IAEA抗議行動に参加して


青山はるえ

経産省前テントひろば「あおぞらTV」2012年12月21日放送

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松元ちえ
今日はたんぽぽ舎の青山さんにお越しいただいています。今日は。寒いところどうもありがとうございます。先週の確か14・15・16日に郡山であったIAEAの閣僚会議があったんですけれども、そこでですね、この間もここから放送した時にお話ししたんですけれども、反原発、ここの経産省前のテント、それからたんぽぽ舎の皆さんもそうですけども、東京の方からとか、郡山の、福島の方とかですね、いっぱい集まって抗議行動をされたというふうにお聞きしているんですが、どんなふうな行動があったのか、というのをちょっとご説明いただけますか?

青山はるえ
たんぽぽ舎ボランティアの青山はるえです。よろしくお願いします。テントから1便と2便の2台のバスが出まして、今回はボランティアとしてちょっとお手伝いをさせていただきました。

で、まず私は最初に申し上げたいことがあるんですけども、福島の女性たちです。この3日間の抗議行動のために、本当に、忙しいなか、力を合わせて非常に素晴しい活動をされてました。私は皆さんに福島の女たちに、まずは犒いと感謝の言葉を捧げたいと思っています。有難うございます。

けっこう、集まったんですか?

第1便のバスが30名ほど。第2便のバスで16名が参加いたしました。

凄いですね。

向うでしたことは沢山ありまして、まず、この福島の女たちが用意してくださったプログラムですね、14日の金曜日が福島県庁前抗議行動。ここでは抗議の声を挙げて、抗議要請書を手渡して、そしてデモをしました。付近の空気はたいへん重いものでした、お互いに。

駅前まで行ってやっと普通の方も聞いてくださったり、高校生が立ち止まってくれたりとか…やっぱり聞いてくれる方がいました。それもとてもいい行動だったな、と思います。ビルの上の方から窓を開けて見ていてくれたりとか、そういう方もちらほらいたんですけれども、全体としてはちょっと思い感じの空気を私は感じました。

なるほど。その県庁での抗議っていうのは、どういうことを訴えられてたんですか、皆さん?

まず、福島県がやっていることの不当性ですね。それからIAEAを招致するというようなことについてです。あとはですね、そこの抗議行動の隣のところに紅葉山公園っていうのがあるんですけども、そこでスピーチをしたり、かんしょ踊りをしたり、色々なことをやりました。

そのあとですね、広瀬さんの講演が郡山でありました。広瀬隆さんの熱い熱いメッセージの講演を聴きました。会場はもう、満席でした。

そうですよね。東京でもそうですけどね、福島でやったらまさに、多分。皆さん、いい機会だったと思って聴きにいらしたんですよね。福島で参加された方たちの声っていうのはどんな声でした? 抗議行動をする、あるいはIAEAの会議が郡山で行なわれるってことに対しては? 現地の方たちはどんあふうに思って…

あの、現地の方の声を直接聴くことはあまりできなかったんです。バスの中で一緒に行った、岐阜から来た方、福岡から来た方、そういう全国から来た方の声は一緒にいたものですから、とても…やっぱり現地に来て良かった…

そうですよね。これは…今、写真見えてますが

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これは佐々木慶子さんがですね、ビッグパレットでですね、要請書を手渡す時の映像だと思います。それで、ビッグパレットっていうのはこんなふうになっているんですけれども、ここのところの、ここが通りに面しているところでコンビニとかがあるんですね。この隅で私たちの抗議行動をした…

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ああ、ビッグパレットの真ん前ではなくってということなんですね。

そうなんです。この青いところは登録車両が通れますが、ここのところはすべて

警備がね

警備6000人いましたので

6000人? 凄いですね。

集まっているのが200名でした。6000人に対して200名。大部分が福島県外から来た方が半分ぐらいだったのではないかと、私は思います。

福島の現地の方々の参加が少なかったっていうのは、それはどうしてなんですか? 告知が遅かったとか?

告知は遅かったか、あるいは、もう、ビラもたくさん撒いていると思うんですが、それはこれから解決していかなくちゃならない問題じゃないかと思います。ただ、心の中では…

ただ、通りの声をですね、私たちコンビニの角のところでずっと挙げていますので、クルマもちょっと停まって窓を開けて聴いていたりとか…されていました。関心はあると思います。

あとはですね、どういう要請書をIAEAに手渡したのか、ということをちょっと一言お話ししてよろしいでしょうか。まあ、2枚組なんですけど、一言で言えばですね、ここですね、「福島原発事故を過少評価せず、被災者の声に真に応えることを求める」そういう要請書を手渡しました。

IAEA側から出てきたのは、イギリス人の広報の女性が一人でした。で、佐々木慶子さんは名刺をお渡しされたんですけれども、相手の方は名刺も持ってこられなかったというくらいなので、それを強く抗議しまして、後から持って来られました。

その要請書を手渡したことが果して、声が届いているんだろうか、というのが私たちの一番の心配事ですけれども、今日、あの、外務省の方に行かれた方がその点を問い糺したところ、何の反応もなかったということなので…ただ、広報の方がこれを、要請書を受け取っているのですから、必ず声は届いているはずなんですが、それの反応をこれからも監視していかなくてはならないのではないか、と私は思います。

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あと、抗議の時にですね、いっぱい外国人の方がいらしてたので、私たちの方でも沢山、外国語を用意しました。これはアラビア語ですね。「私たちはあなた方に抗議をする!」という文面です。その他ですね、8カ国から10ヶ国語くらい用意していったのですが、これがフランス語ですね。「福島の女たちはIAEAに抗議する」それからこれは、「あなたたちは歓迎されていない!」という言葉で、これは緑の党の外国人の方が皆、いらしたんですけれど、「とても良い」と言って、皆さん、写真を撮ってくださいました。

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それから同じようなことで、ハングルもあります。140ヶ国ぐらいかいらしてるんで…あと、スペイン語とか、その他も沢山、用意いたしました。

各国の閣僚に対して、アピールできた、ということですね。

はい。ここいらへんで、第1陣のテントのバスは帰りました。で、その後は、第2陣が残っておりまして、夜のビッグアイでの交流会などに出ました。そこにもフランス人の方たち、外国人の脱原発会議のの方たちが寄ってくれました。で、熱い交流ができました。

その交流会は抗議行動に参加した脱原発派の市民運動の皆さんとか…

そうです、そうです。

そうなんですか。で、そこに、各国から集ってこられた活動家の方たちとか、

はい、来てくださったんですね。

そうですか。良かったですね。そこでの意見交換というのは、例えば世界的に連体してどういう活動をするとかっていう、そういう話はされましたか?

