それでも私たちは繋がり続ける


武藤類子

2912年7月16日 さよなら原発10万人集会(代々木公園)での挨拶

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暑い日射しの中を、さよなら原発10万人集会に繋る皆さん、本当によく来てくださいました。主催者でもない私がこんなことを言うのはちょっとヘンですけれど、でも、本当によく来てくださった、そう思うのです。3.11からの日々、福島の人々ももちろんそうですが、福島原発事故に心を傷め、原発のある社会を憂えた日本の人々が、日本中の人々が、優しく支えあい、「自分にできる何かを!」と立ち上がり、数々の行動を起してきました。今日皆さんにお話ししたいのは、悲しみと困難の中で、それぞれが「本当によくやってきたね」っていうことです。

明かにされていく事実の中で、さらにがっかりすることや、驚き呆れることもたくさんありました。数々の分断は私たちをバラバラにしようとしました。暗闇の中で、翻弄され、傷つき、混乱しながら、それでも繋がり続け、一人ひとりが最善を尽してきたと思います。

それがこの夏の公園に拡がる色とりどりの花模様です。官邸前の熱い金曜日です。日本中で展開される、福島の子供たちの保養プロジェクトや健康相談会です。日本のあちこちに市民の力で建てられた、放射能測定所です。様々な人々が立ち寄っていく経産省前テントです。一早くマンパワーを送り込んでくださった、障害を持つ人々を支えるネットワークです。被曝の中で行われた数々の除染実験です。見知らぬ土地で、勇気をふり絞った新しい生活です。福島の女たちの大飯原発弾劾ツアーです。1300人以上の市民による集団告訴です。電力会社を訴える数々の裁判です。政治に訴えるあらゆる取組みです。情報開示や自治体への弛まぬ働きかけです。インターネットで、瞬く間に拡がっていく小さな報道です。映画であり、音楽であり、書物です。各地に拡がるユーモラスな福島の古い盆踊りです。今、私たちの上を飛ぶヘリコプターです。

seki_yoyogiそして今日、福島県の二本松市というところからテクテクと歩いてやってきた人がいます。「灰の行進」の関さんです。この会場におられます。彼は6月のある日、たった一人で東京に向かって歩き始めました。かつて3.11の原発事故が起きる前に二人の若者が東京から福島までを歩き通す廃炉ウォークを試みようとしたことがありました。それは消費地東京から原発現地の福島へ電気を送る道を逆に辿り、原発なき新しい世界のビジョンを考える行進のはずでした。しかし今、電気の道を辿りながら、放射能に汚染された岩と土を背中に背負って、関さんは一歩一歩歩いてきました。明日、東電と経産省に、「あなた方が出したものを返しに来たよ」っと渡しに行くのだそうです。暑い日も雨の日もテクテク歩くうちに、一人二人と同道者が増え、今日はどれぐらいの人々と共に、この公園に歩いてこられたことでしょうか。

私たちは今日ここで「本当によくやってきたね」と、自分を褒め、今、隣りにいる人を褒めましょう。そして深く息を吐き、体を労りましょう。私たちの行動を支えてきた大切な体です。明日を賢く生きるために密かに微笑みと力を蓄えましょう。しかしそれでも、福島の現状はあまりにも厳しいのです。4号機、甲状腺検査、再稼動、瓦礫問題、安全保障。廃墟と復興の狭間でひっそりと断たれていく命たち。

アメリカのジョアンナ・メーシーという人がかつて言いました。「絶望こそが希望である」と。福島原発事故という最悪の事態の中から、私たちは微かな光を手繰り寄せ、今、このように青空の下に集まっています。声なき声と共にあり、分断の罠にゆめゆめ落ち込むことなく、賢く繋がりあっていきましょう。共に歩んでいきましょう。

有難うございました。