原発事故被害者集会 開催!


福島原発告訴団

「福島原発告訴団」は、「原発被害糾弾 飯舘村民救済申立団」と、「ふくしま集団疎開裁判の会」との共催で、
「もう我慢はしない!立ち上がる 原発事故被害者集会」を開催いたします!

現在、福島県内・全国各地で損害賠償訴訟やADR申立て、避難の権利を求める裁判などが、次々と起きています。「このまま黙らされてたまるか!」という抵抗の火の手が上がっています。

現状を少しでも良い方向へ変えていくため、被害者同士が声をあげ、立場を超えゆるやかにつながり、より大きな力となるための集会にしたいと考えています。ぜひお越しください。心からお待ちしております。

原発事故被害者集会

日時◆11月16日 日曜日 13:30~16:30

会場◆福島市公会堂 福島市松木町1番7号

主催◆原発事故被害者集会実行委員会
賛同団体◆県内外の原告団・弁護団など20 団体(10月30日現在)
ゲスト◆おしどりマコ・ケン、きたがわてつ

チラシはこちらのページにあります

«資料» 福島の海水分析比較の結果提示と新試料採取のため、IAEA専門家2名が日本を訪問


2014年1031

IAEA プレスリリース

IAEAの海洋専門家2名が1147日、日本とIAEA研究諸施設との海洋水分析の比較の結果報告ために日本を訪問する。日本の12施設を含めた30の研究施設の能力考査の結果も報告される。専門家はまた、福島第一原発に近い海岸で、新しい試料を採取する。

2人の専門家、モナコにあるIAEA環境研究所のデイヴィド・オズボーンと、IAEA放射能測定研究所長のイオランダ・オズヴァトは東京の海外特派員センターで記者会見にも出席する。

この研究施設間比較と能力考査の目的は、海洋モニターの結果の透明性と信頼性を高め、また結果を科学的に正しく理解しやすい方法で一般の人たちに提示することである。「東京電力福島第一原子力発電所14号機の解体に向けた中期、長期行程表に関する、IAEA国際相互見直し派遣団」の報告書に含まれている、海洋モニターの助言が上げている諸点の路線に沿った仕事である。2013年の末の時点で、当該原発解体の計画案と装備に向けた日本の努力を、見直したのが、その報告書であった。

IAEAは、広く世界の分析研究施設に対して、分析能力が強化される助けになるよう、同様の作業を主導している。

東京の外国人記者クラブでの会合は2014114日の1500から行なわれる。出席希望の記者は、外国人記者クラブに事前の申し込みが必要である。また、日本の原子力規制委員会が、115日に久之浜港で、写真撮影とインタビューの機会を設ける。福島第一原子力発電所近海での試料採取の舟は、この港から出航する。参加希望のジャーナリストは、事前登録と詳細について、規制委に電話すること。[81-3] 5114-2105

川内再稼働!鹿児島から状況報告


向原祥隆

みなさま

10/28日の薩摩川内市議会の推進決議、ご存知だと思います。反対を貫かれた4人の議員に心から敬意を表します。

さて、本日10月29日、伊藤知事が招集する臨時県議会、11.5(水).6(木).7(金)の日程が決定しました。伊藤知事がこの県議会の判断を受けて再稼働を了解するわけです。

5日は本会議で伊藤知事が招集の理由を説明した後、各会派からの質疑。
6日は原子力安全対策等特別委員会が開かれ、再稼働関連の陳情の審査と採決。
7日は本会議で委員長報告と陳情に対する討論・採決。

ここで、さっさと行政手続きを終えようとしています。議会の多数を占める推進派に対して、県民の大多数が、再稼働に反対しています。

はっきりと日程が示された以上、最大限の抗議が必要です。5.6.7 いずれも平日ですが、それぞれ10:00開会。県庁前に9:00に集合しましょう。休みを取ってください。最重要日は11/7です。11/7金曜日、9:00 、文字通り総結集です。

反対の意思のある方が、集まるだけでいいのです。私たちの再稼働反対の運動は、あくまでも、非暴力、不服従を徹底します。本を読みながら、音楽を聞きながら、そして語り合い、再稼働に反対するという運動です。

福井地裁は、「万が一の具体的な事故の可能性があれば差し止めすべき」という判断を示しました。
無茶苦茶な川内再稼働は万が一どころではありません。鹿児島地裁に提起されている、差し止めの仮処分が12月末に判断される見込みです。

負けるはずがありません。県議会が推進の決議をしたならば、冷静な司法の判断にあい醜態をさらけ出します。

一方、この県議会の強行採決への最大限の抵抗は、司法判断への大きな後押しになります。多くの人が反対しているということを、具体的に可視化させる必要があります。

バタバタと急ぐ議会は、国、県、電力の意思です。12月の司法判断、続く来年4月の統一地方選の前に既成事実化することで、反対運動の無力化を狙っています。そんな筋書きは、多くの人に見抜かれています。負けるはずがありません。集まりましょう。