はい、そうです。とにかく相手は利権を追う巨大な企業であり、また国の政府であり、そこに立ち向かうためには、各国の私たち名もない市民たちが手を繋げて、繋ってるんだという姿を見せていくことが大事でしょう、頑張りましょう、という話をしました。

いいですね。これから具体的にそういう行動を起せていけるといいですけどね。

園地に行って分ることというのはとても多かったので、これからも繋っていきたいと思います。

どうも有難うございました。

IAEAを正しく知るための資料集:だんじゃ、おめえ


本書は、フクシマ・アクション・プロジェクト結成集会(2012年11月24日)のために作成した資料集をブックレット化したものです。

内容:
アレックス・ローゼン「WHOの福島大災害レポートの分析」(グローガー理恵訳)
IAEAの拘束力を持った強い影響のもとに、放射線の影響から人々を守るというWHO(世界保健機構)に本来、期待されている役割がいかに疎かにされているかを、福島レポートを通じて描き出し、警鐘を鳴らす、ドイツの医師による論文。

イブ・ルノワール「国際規準のからくり:チェルノブイリの経験から」(藤本智子&竹内雅文訳)
推進派はチェルノブイリから多くのことを学び、福島では健康被害に関する言説を破壊する方向で、突出した動きをしている。チェルノブイリ直後から長年、救援に携わってきた著者による、IAEAのダミーでしかないWHOへの告発状。

牟田おりえ「エートス・プロジェクトについて」
人の健康被害を経済利益と天秤せよと教える、ジャック・ロシャール、ティエリ・シュネデールの牽引する、ベラルーシ「再生」プロジェクトと、その日本版たる「福島エートス」への批判的分析を、フェルネクス博士の証言を中心に概観

「平和のための原子力の幻〜IAEAの歴史から」
IAEAの歴史を概観する中から、問題点のエッセンスを提出する、編集部によるイントロダクション。

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88p 300円
本書は、書店では販売していません。
フクシマアクションプロジェクト事務局までお問い合わせください

fukushimaactionproject@gmail.com(事務局)
080-5563-4516(佐々木)

今、福島で何が起っているのか


武藤類子

2012年12月16日、市民会議「海外からみた福島原発震災・福島から考える未来」(フクシマアクションプロジュエクト主催・於:郡山女子大)での発言

皆さん今日は。私は三春町というところに住んでいる武藤類子と申します。私の家は原発から約45キロのところにあります。で、昨年3月11日に原発事故が起 きて、福島がいったいどんな状況になっているのかということをお話ししたいと思います。ここに福島の方がたくさん会場に来ておられますけれども、皆さん一人ひとり、本当に一人ひとりに困難があった、という状況なんですね。で、そのことについて語り切れませんけれども、代表的なことをお話ししたいというふう に思います。

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これが福島原発の3号機と4号機の写真ですね。4号機がたまたま点検中でしたので燃料棒が取れて、原子炉から使用済み核燃料プールに入っていました。今、 1600本の核燃料が入っています。で、つい昨日も地震がありましたけれども、ちょっと前にも大きな地震がありましたね。この地震で、この燃料棒の入った プールがいつ崩れるだろうか、そしてこの燃料がさらに爆発しないだろうか、という不安を思っています。

それから3号機はついこの間、瓦礫の撤去作業中に鉄骨が燃料プールに滑り落ちたという事故がありました。近寄れないので、鉄骨が外に転がっています。それで、クレーンの操作を間違えて、鉄骨が入ってしまったんですね。プールの中を覗いたらさらに2本の鉄骨が入っていたということが分りました。

それから2号機の建物は壊れていな いんですけれども状況はいちばん深刻でいちばん線量の高いところが原子炉格納容器の上の部分だと言われえちます。それは73シーベルトあるそうです。73 シーベルトというのは、人が1分間そこにいたら100%死亡するという数値だそうです。生身の人間がここに入ることができるようになるためには、300年 かかる、というふうに言われています。

そこで今、1日3000人の労働者たちがいらいています。彼らは年間50mSvが線量の許容数値でし たけれども、いきなり250mSvに引上げられたんですね。夥しい被曝の中で作業をしているという状況です。そこで働いている人たちは約60%が福島県民だと言われているんですね。その人たちは仕事を失くした人や田畑で田圃を作ることができなくなって、そういう人たちが原発労働者として多く働いています。

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これは福島県内に2700個所あるモニタリングポストです。これは3ヵ月くらい前の郡山駅前、東口というところですね。0,998、約1マイクロですね。 で、こういうホットスポットが今も町の中にたくさん存在しています。もっと高いところもあります。このモニタリングポストに関して、疑惑が持たれたんです ね、これは本当に正しい数値なんだろうかということが言われていました。どうも、測っている測定値の線量と違うようだと、気付いた人たちがたくさんおられたんですね。

