電所周辺の広く汚染された地域の回復を目指した国際専門家チームの責任者であった。

彼はまた2011年5月にIAEAから日本に派遣された実態調査チームの一員でもあったし、ロシアに派遣された統合規制見直しサーヴィス(IRRS)でも活躍した。引き続くスペインでの任務では、スペインの規制官庁であるCSNとの連携担当官の一人として役目を果した。

フ アン・カルロス・レンチホの職歴は1982年に始まり、CNS入りは1984年である。沸騰水型原子炉(BWR)のある原子力発電所でプロジェクトマネー ジャーとして働き、1986年から1996年にはコンフレンテス原子力発電所でCNSの常駐査察官であった。1996年から2002年までレンチホ氏は緊 急事態と生体防護の副監督を経て環境放射線防護の副監督を務めている。2002年にレンチホ氏はCNSの放射線防護技術監督となった。

レン チホ氏はスペインのマドリード技術大学から工業技術者の称号を得ており、CSNのシニアエンジニアのためのMBAプログラムを修了している。彼は国内およ び海外の教育機関、例えばマサチューセッツ工科大学(MIT)、ベルギー核研究中枢SCK-CEN、スペインのCIEMATやTECNATOMなどで、核 エネルギー、核の安全保安、放射線防護の専門訓練を受けた。

「私はフアン・レンチホを歓迎します。彼が新しい任務にあって成功なさるようにと、願っております」とIAEA核エネルギー部門副総監督のアレクサンダ・ビチュコフは述べている。「これまで代理としてNEFW部門を運営してきたゲイリー・ダイク氏に感謝いたします。」

福島原発告訴団1324人、福島地検へ告訴


武藤類子

2012年6月11日、福島市市民会館にて

福島地検への告訴状提出を前に

皆さん、お早うございます。今日はお忙しい中を本当にこんなにたくさんお集まりくださいまして、有難うございます。昨日まで、シトシト雨が降っていて、今日はここから福島の地検まで歩いていく予定なんですけど、雨が降ったら嫌だなあと思ってたんですけども、スカッと晴れまして、爽やかな風が吹いているとてもいい日になりました。私たちを応援するかのような天気がとても嬉しいというように思います。

今回の福島原発告訴なんですけれども、3月16日から始めまして、締め切りをしました、6月3日までの間に1324人の方が署名をしてくださいました。本当にこれほどたくさんの方が参加してくださるとは最初のうちはとても思えませんでした。でも、1324人、そして、今回声を挙げられなかった、その後ろにいるたくさんの方々とともに、今日は地検に皆さんと歩きたいと思います。

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提出後の記者会見

皆さん、告訴団長の武藤類子と申します。よろしくお願いいたします。今日、私たちは1324人の福島県民で福島地方検察局のほうに、告訴をして参りました。3月の16日にこの告訴団を結成しましてから、約3ヵ月ですけれども、どれぐらいの人たちがこの告訴に参加してくださるのか、とても心配でした。でも、県内で8回くらいですか、説明会を開き、県外にも説明会に参りまして、そこで集まってくださった方々のお話を聞きますと、本当に一人ひとりがどれほど困難な生活をこの一年、強いられてきたか、うちを奪われて、そして自分たちの生活を根刮ぎ変えさせられて、人権を踏み躙られた、そういう思い、辛い思い、悔しい思い、悲しい思いがヒシヒシと伝わってきて、この告訴を何とか成功させなければいけないというふうに、思いました。

最終的にですね、1324人になったんですけれども、連日、手紙の束が私のところに届きまして、その一つ一つに、ここに陳述書があるんですけれども、この一枚一枚を読んでますと、本当に、どれも皆さんの心の中の、心の叫びというものが、書かれておりまして、それがどんどん胸に迫ってくる思いでした。この思いを、無駄にしてはいけないというふうに思います。

そして、必ず、この責任をキチンと取らなければ、福島の本当の意味の復興などはあり得ないというふうに思っています。で、またこの告訴というのは、色々な意味があるっていうふうに思うんですね。一つには、この責任をキチンと問うということが、これからの社会を作る、若い人や子どもに対して、責任を果すということでもありますし、それから、私たち福島県民が色んな考え方の違いから、たくさんの対立関係を、作らせられているという状況があると思うんですけれども、その県民がまた一つに繋るという、そういう一つのきっかけになれば、いいのではないかと思っています。

そしてまた、私たちは連日、この事故によって傷つき、疲弊しておりますけれども、この「黙っていない」という、そういう一つの行動を取ることによって、また私たちが力を取り戻すという、そういう意味もあると思います。

今日、告訴状を出しまして、受理はこれからです。そのために、受理してもらい、そして捜査をしてもらい、キチンと起訴をしてもらうまで、私たち、しっかりと検察を凝視め続けていかなければならないと思いますし、私たちにできるアクションがこれからたくさんあるのではないかと思っています。

この日を境に、これからまた、一歩踏み出し、頑張っていきたい、というふうに思っております。よろしくお願いいたします。

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