★最後になりましたが、まずは10/31日(金)、8:00より、県庁前で早朝集会を実施します。
登庁する職員に向けてのアピールが第一目的ですが、来週、県議会に向けての方針確認の場となります。朝早いのですが、よろしくお願いします。

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ストップ再稼働! 3.11鹿児島集会実行委員会
事務局 向原祥隆
〒892-0873鹿児島市下田町292-1
TEL099-248-5455
FAX099-248-5457
info@nanpou.com
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福島おんなカレンダー2015年版


今年もまた手持ちの写真を持ち寄り、「原発いらない福島の女たち」でカレンダーを発売しております。健康被害はますます深刻になり、除染、被曝労 働、廃棄物の焼却・保管、避難の権利…の問題も糸口が見えません。このカレンダーを通して、どうぞ女たちの活動を支えてください(利益のほとんどは女たち の交通費にあてがわれます)。

2014-09-13

3,000部限定発行(制作協力:梨の木舎)
1部1,000円+送料(10部以上は1部800円送料、無料)

連絡先 原発いらない福島のおんなたち(カレンダーチーム):070-5018-7478黒田

梨の木舎メール:nashinoki-sha@jca.apc.org FAX:03-3291-8090

放射能のまとめ : 空間放射線の測定


竹内雅文

放射能のある空間で暮さざるを得ない人にとっては、空間に常時どの程度の線量があるかを日常的に知っておくことは大切なことだと思います。簡単な測定器を用いて自分で測る場合のことを、まとめておきたいと思います。ここでは、福島事故以後の状況の中で、普通の人が普通の場所で生活するのに必要なことに限定します。

使用するメータは、例えば写真あるようなものです。生活空間の線量を一般の人が測る場合に、大型のNaIのヘッドを備えた蛍光分析式の高価な計測器(シンチレータ)などは、無用の長物です。日常的に測るのが大切なので、扱いやすいものを選んでください。

dosi5メータの裏のあたりに、小型のガイガーミュラー管が仕込んであります。安価なメータにはこの代りに半導体の使ってあるものもあります。簡単に仕組みを説明しますと、飛んできたエネルギーの強い電子や光子が管に封入してあるガスの分子に当たって電離させます。この時に一瞬起こる電圧の変化を読み取って、12回と数えていき、一定の時間の中で何回、飛んできたかを記憶しておいて、何回か繰り返してから平均値を出します。それをシーベルトに換算して表示するようになっています。

ガンマ線を測定します。裏蓋を開いた状態で用いると、ベータ線も測れるようになっている機種もあります。日常的な空間線量を知るという目的にとってはベータ線の測定はほとんど意味がありません。裏蓋を開けた状態は計器を損傷する可能性も高いので、ガンマ線に限定することをお奨めします。

屋外で地面から来るガンマ線を測定する時は、ガイガーミュラー管のある位置を手で塞がないように注意しながら、計器を水平に持ちます。計測スイッチを押してから、数値が安定するまでの間は、動かないことが必要です。動き回りながら測定すると、正確な値にならないことがあります。値が出るまで、計器の種類やその場所の状況によっては、23分かかることもあります。

同じ場所で、地面スレスレ、1cm程度の距離の場所と、体の腰のあたり、100cm程度のところと、両方測ってください。1cmは、地面から出ているままの状態を知るという意味で、100cmというのは、人体の真ん中という意味です。この時、1cmの測定位置から、動かないように、垂直に100cmまで上げて計測し、値がどの程度違うかを見ます。

距離が遠くなると、放射能は弱くなる

dosi1放射線源が点で、測定器も点であると仮定しますと、計器が受けとる放射能の強さは、距離の2乗に反比例して弱くなります。図の例で、距離aの場合と距離2aの場合とでは、距離の長い方の状態では、2×24ですので、強さは1/4になるわけです。

dosi2しかし、実際の放射線源は、地面の場合には広い平面で、測定器の検出部も点のわけではありません。地面スレスレの測定器はその直下から真っ直ぐに来るガンマ線を拾います。

dosi3しかし、ガンマ線は真上に飛ぶわけではありません。ありとあらゆる方向に飛びますので、計器を持ち上げていきますと、脇の方から斜めに飛んでくるガンマ線も拾うようになります。100cm程度の高さに構えている時には、かなり離れた地面から来るガンマ線も拾いますので、それを勘案しますと、だいたい、地面スレスレの場合の23割程度減衰した値になるはずです。

しかし、実際には、そういう値にならないことがあります。その時には、そうならない理由がありますので、なぜそうなのかを、測定した場所の状態にそって考えてみることが大切だと思います。