それでXXの人たちが測って、それからグリーンピースジャパンというところも測りました。そしたらどうも数値が低く出ているものが多い、すべてのではないんですけれども、多いということが分りました。で、どうしてなのかということで、発表されたのは、これはソーラーパネルを使った自家発電の装置なんですね。それで発電された電気がバッテリーに蓄められます。で、バッテリーというものの中には鉛が入っています。鉛で遮蔽されて、線量が低く測られているのではないかということも言われています。あとは、このモニタリングポストを設置する前に測るところだけを除染しているのではないかということも言わています。

次に、これを測定した半月後に私が同じ場所に行ったら、0,5μSvに変わっていたんですね。それで、どうしてかなっと思ったら、そこを除染したと言うことを聞きました。この広場だけを除染したということです。このように、自分たちが住む場所の空間線量という最低限の情報すら私たちは得ることができない、というふうに認識しています。

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これが早川先生という方が出しておられる早川マップというマップですけれども、非常にこの、放射線の拡散っていうのは日本中に拡がっているのですね。こうい う中でですね、福島市や郡山市っているとろは非常にたくさんの人がいるんでしけれどもとても高い線量が今だに測られています。それから、避難が義務の地域、チェルノブイリで言えば避難の義務の地域、あるいは避難の権利がある地域、というところに今だにたくさんの人たちが暮しています。子供たちもそこに家族といる、ということになっています。で、この原発事故があってすぐに、日本の国はデータを隠すことや安全キャンペーンを張って、「この事故は大したこと ないんだよ」っていうことを言い、そして数値ですね、規準値を上げるということをしました。
それによって福島県民は、もしかしたらしなくても良かったかもしれない被曝をたくさん強いられたっていうことがあるんだと思います。

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これは川内村という村です。原発から20キロくらいのところです。この村は原発事故があってすぐに全村避難ということになって、全員で避難したんですね。ところが一早く、全村帰村、帰村宣言をしたんですね。3000人くらいの小さな村なんですけれども、すべての家を建て直して戻る、ということを決めました。 これは8月に私が写した川内村です。ここで除染の作業というものが行なわれたわけなんですね。これはどういう除染かと言いますと、家のまわりを20mも木 を切って、それから敷地の中の木を全部、抜いて、5センチも土を剥ぎます。そして新しい土を入れて整地をするという、それで終りなんですね。それで1軒めを除染して次々とやっていくと、10軒くらいまでいくと、最初にやった家がまた元の線量に上がっているということを言っていました。たまたま私の友達がこの除染作業に出ているんですけれども、そういうことを言っていました。

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これは先程の家の道路を隔てた向い側です。先程の家から出た除染ののゴミですね。土や切った木の枝などがここに入っています。これは1m20cmくらいの大 きな袋なんですけれども、ここに線量計を近付けたら4μSvありました。こういうものが今、福島県中にたくさん置いてあります。これを山の中の村では、こうして仮置き場にするところもあるんですけれども、町の中ではちょっと大変です。置くところがありません。だから家の、家から除染されたゴミは、自分のうちの庭で穴を掘って、そしてそこに埋めて土を被せる、またはブルーシートを被せただけっていうところも中にはあります。

で、今、1年と9ヵ月経ったわけなんですけれども、今だに放射線というのは原発から毎日、1000万ベクレルですね、放出されていると言われています。この間、こういうこと がありました。農業試験場というところで、大根を測ったんですね。まったく放射能の出ない大根を測ったんですけれども、それを切干し大根にしたんですね。 切って外に干しました。そしたら、3000ベクレルになったということを発表しました。だから放射性物質はまだまだ私たちのまわりにたくさんあるっていうことですね。数字にもなっているということですね。

そして、約1年経った頃から、福島では「復興」ということが言われ始めたんですね。先程、佐々木慶子さんがおっしゃっていましたけれども、子供たちを復興のシンボルにしています。例えば、子供の参加するマラソン大会とか、スケッチ大会が外で行なわれるようになり、それから学校の外に出る制限時間が解除されました。それから外でのプールも行なわれるようになりました。それから家庭の子供たちがいわき市というところの瓦礫の片付けのボランティアに行ったということもニュースで聴きました。

それからですね、どんどん、最初に行われ た安全キャンペーンと同じようなものではなくて、もっと違った形の放射線の安全キャンペーン始められるっていうように思います。例えば、子供たちがよく行くような施設で、「正しく怖がる放射線」っていうことをやり、それから伊達市というところでICRPの第4委員会の委員長であるジャック・ロシャールという人が来まして、市民との対話集会、ダイアローグというのがありました。そうしたことがあります。

それから賠償がどんどん遅れ、それから借 り上げ住宅の新規打ち切りという案も出ているんですね。これはどういうことかと言うと、福島県民をどんどん元に戻して、ここに住まわせるという、そういうことに取り組もうという、福島県も自治体も進めているということです。他で暮す、避難をするとか、そういうことに関しては選択肢になれないような、そんな状態になっています。

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これは一昨日、行なわれたIAEAの人々の福島原発の視察ですね。真ん中に天野さんがいます。私は三春町というところに住んでいますけれども、私の住んでい る町に今度、福島県が作る、環境創造センターというものができます。ここにIAEAが常駐することになっています。約60億円を使ってこの環境創造センターを作るそうなんですけれども、ここに関係している人々はどんな構成メンバーでできているかと言いますと、JAEA(日本原子力研究開発機構)、それから国立環境研究所・資源環境廃棄物研究センター、日本原子力学会、それから放射線防護研究センターですね。そして日本大学と福島大学も入るということになっていますね。

その中で出てくるのは、環境放射能等のモニタリング、廃棄物処理の研究、それから情報収集、発信、それから研究交流機能っていうのがあるんですけれど、ここでは放射線の影響に関するリスク・コミュニケーション、そういうことが研究されるというふうに言われています。これに関しては、どういった形でどんなふうに行なわれていくのかっていうことに、とても不安に感じます。

