経産省前テントひろば1周年に寄せて


武藤類子

経産省前テントひろば1周年集会(2012年9月11日)での挨拶

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皆さん、今日は。

経産省前テントひろばの皆さん、そして十月十日の椎名さんをはじめ、それを支えてきた皆さん、そしてそこに繋ったたくさんの皆さん、本当に本当に365日、そして十月十日、お疲れ樣でした。本当に有難うございました。何か、感激してしまいまして….

暑い日も寒い日も、ここに身を置き続けるというのは本当に大変なことだったんじゃないかな、と思います。武器も持たない、お金も持たない、権力も持たない普通の市民たちが自分の身一つをそこに置くことで抵抗するという、そういう新しい形の一つの運動というか、抵抗がここにはあったのではないかというふうに思います。

そして一人一人がそこに繋って、聳え立つ経産省のこのふもとで、幾重にも幾重にも拡がった、一人一人が、どんどん繋っていく、拡がっていく、というのは本当に新しい形だったのではないかというふうに思います。この意味は本当に深いです。

このテント広場の存在というのは本当に大きいものだったというふうに思います。私たちもどれだけ助けられたか分りません。そして今日は福島原発告訴団としてお話しをさせていただくことになりました。原発事故から1年半経ちましたけれども、今、福島では、まだまだ困難な状況が続いています。1年経った頃から、厳然とそこに放射能がありながら、「復興」という言葉が叫ばれはじめました。そしてその「復興」の名のもとに、もうこの事故はなかったものだ、終ったものだというふうにドンドン風化させられているという状況があります。

しかしその中で、低線量被曝地帯の中で、人々が、そして子どもたちが今でも暮さざるをえない状況なんですね。そこで私たちは考えました。どうしたら、この事故の責任というものを明かにできるんだろうか。そして去年の7月に作家の広瀬隆さんや明石昇二郎さんが行なった「告発」ということを知りました。そして私たちは今年の3月の16日に福島原発告訴団というものを結成しました。3ヵ月かかって、福島県民、福島に停まる者も避難をして県外にいる者も合わせて、1324人の告訴人を集めて、6月11日に福島地検に告訴いたしました。

で、8月1日に正式受理されましたけれども、これから検察の捜査というものが入っていくと思うんですね。でもこの捜査が本当にキチンとしたものとしてされるかどうか、そして起訴に持っていけるかどうか、それはこれからですね、日本中の人々がこのことをしっかり見ている、しっかり追及しようとしている、というその世論が高まっていくことがとても重要だと思っています。

ここで私たちは全国10カ所に福島原発告訴団の事務局を作りました。北海道から九州まで、10カ所に作りました。そして日本中の人に呼び掛けて、1万人以上の告訴団を結成しまして、11月に全国・第2次告訴をしたいというふうに思っています。

今日も先程の元気のいい歌を歌ってくださった方が、私も告訴団に入りました、と言ってくれました。あんなに若い人が当然の国民の権利としておかしなことはおかしいんだと訴えるということをしてくれたんですね。

私たちは、私たちの世代は、こんなに物凄い核のゴミをこの世の中に残してしまいました。便利さと引き換えに、とんでもないものを残しているんですね。それを若い人たち、子どもたちに押し付けていくしかないんです。この責任を私たちはここで取らなければなりません。

せめて、この原発事故の原因を追及し、誰に責任があるのか、どこに責任があるのかを追及し、キチンとした裁判をしてそして間違った道を直すという、そういう…その、道を直すという、せめて、それを私たちが今、やらなくては、誰がやるのでしょうか。

大人の責任として、どうか皆さん、告訴団に入団してください。よろしくお願いいたします。そしてこの告訴とともに、この経産省前ひろばが本当にどんどんどんどん新しい拡がりを見せていくことを願ってやみません。

本当にテントに繋がる皆様、お疲れ樣でした。有難うございました。