★ 100cmの数値が、1cmの半分以下になるなど、異様に減衰する場合

この場合は、その測定した場所が周囲に比べて極端に放射能が溜っている場所、いわゆるホットスポットである可能性が高いです。距離が離れると、線量の低い周囲から来るガンマ線が弱いぶん、急激に線量が下っていくことになります。

このような場合、ここだけの数値でそのあたり一帯の線量水準を判断しない方が良いと思いますので、数メートル移動して測り直してみてください。

★100mの数値が1cmに比べてほとんど減衰しない、あるいは、逆に高くなった、などの場合

まず、地面以外のところから、強いガンマ線が来ていないかどうかを考えます。周囲の木立、壁面、あるいは、錆びた鉄册なども放射線源ですので、そうした所により近づいた場所や、あるいは逆にそうした所から離れた場所で測り直して比較してみて下さい。

道路上などで測定した場合、路面は除染作業で削られて線量が低くなっていて、周辺は高いままである、あるいは、駅前広場の舗石の上は削られているが、花壇は高線量、とか、色々な場合があります。いずれにしても、測定器を上に持ち上げた場合の数値が高いのは、周辺部のどこかに、その場所の地面より線量が高い場所がある、ということだと考えて、その場所を突き止めてください。

屋内の数値は低くない

dosi4一般家屋の場合、室内の数値がかなり高い場合があります。特に2階の数値が高いようです。これは、壁面や、屋根にくっついているセシウムが犯人と思います。屋根や壁の材質にもよりますが、高圧水をかけて擦った程度のことでセシウムはなくなりません。

こと細かな測定による生活空間対処を

福島原発事故後、「この町の線量はだいたい●●くらい」といった発表があったり、それに基いた地図が配られたり、「ここに住むと年間●●くらいの被曝になる」といった計算式が発表されたりしてきました。

しかし、事故後3年半が経ち、計測器もかなり行き渡った現在では、こうしたもので満足せず、生活空間の放射能像を、細かに、また立体的に知ることが可能です。

実際に家の内部や周囲を丹念に測定したことのある方なら、「この家のあたりは●●シーベルトです」などということが簡単に言えないことをお分かりかと思います。「家の前の路面は0,25ですが、裏の土手は0,79です」なんていうのは、少しも珍しくないことです。

また、室内にいる間の被曝量を、屋外にいる間の1/2に見積った計算式が出回っていますが、屋外よりも部屋の中の方が線量が高いような場合も、珍しくありません。こういう計算式には何の価値もありません。

放射能汚染チップ裁判が始まります


石田紀郎

市民が告発した滋賀県放射性チップ不法投棄事件の捜査の結果、主犯が逮捕され、起訴され、公判が始まりす。公判になったことは画期的なことだと考えます。裁判を通じ、不法投棄の全容が解明されることを強く期待します。そして国•環境省がすすめる放射能拡散政策を阻止する闘いでもあります。

★裁判傍聴に多くの人々の参加をお願いします。

(日程等)
●日時:2014年11月6日(木)13時30分(開廷)~15時30分
(15分前に開場)
場所 大津地裁21号法廷(滋賀県大津市、JR大津駅近く)

●開廷前に、事前報告の場を予定しています。
●裁判日程は確定ですが、時間等、変更がある場合もあります。
●傍聴者(21号は70席)がマスコミと合わせ溢れる場合があります。
その場合、告発人、地元の方への配慮を。

石田紀郎(市民環境研究所)

第31回月1原発映画祭「祝の島」


西川直子

路地のまち「谷中」。築53年の木造民家を耐震補強改修再生した「谷中の家」で、あの「祝の島」上映会をします!纐纈あや監督も来ます!

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11月1日(土)
第31回月1原発映画祭「祝の島」上映会のご案内
ゲスト=纐纈あや監督・山秋真さん
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■日時
11月1日(土)
【昼の部】13:00~15:20 (12:30開場)
【夜の部】16:30~19:00 (16:00開場)
【交流カフェ】19:15~20:15

■映画「祝の島(ほうりのしま)~1000年先にいのちはつづく」瀬戸内海に浮かぶ小さな島、山口県の祝島の対岸4キロのところに、中国電力上関原発の建設計画が持ち上がったのは1982年のこと、以来ずっと祝島の人々は、建設と運転への同意を条件とする漁業補償金の受け取りを拒否してきた。豊かな海の恵みを分かち合い、助け合いながら暮らしている島の日常と、その中で28年にわたって原発建設計画に反対しつづけてきた人々を描いたドキュメンタリー。
効率と利益を追い求める社会が生み出した原発。大きな時間の流れと共にある島の生活。1000年先の未来が今の暮らしの続きにあると思うとき、私たちは何を選ぶのか。いのちをつなぐ暮らし。祝島にはそのヒントがたくさん詰まっている。
(監督 纐纈あや/2010年/日本/105分 http://www.hourinoshima.com /)