先程の方もおっしゃっておられましたけれども、こうしたことが私たちにはまったく何も知らされないで決まってしまったんですね。すべてが私たち抜きで決められていくという感じがしています。で、三 春町にこの創造センターができるっていうので、福島県が三春町に説明に来るっていうことになったんですけれども、それに出席できるのは議員と区長だけで、 一般住民は入れないということなんですね。そういう中で進められていくのだ、というふうに思います。

«資料» IAEAと福島県、協働覚書に署名


IAEAプレスリリース

2012年12月15日 日本、福島県郡山

IAEAの天野之弥事務局長と福島県の佐藤雄平知事は今日、「協働覚書」に署名し、東京電力福島第一発電所の事故の帰結を柔らげる助けになる具体的なプロジェクトを実施する意志を確認した。

3日間にわたる「核の安全に関する福島閣僚会議」期間中に合わせて署名された覚書は、二つの鍵となる領域での、協働作業を進める仕掛けを含んでいる。1つはIAEAと福島県との間の放射線モニタリングと除染に関する部分で、もう一つはIAEAと福島医大との間の、人々の健康に関する部分である。

覚書のもう一つの焦点は、緊急事態の準備と対応とを強化する助けとなる訓練センターを、福島県と日本政府との援助を得て福島県内につくる計画である。IAEA対応援助網(RANET)の能力養成センターが、必要な場合に展開できるIAEAの放射線モニタリング装備を備え、日本を始めアジア地域での緊急時準備対応の訓練をする目的で、創設される。

「このような枠組みがあれば、国際社会、およびIAEAの叡智が、福島の復興の過程で活かされることになります」と署名式に立ち合った玄葉光一郎外務大臣は述べた。

「私は覚書の結論にたいへん勇気づけられましたし、これが福島の復興を進めていく上で役に立つと確信します。」と佐藤知事は述べた。「そしてまた私たちは私たちがこれから進めようとしている活動から得られる知識と経験とを世界中に広めていくこともできるのです。それが福島のシンボルとなることを期待しています」

「IAEAは除染対象地域を検証しました。環境モニタリングや人々の健康もです」と天野事務局長は述べた。「私たちが福島の支えとなり、同時に、この県を世界へと繋げていく橋渡し役にもなるのが、私たちの希望です」

土曜日に始まった福島閣僚会議は、IAEAの協賛を受けて日本政府が主催している。

福島県の汚染の状況と子供たち


吉野裕之

2012年12月15日、脱原発をめざす首長会議勉強会(郡山市労働福祉会館)より

私は福島市に住んでおります吉野と申します。家族は3月20日に避難しました妻と娘です。今、離れ離れになっています。という意味で、私の家族は自主的に避難した者であり私は福島市に在住している者であり、今、子ども福島ネットという団体で保養プログラムの世話人をしていますが、被災者でもあり支援者でもあるというやや複雑な立場にいます。

私のお話ししたいことは、この福島の保護者の状況、子どもたちの状況が、どのようなものであるかということです。見ていただきますと、私たちの団体で最新型のシンチレーション式の測定器で測りました。ちょっと細かいんですが、ここの公園は確かに除染はされていると思いますが、通学路、生活圏はまだまだ線量が高い状態です。これが地上1mで測ったものです。

通学路を見ていくと、0,9、0,78、色んな数字が残ってますが、子どもたちは線量が低いところだけ歩くわけにはいきません。ようやく、仮置き場は福島市内に2カ所決まりまして、これから通学路が除染されるっていうことですが、これからの話です。今現在、汚れている状況になっていることに変りはないです。

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そして、これは福島競馬場の裏なんですが、阿武隈川を挟んだ向う側にはゴミの焼却場があり、サイクリングロードが非常に汚れている状況です。このサイクリングロードを使ってマラソンをするという学校がやはりあります。これは自分たちの学校のフィールドの一つということで、体育の時間を行われるという状況があります。

モニタリングポストですがこれは渡利の学童保育の近くで0,322という値を示しています。シンチレーション式を持っていくと、だいたい似たような数字ですが、5m離れると0,575、10m離れると0,733、ということはモニタリングポストがここに見えているところで遊んでいる地面は0,733あるということですね。こういった状況が起っています。

福島市の北側にある非常に広い芝生の公園、ここは私、娘を連れてよく遊びに行ったところなんですが、芝生全面、入れ替えています。大変な作業だったと思います。線量が下っています。0,201ですか。5m離れると0,412、10mで0,539、カラー舗装の上に立つと0,727という状況です。

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ここのカラー舗装のところはあずまやに続いていて、ベンチに座ったりお茶を飲んだりするところが0,727。ただ、ここにあるポストを見ると0,201ですから、自分は0,201のところにいると感じるわけです。こういった状況が福島市の現状です。

二本松市では、子どもたちはガラスバッジをぶら下げて生活し、外部被曝の線量を測っています。残念なことながら二本松市の調査で分ったことは、子どもたちの45,3%は去年よりも線量が上ってしまっています。そういうデータが分りました。木村真三さんがアドヴァイザーで、「乳幼児や子どもたちには長期にわたって気を使う必要がある」ってコメントされています。

子どもたちは、年間、5mSv以上、増えているっていう子どもたちがいるんですが、一方、原子力発電所と、例えばレントゲン技師さんとかですね、放射線を扱っている仕事をしている人たちの年間平均どのくらいだったでしょうか。黄色いところは1mSv以下で仕事をしている方々です。98%は男性です。つまり放射線に一番強い体を持っている成人男性が労働者の98%で、ほとんどの人は1mSv以下でずっと仕事をしてきたんです。これが昨年度、どれくらいまで上ってしまったかは分りませんが、21年度のデータっていうのはキチンと報告が検索ですぐに出てきます。

子どもたちが受けている外部被曝の量と、お金を貰って仕事をしている労働者の被曝量と比べてみると、子どもの方が遥かに高いですね。そういった場合に、大人は子どもの5倍も8倍も放射線に強いって言われている中で、保護者の不安が増すのは当たり前なんじゃないかなっていうふうに思います。