■ゲスト・プロフィール
纐纈あや(はなぶさ あや):自由学園卒業。写真家・映画監督の本橋成一氏のもとで映画製作、宣伝、配給に携わる。映画『ナミイと唄えば』(2006年)のプロデューサーを経て、本作品が初監督。その後『ある精肉店のはなし』を監督(2013年)。

山秋真(やまあき しん):原発計画にゆれた石川県珠洲(すず)市と関連裁判へ通い『ためされた地方自治-原発の代理戦争にゆれた能登半島・珠洲市民の13年』(桂書房)で、松井やよりジャーナリスト賞(2008年)、平和・協同ジャーナリスト基金荒井なみ子賞(2007年)受賞。2010年9月から1年は瀬戸内海の祝島に延べ190日以上滞在し、その後も祝島へ通って『原発をつくらせない人びと-祝島から未来へ』(岩波新書)を上梓。ブログ「湘南ゆるガシ日和」更新中。

【昼の部】12:30開場
13:00~14:45 「祝の島」上映
14:50~15:20 纐纈あや監督のお話
■参加費:1000円(定員30名)

【夜の部】16:00開場
16:30~18:15 「祝の島」上映
18:20~19:00 纐纈あや監督・山秋真さんのお話
■参加費:1000円(定員30名)

【交流カフェ】
19:15~20:15 纐纈あや監督・山秋真さんを囲んで
■参加費:500円(軽食・ワンドリンク付き)(定員20名)
※昼または夜の部に参加の方を優先します。

■会場:谷中の家(東京都台東区谷中3-17-11)
メトロ千代田線千駄木・JR日暮里・JR西日暮里下車徒歩7分。
よみせ通り、延命地蔵を東へ入る、2筋目を南へ入って東側。
築54年の木造耐震補強民家。目印は格子戸。
http://www.jtgt.info/sites/default/files/2013-05-14.jpg
■予約方法:以下いずれかの方法で予約してください。
1.申込みフォーム
【昼の部】http://kokucheese.com/event/index/225431/
【夜の部】http://kokucheese.com/event/index/225432/
【交流カフェ】http://kokucheese.com/event/index/225433/

2.メール eigasai@jtgt.info
*件名を「月1原発映画祭申込み」として
参加者氏名(複数お申し込みの場合は全員のお名前をお書きください)、
参加内容(昼の部、夜の部、交流カフェ)を明記してください。

3.電話 090-1265-0097(植松)

*キャンセルされる場合は必ず事前にご連絡ください。

■ 主催:地域から未来をつくる・ひがし広場
http://www.jtgt.info/

川内原発再稼働…民意なき「地元同意」は許されない


満田夏花

FoE Japanは、薩摩川内市議会における再 稼働賛成陳情可決の事態を受け、以下の緊急声明を発出いたしました。ご一読いただければ幸いです。

FoE Japan 緊急声明川内原発再稼働…民意なき「地元同意」は許されない

鹿児島県は、公聴会の開催を 地元同意の拡大を本日、川内原発再稼働をめぐり、薩摩川内市議会の臨時議会を開き、市民から出 されていた再稼働反対陳情10件を否決、再稼働賛成陳 情1件を可決しました。 薩摩川内市長もこれを受け、再稼働同意の意見表明をしました。

再稼働反対の市議会議員は、原発事故がひとたび生じた時の取り返しのつかない 惨事となること、原子力規制委員会による審査は数々の問題を抱えていること、原発の地域経済への寄与は、短期的であり限定的なものであること等を切々と訴えましたが、数の論理で押し切られた形となりました。
今回の「地元同意」は民意を反映したものとは言えません。
10月9日に薩摩川内市で開催された川内原発審査書の説明会においては、発言した市民のうち、10人中9人が、審査書の内容に対する疑問や、避難計画についての批判、再稼働への反対を訴えました。多くの市民が、審査書の「説明会」ではなく、市民の意見をきくための公聴会を要望しました。
会場でとられたアンケートは、「理解できなかった項目は何ですか」というものであり、再稼働に対する納得を問うものではありませんでした。
川内原発を動かしてはならない理由はたくさんあります。逆に川内原発を今再稼働させなければならない理由は見当たりません。
川内原発に関する原子力規制委員会の審査はまだ途上です。火山噴火リスクや地震など、多くの具体的な対策が保安規定や工事計画に先 送りされています。住民のいのちと安全を守る最後の砦たる避難計画は、欠陥だらけであり、非人道的なものです。5km圏内の在宅の要援護者のうち、避難が難しい人たちは、原発至近距離の一時退避所に閉じ込めるなど、住民の被ばくを前提としたものです。
一時避難所や避難集合場所が、ハザードマップ上の危険エリアにあることも明らかになってきました。
鹿児島県は、上記の懸念を無視して、地元同意手続きを進めるべきではありません。また、少なくとも、30km圏内の自治体を地元同意に含めるべきであり、県民の意見をきくための公聴会や公開討論会の開催を行うべきです。
問い合わせ先:国際環境NGO FoE Japan
〒173-0037 東京都板橋区小茂根1-21-9
Tel:03-6909-5983 Fax:03-6909-5986 携帯:090-6142-1807(満田)

2014年10月12日:福島第一の近くまで


イヴ・ルノワル

この文章は福島市野田町界隈に続くものです。

1. グループ

私たちは5人だ。藤本智子(さとこ)とイヴ・シュヴァリエ、マルチン・ヴァルタ、竹内雅文と私である。全員が写真かヴィデオを撮っているのだが、私だけは撮影を諦めていた。カメラの記録カードが前夜に故障し、信頼できなかったからである。雅とマルチンと私とは、各自、線量計を携帯していた。11台、表示のし方と、多分、感度も異なるので、その場、その場での数値にも違いがある。数値を比べあうのは、無意味なことだ。

写真が撮れないので、私は移動の間ずっと車内のガンマ線量を測り続けることで満足することにした。通過地点の名称を雅が言ってくれる。測定器は、スイッチを入れると25秒後に数値を返す。私は小型のメモ用紙に値を書き入れ、必要に応じて位置情報を加える。こうやって私は休止なく409地点の数値を集め、行程の放射能の状態を図にすることができた。

11つの数値は、バス、次いで乗用車内での、さらに幾つかの特徴的な場所では停車地点の屋外での、25秒間の空間線量の平均値を示している。計測の仕方は統一した。車内では測定器を窓のそばで地面に対して45°の角度に向けて保持している。車内の値と車外での値に大差はない。このことは、腰のベルトの位置での測定で確認した。

こうした結果から一般論を導くのは慎重にすべきだ。停車時のものを除けば、計測値はすべて路上ないしは路傍の空間線量である。しかし、路上での計測値と、少し離れた地点、打ち捨てられた家屋の周辺であるとか、フレコンに入った廃棄物の集積場の周辺での値との間に、大した違いはなかった。汚染の管理の目指すところがはっきり目に見えない以上、こうした違いの無さというのも、一般化して捉えるべきではない。

2. 全体図

y-r01バスは国道114号を通って福島から私たちを南相馬まで乗せていった。途中、川俣で数分間の停車がある。南相馬が近づくと海岸平野の風景になるが、それまではずっと山の景色である。

地図に書き入れてあるのは、今回の«イニシエーション»の後半だが、その導師はNPO法人フロンティア南相馬の草野良太さんであった。

yvesminamisoma基本的な標識点を記入しておいた。違う縮尺でもっと拡大して見れば、それぞれの場所の様子がもっと良く分かる。

次に測定値をまとめて図示してあるが、それぞれの測定地点を上の図と照らし合わせられるようにしてある。

___往路のグラフ__________南相馬(原町)までの復路
yveswb3. 福島市と南相馬(原町)との間の特記事項

放射性降下物の量が甚大な地域を除染するという決定は、地形の壁にぶつかっている。坂が急峻になり、谷が曲りくねるに従って、空間放射線量はカオスの様相となり、1989年に旧ソ連内にICRPが設定した「一般住民の限度値」を超えた高い値を示す。しかし、ちょこっとでも空地があればどこでも構わず、といった感じで積まれているフレコンを見れば、これでも空間線量はだいぶ下ったか、ないしは平準化した後なのだと考えるしかない。バスから見た光景は、仰天の連続であった。家々の直前の花壇までもをフレコンで一杯にするのはまさに愚行である。住民たちの至近の環境を、除染による産物が、毒しているのである….。ウブな質問をひとつ 、ぶつけてみたくなった。「住んでいる人たちの防護を蔑ろにしてまで除染しなければならないほど重要な場所が、いったいどこにあるのか?」と。残念ながら、この山中を縫い曲る道筋をバスはあっと言う間に通過してしまい、誰も写真を撮らなかった。下のは似たような場所での写真だが、前述の現場での印象はかなり薄らぐ。

y-r04y-r05行程の間、傷ましい、悲しい思いでいっぱいだったが、反抗心も涌いた。森に覆われた山々の素晴しい景色が、家々の入口にまでごく当たり前のような顔をして山積みされている除染ゴミによって痛めつけられ、汚されている。放射能は目に見えず臭いもないが、どこにでもあること、そして20113月の福島第1の爆発以来、この地域は放射能の持続的な支配下に置かれてしまっていることが、この青や黒の袋が思い起させる。この地に住み続けている人たちは、自分たちの生活条件が陥ってしまった今の状態を、どういう言葉で表現しているのだろうか。この道を通って旅をする人たちは、来る日も来る日も目に飛び込んでくる光景に、どんな思いであろうか。陽光や風雨に曝されるプラスティックの袋の強度に、将来がかかっているということを、どう考えたら良いのだろう。中のゴミに相変わらず含まれている放射性物質の半減期が30年だというのに、こうした袋はいったいどれだけ持つのだろう。この酷い光景を繰り返し見せつけられるのは、実に傷ましい。