なおかつ、これも11月に県が発表したものですが、切干し大根を作る上で、乾燥して最終的に質量が1/20になりますが、3000Bqを超えてしまったというデータがありました。これは結果的に軒下、地面近くの壁際が一番、放射線量が高くなる、と。干す場所によって変わりました、ということを認められたということなんですが、地面の近くを歩いているっていうのは誰か。背の小さい子どもです。この子どもたちが、ずっとここ、そういう環境にいると、切干し大根のように、もしかすると内部被曝を誘発してしまう。子どもの外部被曝は上っています。何故かと言うと屋外活動の制限を撤廃したからです。部活動、運動会、体育。通学の時にマスクをしない。色んなことが子どもたちの健康への不安を現わしている。これは隠し切れない事実となっています。

子どもたちは、体重が減っている子どもたちがいます。特に乳幼児、幼稚園児、保育園児。余りにも外で運動できないためん食欲が増しません。ご飯が食べられません。それで体重が減っている。去年の郡山の小児科の先生が調べてくださったものですが、体重の増加率が1/4になっている。全国平均に比べても半分以下。で、この小児科の先生は何をされたかっていうと、屋内遊び場の整備を提言され、郡山市は屋内遊び場を整備してくれました。これは非常に画期的なことです。で、子どもたちが自由に汗をかきながら、遊ぶことができる。福島市の東運動公園の方では、ちゃんとこういったジュニアの陸上教室をやって、体の動かし方を忘れないよう教えている。私たちは保養プログラムに子どもたちを連れていっていますが、転び方を忘れて、転んだ時に怪我が多きくなる?体育の時間も、体育館でやっているがために学校の時間の中で怪我をする率が増えているのは確かであります。

屋内遊び場の整備ということがされていますが、私たたいがやりたいのは、実は自然の中で遊ばせてあげたいっていうことです。自然の中で五感を養いながら、自分の感覚を使って遊ぶ、この経験が健全な精神に繋がり、発達を促す。ということになると思います。まるで宇宙船の中で育てているような感覚がするというような保護者の声があります。キチンとした通常の健全な心に、「うちの子、本当に育ってくれるかしら」といったような不安があります。

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これは山形県の河北町に遊びに行った時、これは川西町で泊めていただいた時。下は米沢まで保育園の子どもたちをバスで連れていきました。なかな私立の保育園で保護者に全部負担させてしまうのは難しいということで、私たちに集っている寄付金でバスを出しましたが、帰りのバスでもテンションが上がって仕様がなかったですという喜びの声を園長先生からいただきました。

ただ単に河原で遊ぶだけ、枝を拾ったり、草藪に入っていったりするんんですけど、それができない福島の状況です。こういった取り組みによって子どもたちの成長に少しでもプラスになる実感をプレゼントしてあげたいっていうのが私たちの活動です。

また、クラス単位での移動教室をぜひやって欲しいと思っています。なぜかと言いますと、夏休みなどには民間の保養プログラムが北海道から石垣島まで20àプラン以上、私たちの許に寄せていただいています。これを窓口として紹介し、保護者の方に参加していただいているんですが、なかなか数が稼げません。200プランで30人が定員だとすると、6000人分なんですが、蓋を開けてみると、インターネットに接続ができるお母さんたちが、やはり少しでも子どもたちを出したいっていう願いから、何回も応募されるんですね。そうすると夏休みの間に、北海道に1週間いて、帰ってきたら香港に2週間行って、帰ってきて、1日たったら今度は広島に行くという子どもが本当にいます。そうすると、6000人が実質上は半分になって、あるいは1/3だったりするんですね。

ということは夏休み200プランあっても外に出られている子どもたちは2000人ぐらいかもしれない。これは私たちの窓口を通った子どもたちだけですが。機会の均等という意味でも、インターネット環境にある、情報にアクセスしやすいお母さん方の子どもたちだけしか参加できないていうのが問題です。

ですから、通常のクラス単位でいつも遊んでいる学びあっている級友どうしで行く安心感で、移動教室をぜひ行なって欲しい。これが伊達市が新潟県の見附市と提携を組みまして去年やっていますが、教育的効果も非常に高いそうです。子どもたちどうし、自分たちでお皿も洗うし、布団も敷くし、掃除もするし、そうすると普段お母さんにやってもらっている生活ではない生活、皆でルールを作って皆でそれを守りながら一緒に共同生活する中で親離れもできる、実は子離れもできるということなんですね。社会性を育てる上でも非常によい機会になているということです。規則正しい生活、そして安全な食事によって免疫力を上げていく。これはメダル市でも年間24日間あって、26年たつ今でも保養プログラムはされているということですが、今通っている子どもたちは2世です。

つまり何らかの健康的な障害があって、保養プログラムに参加し、まったく汚染のないところで、まったく汚染のない食べ物を食べているという生活をしている子どもは未だにいます。そうさせないためにも、福島でまだまだ内部被曝っていうのはベラルーシに比べて少ないかもしれない、そう願いたいんですが、外部被曝の危険もあって外で遊べていない子どもたちに思う存分、体を動かしてもらう、集団生活の楽しさを知って、社会のルールも学んでもらう。これえが何がいいかというと、受け入れ側の自治体にとっても、非常にいい影響を産んでいるんですね。子どもどうしが交流をする、困った時には助けあうもんなんだなっていうことが分る。

移動教室に行って帰ってきた子どもたちは「ぼくも人に役に立つ人になりたい」っていうふうにはっきり言っている子どももいます。自分たちが困っている時には助けてもらうことができるんだ、そうやって受け入れてもらう安心感の中でぼくたち生きていていいんだということを確認していただけるんでしょう。

また学校の先生たちも、カリキュラム同じものであっても教え方に差がありますから、切磋琢磨し、先生方にとっても非常にいい学びの機会になっているということが伊達市の例から分りました。