パノラマが開けた場所では、袋の置き場もその分だけ広大になる。何ということだ。

山間部では置いておける量が限られてくるので、集められた袋は手近で作業も楽な小さな面積の場所を除染したものに限られているように思われる。勾配のある場所はほとんど手付かずのままだし、雨の降る度に放射性物質を含んだ粒子が窪地へ運び込まれ、取り除いて袋に詰めた分も、じきに元通りになってしまう。

平地では、除染ゴミと生活の場とが網の目模様を織りなしている。

y-r06y-r07ここに見える除染地域のフレコン置き場用地には、まだまだ空きがいっぱいある。除染員たちのシジフォスの神話のような作業は、まだ当分は続くわけだ。

間もなく、バスは南相馬(原町)に到着した。

4. 南相馬(原町)から10km地点まで

測定器から得られる情報に疑問の余地はない。この海に近い、多くの部分が津波の被害を受けた地域では、先刻通ってきた山間地域よりもセシウムの量はずっと少ない。このあたりでは、降雨はずっと弱かったに違いない。海から風が吹いている時には、そうなるのが通常である。その風が内陸に入り込んで、隆起部にぶつかると、空気の塊がもち上げられて凝縮する。そして冷やされるのである。

しかし、そうであるからと言って、放射性の霧がこのあたりを通過した時に、住民たちの被曝は少なかったということにはならないのである。住民たちは放射性のヨウ素を吸い込んでしまい、それは健康上の刻印として、一生ついて回るのである。

強制避難の運営は、ガイガーカウンタが刻々と与えてくれるデータとの突き合わせに耐えられない。行政の決定によって空家になったに違いない、捨てられた住居群を通ったが、パリで私の住んでいる、石灰の壁に囲われた古いアパルトマンよりも、空間ガンマ線量は低い。ここに住んでいた人たちは昼間は家に戻ることが許されているが、夜を過ごすのは禁止されているとのことであった。どこにそういう政策の正当性があるというのか。

最近まで立入禁止標識のあった10km地点の少し手前に、津波によって破壊されたままの家屋が片づけられないまま残っていた。ここも南相馬や津波の跡がきれいに片付けられている地域と同じくらい線量が低いし、そうした地域を下回る場合すらあるのに、どうしてなのだろう。付近の空撮と、そうした家のうちの一軒の写真とをご覧いただきたい。

y-r08y-r09y-r10y-r11

囲いのついた、膨大な面積の除染ゴミ置き場が目についた。グーグルアースの空撮に見当らないところからすると、造られて間もないのだろう。青い袋と、黒い袋とが、分けて積まれている。この2色 の仕訳は、どういう基準によるのであろうか。今、津波が来れば、これらもすべて押し流されて、間近にある海へと運ばれていくことになる。あたかも、地球に 働いているさまざまな力も、当局者にとって必要な間だけはこの地に手を付けないでいてくれるだろうとでも言うのであろうか。いったい、どれだけの期間を見込んでいるのか。明かに一時凌ぎのこういう方策は、どんな見通しに立って進められているというのか。

y-r12高い放射線量の地帯に今や私たちはかなり近づいている。打ち捨てられた小集落を幾つか通過するが、放射線量は福島市よりも低い。事故のあった発電所の間近を通っている国道6号は、つい最近、通行禁止が解除された。日曜日にしては、通行量も多い。

国道は10kmの障壁に向かっている。ここの放射能は福島市と同じ程度である。ここで見た光景を2点。

y-r15y-r165. 10kmの境界: 高い放射能の地帯

立っている警官たちがもはや象徴的な存在でしかなくなっている境界地点を、速度を落すこともなく通り抜けると、いとも急速に放射能は増加していった。第2章に掲げたグラフに示されているように、今や自然な状態の10倍ほどの線量であり、福島第1のすぐ近くでは100倍ほどにもなった。

この国道は停止せずに通過するしかないのだが、道路沿いは注意深く除染されているに違いなく、この地帯でも道から離れた場所での数値に比べて、道路での数値は大幅に低いのだろうと仮定するのが正しいのだろう。粗面コンクリート平板で補強された急坂が100m200m続いた場所で、もし速度を落して通ることができていたら、そうした点についてもっと確かな考えを持つことができたことだろう。そこで計器は突如、乱舞したのである。粗面コンクリートは、ここにあるもののように老化しているものは特にそうだが、細かい穴が無数に存在し、そこに入り込んだセシウムの粒子は完全に封じ込められてしまって、除染などは不可能である。これを測定できれば、この場所と近辺との、放射性降下物の一般化可能な情報が得られたことだろう。けれども後続車両が迫っており、運転してくれている方に速度を落すように説得する時間など、ある筈もなかった。

福島第1発電所へ向う道は封鎖されていた。10Kmほど南にある福島第2への道は開いていたので私たちは進入していったが、発電所入口では警官の検問態勢が敷かれ、私たちは引き返すしかなかった。福島第2の入口では空間ガンマ線量ははっきり低下した。福島市周辺の畑地で計測した値とほぼ同じだった。

次の写真は10km境界線

y-r17次の写真は福島第2の入口の検問所だが、道の先に発電所の建物の一つが見えている。

y-r186. 高い放射線の地帯の南の出口にある石炭火力付近で停止

福島第1を過ぎた後では、空間放射線量は急速に低下していた。

福島第2から数キロのところには、火力発電所がある。ここは津波で大きく損壊したが、短時日で修復している。煙突から出る煙は見えない。日本の石炭火力はどこでもそうだが、燃焼と煙濾過に先端的な技術を使っているのである。空間放射線量は福島の町中と同程度だ。

写真は帰路の前にちょいと一休みした時のものである。右から、草野良太、藤本智子、イヴ・シュヴァリエ

y-r20広野火力発電所

y-r197. 地方道35号を経由から再び国道6号へ入っての帰路

運転の草野さんは、帰路の一部を地方道35号経由にした。この山寄りの道筋に相当する部分のグラフを見れば、並行している海岸寄りの国道6号に比べて、放射線被曝量がほぼ倍になっているのが分かる。地形が持ち上がれば直ちに降雨が強さを増す。その結果が明かである。言うまでもなく、道路周辺は念入りに除染されていることであろう。

原町駅に戻る前に、私たちは多少迂回をして福島第1の北30kmにある原町火力発電所の近くに車を停めた。空撮には、その構内の港に石炭運搬船が見える。その南に、以前はたいへんに好評だったサーフィン場があるが、今は利用する人はいない。写真には、波がくっきりと写っている。

y-r21y-r23ここでもやはり、煙は出ていないように見える。

私たちは海を眺め、ここの海岸にもまた除染ゴミの袋が無造作に積まれているのに注意していた。そこに首から名札を下げた陽気な男性が近づいてきた。お互いの自己紹介の後、会話が始まった。

y-r26竹内雅文、イヴ・ルノワル、草野良太、藤本智子、イヴ・シュヴァリエ、そして撮影者マルティン・ヴァルタの影。

y-r31傾斜に馴れ親しんだ人物の撮影による、マルティン・ヴァルタ

y-r27男性は森林の除染作業者だ。何とも膨大な事業である。森林の除染作業者である。彼の話から理解したことを、なるべく捻じ曲げないように整理すると、こんな具合になる。

破局的惨事の後、政府は再興の論理に従って一か八かの決定をした。放射能に強度に汚染された地域の全面除染である。事故を起した発電所自体を«きれいにする»には少なくとも400年はかかるから、時間が足りないということはない。

そこで政府は、放射性降下物に汚染されている地域の大半を占める森林を、浄化する財政措置を決定した。

彼の従事している作業の元請け企業は、明らかにおいしい契約を結んだ。企業は、生えている木を取り除くことに対して支払いを受ける。円相場が下落しているので、日本製の木材には需要がある。木は汚染されていても、それは表面だけだ。表皮を取り除きさえすれば、内側の材は丸ごと売り物にできる。倒れている木は、周知のように、じきにカミキリムシの餌になり、腐敗する。商品価値などはない。そういうものは、現場に残しておいて構わないことになっている。こんなボロい儲け話は誰も夢想だにしないことだろう。

こういう議論が真相から外れていないとするならば、福島の放射性となった森林に向かって、そのうち大勢が押しかけることになりそうだ。

最後になるが、福島事故とその帰結についてのイニシエーションの旅の間中、私たちのゴマであり、通訳であった二人、藤本智子と竹内雅文に、熱くお礼を申しあげたい。

原町駅前の雅

y-r28藤本智子(福島市の佐々木慶子宅にて)

satoko-chezK福島事故は日本を揺がした。物言わぬ多数者たちは事故に幕を引き、「普段の」関心事に戻ったかのように見える。

福島事故は民と指導者と公権力総体との間の暗黙の合意の根底を突き崩した。上から下まであらゆる階梯の公権力が、広い範囲にわたって責任性を喪失している。移住させられた人々に対する行政の態度のほぼ全体にわたって、欲得づくや棄民政策が顕著である。