これからの展開としましては、明日、選挙ですが、新しく政権を取ってくださる方々と一緒に子ども被災者支援法、原発事故を受けてある一定レベルの汚染があるところからの避難、それから住み続ける、在住、避難先からの帰還、この3つどれを選択するとしても、市民の権利ですと、いうことを国が認めました。

これは国会議員さんの議員提案によってできた法律ですので、まだ中身がはっきり決まっておりません。理念法として通ているだけなんですが、その法制化を目指すために私たちは日弁連さんですとか、東日本大震災全国ネットワークJCNさんと一緒に、ネットワークを組みまして、支援法市民会議として法制化と予算の裏付けを行って欲しいということを11月に復興大臣に直接手渡しをしてきました。避難指定や検診や医療について調査ではなく、健康被害の未然防止の観点から考えて欲しいということ。在住している私たちのような市民にとって大事なこと、避難をしている方々の支援について考えていきたいということです。

年間1mSvというこれまでの法律をキチンと守って欲しいということ。基本方針や個別施策の実施い当事者の声を入れしい欲しいっていうこと、そして早期の予算化。既にもうズレ込んでいます。昨日、実は内閣府にうかがってお話をうかがってきましたが、今のままいくと、5月に予算が決まって執行は6月からだろうということでした。それでは学校のカリキュラムを組む11月、12月、調整を行なう1月のスタートに間に合わないですね。

それでは来年度の移動教室が難しくなってしまうので、そこをどういうふうに動いていくことができるか、これは校長先生、教育委員会、行政の方々の熱い思いで、子どもたちのためにぜひ、これはやりたいということを、国のほうに言っていただければ、私たち民間としても、npoが支援できる部分が結構あります。放課後の支援、終末の支援なんかは保養プログラムをやってくださっている団体と一緒に動くことができますので、官民共同の作戦で子どもたちを守っていきたいというふうに思っています。

アクションプロジェクト武藤類子共同代表より IAEAジル・チューダー報道官へ


(2013年12月15日、郡山ビッグパレット駐車場で、報道官に対面しての発言)

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私からお願いしたいことがあります。覚えておいて 欲しいこと、それは福島県はもう脱原発を決めたということです。それからもう一つ、IAEAはぜひ、チェルノブイリの真実を語ってください。チェルノブイ リの健康被害の真実を語ってください。そして放射線防護の規準を見直してください。決して放射線の過少評価をしないでください。

命よりもだいじなものがあるでしょうか。そして最後のお願いです。今日から3日間行なわれている会議を、原発の安全性をではなくて、原発の危険性について語ってください。そして世界中の原発をなくすという合意の会議に切り替えてください。

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IAEAへの要請書


2012年12月15日
IAEA事務局長 天野之弥様

IAEAに「福島原発事故を過小評価せず、被災者の声に真に応えることを求める」要請書

フクシマ・アクション・プロジェクト
共同代表  小渕真理・武藤類子・関久雄

こ の度、貴機関IAEA(国際原子力機関)が福島県の「環境創造センター」創設の一環として県内2か所に研究拠点を設置することを知りました。私たちはこれ までのIAEAのあり方からIAEAは世界的な原子力及び原発の推進機関であり、原子力の平和利用を強調し、危険性を矮小化してきた機関と捉えています。 そのような強大な機関が福島県にやって来て、いったい何をしようとするのでしょうか。私たち原発被災者のためになるのだろうかなど多くの疑問があり、その 真意に懸念をもっています。それらを払拭するために私たちはフクシマ・アクション・プロジェクトを起こし、福島原発被災者からの要望を提出いたします。 2013年1月中に文書回答をいただきたくお願いいたします。

2011年3月11日、東日本大震災としての福島原発事故によって美しく自然 豊かな私たちのふる里・福島はそれまでの生活と環境が根底から覆されました。マグニチュウド9.0という地震と津波はすさまじいものでしたが、これは誰も 止められない天災です。しかし、それに伴って起きた福島原発事故は原発さえ建設しなかったら起きなかったものであり、あきらかな人災です。
未曾有の原発事故によって放射能被害を受けた私たち福島県民は、生きるために最も大事である安全な空気・水・食べ物を多少なりともそれらの全てを失ってし まいました。自然の恵みを生活の糧に出来ない環境になってしまいました。先人たちから善とされ是とされてきた自給自足、地産地消、自然遊牧、有機農法など は打ち砕かれてしまいました。私たちは外部被曝、内部被曝による低線量被曝に常時さらされ命までが脅かされています。なによりも子どもたちから健全に育つ 自然環境と明るい未来を奪ってしまいました。子どもたちに取り返しのきかない膨大な「負の遺産」を与えてしまったことが悔やまれます。子どもたちを放射能 被害から守ることこそ急務です。子どもたちを守らずして福島県の、日本の、否、人類の未来はないと言えるでしょう。

事故から1年9カ月たっ た今も、爆発を起こした1号機から4号機はいずれも炉心には近づけず、全容は明らかになっていません。中でも4号機は建屋そのものが傾いており、頻繁に起 こっている余震にどれだけ耐えうるのか予断を許さない状況です。私たち県民は余震が起きるたびに「第2のフクシマ」の恐れにおびえています。そこがくずれ たら今回の事故の何倍もの放射能汚染によって東京はおろか日本全国壊滅に追い込まれ、世界規模の放射能汚染がさらに深刻になると予測されています。そうで なくても毎時、1千万ベクレルもの放射能が空に海に放出され続けています。処分法の定まっていない核廃棄物の問題もあります。これまで溜まり続けてきた上 に、事故後の除染作業による廃棄物は家庭の庭先や校庭の一隅に山積みされブルーシートで覆われてあちこちに放置されています。日本は地震王国であり国土に は縦横無尽に活断層が走っており、原発は一基たりともあってはならない所なのです。
こんな中、昨年12月17日、日本政府は「福島原発冷温停止状態の終息宣言を出しました。私たち県民には納得できるものではありません。目にも見えず、に おいもない放射能への恐怖と体制側からの「ただちに健康に影響ない。」「年間100m㏜以下は大丈夫」などの「安全キャンペーン」のはざまで、私たち県民 は揺れ動き、悩み、家族や仲間との間でさまざまなあつれきやいさかいも生まれました。一本の線引きで分断や差別がおこりました。そして強制避難、県内外へ の自主避難、避難したくてもできない定住、避難も移住も望まないふるさと定住、保養など様々な生き方に分散し、多くの家族分断や地域破壊が発生しました。
放射能汚染によって突然、着の身着のままでふるさとを追われ、非人間的環境の避難所生活から、その後、狭くて不自由な仮設住宅に移り、先の見えない生活を 強いられている人たちがいます。その多くはふるさとの我が家へ帰りたくても、何年経っても帰れないと分かっている人たちです。今も16万人ほどの原発難民 と言われる人たちがいます。私たちはどんな生き方にしても強制されず自主選択の自由を要求します。そしてそこには安全・安心に生活を維持していくための職 や社会保障などの補償も伴わなければなりません。

これらの実態は「原発は全てを奪う。」「核と人類は共存できない。」ことの何よりの証明です。原発はひとたび事故を起こせば野に放たれた放射能プルームは止める術がなく、生態系や社会体系の維持も破壊するのです。原発問題は人類にとって最大・最優先課題と言えます。
IAEAには原発即時廃炉に向けての技術開発と放射性廃棄物の処理にこそ世界中の叡智を結集することを切望し、以下のことを要望します。

― 記 -

(1) 人類の最大限の叡智を集めて、福島第一、第二の原発10基全てを即刻、廃炉にし、福島原発事故を真に終息させること。
(2) 地震王国日本、活断層や破砕帯が縦横無尽に走っている日本国土に原発はあってはならないものである。福島原発事故の教訓を生かして、「第2のフクシマ」を 起こさないように日本全国の全ての原発の再稼働はありえず、即刻、廃炉にするように日本政府に働きかけること。
(3) 子ども・若者たちの放射能被害の最小化とその重点化に努めること。希望する家族には子どもたちの安全地帯への避難・疎開・保養を早急に行うこと。
(4) 福島医大が行っている子どもたちをはじめとする健康調査のデータは本人への情報開示と説明責任を果たすこと。本人や保護者の疑問や心配には充分に応えること。
(5) 3.11「福島県の被災者」全員に「健康手帳」(仮称)を配布し、必要に応じて生涯にわたる健康と生活の補償を行うように東電・日本政府・福島県に働きかけること。
(6) 被曝労働者の放射能積算量低下に配慮した廃炉技術を促進させ、新たな雇用を生み出すこと。
(7) 使用済み核燃料廃棄物の処分法を早急に確立させること。
(8) エネルギー政策を脱原発依存に転換すること。再生可能・低炭素エネルギーへの技術革新を促進し、新たな社会構築を行うこと。
(9) これまでの原発推進方針を見直し、「人類への放射能被害の低減化」に切り替えること。
(10) 以上の全ての事業は透明性をもって行われ、外部から不信や疑惑を招かないこと。
以上

要請書を読み上げる小渕真理フクシマアクションプロジェクト共同代表

要請書を読み上げる小渕真理フクシマアクションプロジェクト共同代表

話は私たちが心配していた通りの状況で進んでいました


地脇美和

世界閣僚会議当日、会場の郡山ビッグパレット駐車場で、IAEA広報官を待っていた間の発言

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皆さん今日は 私は外務省のホームページから、傍聴の許可を受けて、先程、傍聴をしてきました。まだ会議は続いていますが、途中で抜けて出てきました。中の様子をお伝え します。皆さん、ビッグパレット、入ったことあると思うんですが、長い廊下があるんですけれども、そこの廊下すべてに福島県が作ったパネルがズラーっと 貼ってありました。で、そのパネルは、凄く津波も大変だった、という写真とか、除染をしているところとか、あと、子供たちの心のケアのためにこういう取り 組みをしていますとか、そういうことがいっぱい貼ってあったんですけれども、要は、福島は大変な状況であるけれども、線量も除染をすればこれだけ下るし、 こうやって除染をしています、こういう風に今、皆さん元気に過しています、頑張って生活しています、というパネルがズラーっと貼ってありました。それが一 階です。

で、二階には福島県の物産展ということで商品とかが置いてありました。で、福島県のお水をペットボトルに入れて売っています。「い かがですか?」っていうことでお奨めをされました。本当に、何も、もう大丈夫なんですよ、っていうことがズラーっとパネル展で貼ってありました。

フクシマアクションプロジェクトと話し合いをして、一時期、本会議の中で福島の被害者の声を聞くように、お願い、というか要請をしまして、こちらから人を推 薦してくれれば本会議の中で話をしてもよいという、、話ができるかどうかを検討するということを言っていただいていたんですが、結論、無理ということで、 その代り、皆さんからのメッセージを集めて会場に貼り出しますということで、お聞きしてました。ので私は会場に入った時にとにかくそれを捜して歩きました が、私が見た範囲では分らなかったんです。で、(どこにあるんですか?」と外務省の事務方の方に、聞きに行きましたところ、一階の一番隅っこの端に、ホワ イトボードに貼り付けて、一応、貼ってはありました。で、「私、見た時、分らなかったんですけれど」ていう風に事務方の方に言ったら、「必ず海外から是ら れた方が通る通り道に一応、貼ってあるので、見ると思います」っていうことでしたが、私たちが入ってすぐに一所懸命捜しても分らなかったので、それはどう なんだろう、ということを思いました。