日本の原子力保安当局は、陣頭に立つことなく机に囓りつき、名誉を失なった。前代未聞のことである。ウィンズケール、スリーマイル、チェルノブイリの事故に際して、イギリス、アメリカ、そしてソ連の原子力保安当局者たちは、救えるものは救おうと、危険を冒して陣頭に立った。生命を賭した。この恥ずべき不在の報酬はこうである:IAEAICRPやその輩下が、我が物顔に、呵責なくのさばることになったのだ。

技術官僚支配と勇気ある人々との間の闘いが、始まろうとしている。

捜査期間延長へのコメント


福島原発告訴団弁護団   (河合弘之・保田行雄・海渡雄一)

1 捜査期間延長を歓迎する

本日 東京地検は、福島原発事故に関する東京電力役員に対する刑事責任について、来年2月2日まで捜査期間を延長すると発表した。

告訴人らは、検察官は、十分な捜査を行うために検察審査会法41条の2 第2項に基づき、再捜査の期間について延長を必要とする期間(3ヶ月が適当であると思料する)とその理由を通知するよう求めていた。

今回の決定は、十分な時間を掛けて再捜査してほしいという告訴人らの意向に沿うものであり、歓迎する。

2 被疑者武藤、武黒は、大きな津波の可能性を知り、対策を検討しつつ、これを土木学会に投げて、先送りした

東京電力役員らは、推本の予測に基づいて行った数々の津波の試算についても試算が現実に起きるとは思わなかった,念のために土木学会に検討を依頼しただけであるなどと言い訳している。東京地検は、先の不起訴決定では、このような不合理きわまりないいいわけをそのまま認めてしまった。

これに対して,検察審査会は,市民的良識を発揮し,東電の役員たちは,対策が必要であることはわかっていて,途中まではその検討や予算の見積もり、準備までしたのに,改良工事のために原発が長期停止になることをおそれ,時間稼ぎのために土木学会に検討を依頼して,問題の先送りをしたと認定している。

まさに,被疑者武藤と武黒は明らかに本件事故のような深刻な災害を予見し,その回避のために必要な対策についても具体的に検討しながら,その対策に要するコストと時間,そして一定期間の運転休止を見込まなければならないという事態のなかで,問題を先送りするために土木学会に検討を委ねたのであり、勝俣、小森もこれを承認した重大な責任がある。

3 土木学会への検討依頼の真相を検察は徹底して再捜査すべき

土木学会に検討を依頼したというが,それについては,①回答期限を付したのか,②検討依頼内容は何か,③検討依頼文書は有するのか,④回答は返ってきたのか,⑤その内容はどうだったのかが究明されなければならない。回答期限も定めない依頼だとすればまさに時間稼ぎということになろう。②ないし⑤の究明結果によって時間稼ぎであったことが立証される可能性は高い。検察の再捜査では、この点の解明が最重要の課題である。

4 勝俣の言い訳はうそだったことが吉田調書で裏付けられた

当時,「中越沖地震対策会議」が社長,会長,武藤,武黒,吉田らで話し合う会議が持たれていた。当時の会長は田村,社長は本件被疑者勝俣である。最初は毎日会議が持たれていた。平成20年頃には月1回の会議であった。この中で,津波対策の費用も議論されていた(同9-~12ページ頁)。

また吉田調書によれば,「太平洋側の場合は,いろんな学説が今,出ておって,大きい津波が来るという学説もあります。それをベースに計算すると,今,想定している津波高の,…要するに,今,想定している5m何十cmという設計のベースよりも大きい津波が来る可能性が否定できない。…場合によっては高い津波が来れば,それなりの対策が必要です。…かなり桁の大きいお金が来ますよということを説明した」(甲3の17頁),「会長の勝俣さんは,そうなのか,それは確率はどうなんだと」(甲3の19頁),「貞観地震というのは,私はたしかその後で,ここで一回,社長,会長の会議で話をしました」(甲3の26頁),「日曜日にやる月1の社長,会長もでた中越沖地震対策会議の席では,皆さんに,その時点での最新のお金のものをお配りして」(甲3の27頁),「20年の6月,7月ころに話があったのと,12月ころにも貞観とか,津波体制,こういった話があれば,それはその都度,上にも話をあげています。」(甲3の36頁)とされている。

この会議には被疑者勝俣が毎回出席していたことは明らかで,勝俣の聞いていないという証言がウソであったことが,この吉田調書で明らかに裏付けられたのである。