タイトル がありました。英語で書いてあって、「福島の皆さんからの声」ということでタイトル貼って、皆さんからのメールが切り貼りでホワイトボード一面に貼ってありました。で、フクシマアクションプロジェクトの申し入れ書も貼ってありました。そこは確認しました。

で、 玄葉さん、玄葉大臣が最初にスピーチをして、その後、IAEAの天野さんがスピーチをしていたんですけれども、福島の経験を生かして、安全対策を万全にし て透明化して、大丈夫だから他の国もそんなに心配せずに福島から学んだこと、すべて皆さんにお話ししますから、事故が起らないようにこれからやりましょうね、原発、推進しましょう、っていうことを皆さん、はっきりと発言していました。

私たちは後ろで傍聴なので、発言も一切、するなということで言われていたのですが、本当に、何か、はらわたが煮えくり返るというのはこういうことなんだな、と思いながら一応、静かに聞いていましたが、言っていたことは本当に無茶苦茶でした。もう、とにかく、大丈夫なんだって。で、線量も事故当時よりはかなり低減されています、その一言なんですね。実際、今、どんだけ出ているのかっていうこともまったく言わず、除染の効果についても言わず、やってます、少し下ってます、っていうことだけで、会議がどんどん進んでいっていました。

ロビーには福島県のパネルとは別にIAEAの作ったパンフレットやDVDも置いてあったので、ちょっと貰ってきたんですけ れども、こういう形で自分たちの宣伝もちゃっかり続けていた、という形でした。本当に会議の中の話は私たちが心配していた通りの状況で進んでいました。で 皆さんにもお渡ししたIAEAへの要請の文書を見ていただくと分るんですけど、本当に福島原発事故を過少評価をして、実際の被災者たちの声を聞いていない ということは一緒だと思います。唯一、被災者の声ということで載っていたのは警察官と警察官の家族の方の思いというのは綺麗なパネルになって貼ってありま した。でも一般の普通の人の声は綺麗なパネルになって貼り出されるということではありませんでした。子どもたちが屋内遊び場も順次、整備していますっていうようなパネルもありました。

«資料» 福島県での協働プロジェクト


IAEAファクトシート 20121215

1 放射線モニタリングと除染

(1)福島での除染
・IAEAおよび国際的な専門家からなるIAEA派遣団を技術的助言の目的で急派する
・環境モニタリング、被曝経路、被曝の軽減ないし忌避の可能性、日常生活での放射線安全、人々の再居住などの研究を適切な地域ワークショップを通じて援助する

(2)除染活動で生じる放射性廃棄物の管理
・IAEAおよび国際的な専門家からなるIAEA派遣団を技術的助言の目的で急派する
・放射性廃棄物の保管、放射性廃棄物、放射性廃棄物取り扱い中の放射線被曝などの処理を地方および政府当局との対話を通じて援助する

(3)無人航空機(UAV)を用いた環境地図作成の適用
・福島でのモニタリング用途に向けたUAVベースの移動ガンマ線スペクトル測定システムを開発する
・専門家間で会議を開く。トレーニングと技術サポートを実施する

(4)一般人の利用できる地図の開発の、放射線モニタリング・データの使用による援助
・IAEAおよび国際的な専門家からなるIAEA派遣団を放射線モニタリング使用に関する技術的助言の目的で急派する

(5)放射線安全とモニタリング・プロジェクトの行政支援
・福島におけるIAEAの現地拠点にIAEAの専門家を1名配置し、IAEAのプロジェクトを福島との調整や必要ならば技術的助言を与えるようにする

2 人の健康
(1)保健従事者や医学生の能力養成を通じた、放射線医学教育の強化
・2013年後期の福島医大における関連した国際シンポジウムや、その他の技術的会合を開催する

(2)後期外傷ストレス障害を含む、放射線障害医療での研究協力の強化
・医療従事者の作業グループを立ち上げる
・核事故の後の放射線、保健、社会的リスクの国際的データベースを開発する

(3)核ないし放射線の緊急事態への援助における、医学的放射線物理学者の特別トレーニングパッケージの開発
・医学的放射線物理学者の特別トレーニングパッケージを用意し、インターネット学習用教材を制作し配布する。

3 RANET(対応援助網)
(1)能力づくりセンター(CBC)
・地域、全国および国際的な参加者のための緊急準備対応(EPR)の分野における訓練活動のめの「IAEA RANET CBC」を福島に創設する。目下のところは、地域および全国の参加者のための少なくとも1コースと、国際的な参加者のための2コースが5年の間、年毎に予定されている。
・訓練活動に使用でき、アジア太平洋地域での核または放射線の緊急事態が、あらゆる防止の努力にもかかわらず万が一起った際に、IAEAの手で展開されうる、放射線モニタリングの設備群を備蓄する

(2)RANETワークショップ
2013年中に、福島でRANETの国際ワークショップを実施する

«資料» 日本の地震に関するIAEAの声明


IAEAプレスリリース

2012年12月7日

本日8時18分(協定世界時)、日本の東海岸での大きな地震の後、IAEA事故緊急事態中枢(IEC)は日本の連絡先として公式に指定されている原子力規制委員会に連絡を入れて、損傷している可能性もある日本の原子力発電所の状態について、情報を収集した。

規制委はIECに対し、地震はマグニチュード7,3で、それによって海面が1,0メートル上昇している場所があると正式に報告した。震源にもっとも近い地域の発電所は規制委に対し、異常は見られない、従って緊急措置も取られていないと報告していた。
緊急事態情報交換システム(USIE)経由で行われた規制委の報告は、加盟諸国と国際諸機関とのすべての公式連絡先に配信された。

大きな地震の後での標準的な手順の一部として,IECは日本に対し、日本から要請があれば助力が可能であるというIAEAからの申し入れを送付した。

10時00分(協定世界時)の主題を限った報道会見でIAEAは、地震について、IAEAのとった行動について、記者団に発表した。