告訴団福島県集会


福島原発告訴団
2015年9月5日(土)
15:00~16:45

ついに、東電旧幹部3人の強制起訴が決まりました。
検察審査会議決を、弁護士から詳しく、分かりやすく解説します。

参加費無料

会場
郡山市・安積総合学習センター 集会室
郡山市安積町荒井字南赤坂265

JR郡山駅前(1番乗り場) 1430発 安積団地行
安積団地下車(1452着予定です)、 徒歩、約400mほど。
(バス停ま近の四辻をバスの進行方向から見て右(北)に歩き、
橋を渡ってそのまままっすぐ行くと右側にあります)

 
◆お問い合わせ◆
福島原発告訴団 080-5739-7279
メール:1fkokuso※gmail.com(※ ⇒ @)
カンパ:振替口座 02260-9-118751 福島原発告訴団

なぜ日本は、ヒロシマ・ナガサキの大惨事にもかかわらず、 原子力を受け容れたのか


IPPNWドイツ支部

広島、長崎の大惨事から70年目を記してIPPNWドイツ支部が論評を出した。「なぜ日本は、ヒロシマ・ナガサキの大惨事にもかかわらず、原子力を 受け容れたのか 」との記事のタイトルが既に物語っているように、IPPNWの論評は、原爆攻撃のために数多くの被爆犠牲者を出した日本が、なぜいとも簡単に核エネルギー を受け容れていったのか、その背景を掘り下げると共に、私たちに大きな疑問を投げかけている。論評は日本人にとって、大いに思考を促すものなのではないか と思う。

原文(ドイツ語)へのリンク:

http://www.ippnw.de/atomwaffen/humanitaere-folgen/artikel/de/yin-und-yang-weshalb-japan-sich.html

なぜ日本は、ヒロシマ・ナガサキの大惨事にもかかわらず、原子力を受け容れたのか
ヒロシマ・ナガサキから70

2015年8月11日

(和訳:グローガー理恵

1945年8月6日、原子爆弾 リトルボーイは広島で炸裂し、市は灼熱の地獄へと 化した。その3日後 の1945年8月9日には長崎が、同様の過酷な運命に襲われたのだった。広島、長崎と、原子爆弾が炸裂したその日、数万人の人々が亡くなり、その年の末ま でに命を奪われた人々の数は、20万人近くに及んだ。あとの何十万人という犠牲者には、彼らの生涯にとって消えることのない傷痕が残った。それは、ー 負傷や火傷を負い、放射線被曝の影響を受け、自分の家族や故郷を喪失し、精神的外傷を負い、被爆者としての烙印を押されたー傷痕であった。

この8月には、広島と長崎が原爆爆撃されてから70年目を記することになるが、この広島と長崎で起こった大惨事ほど、強く日本人の集団的記憶の中に 焼き付いた史実はない。それ以後、日本市民の大多数は、広島・長崎原爆投下の生存者である被爆者たちと共に、全ての核兵器の廃絶を唱え、世界中で2千回以 上行われた核兵器実験の被害者たちとも連帯している。さらに、今年の11月には広島で、初の 世界核被害者フォーラムが開催され、そこにおいて、放射能汚染されたウラン採掘地帯に住む住民や民間および軍事核事故の犠牲者など、すべての被害者が話す機会を得られることになっている。

しかし、それ以上にもっと驚くべき事実がある。それは、今日において、日本の原子力産業が世界で最大かつ最強な原子力産業のひとつとして数えられるということである。いわゆる 原子力ムラと も呼ばれている日本の原子力ロビーは、日本国内で何十年もの間ずっと政治や社会に決定的な影響を及ぼしてきており、与党とも密接に結託している。彼らは実 際、日本で最も影響力の強い産業ロビー団体なのである。ここで、ある疑問が湧く:それは、「いかにして、この軍事核産業が産み出した原爆のためにあれほど 酷く苦しんだ国が、民間原子力産業を自国の産業の柱石としていく事になったのか?」という疑問である。我々は、IPPNWドイツ支部と交流/繋がりのある 日本の人々に、この疑問を提示してみた。
広島市大学・広島平和研究所で働くロバート・ジェイコブス (Robert Jacobs) 博士/准教授は、「原爆投下後の何年かの間、日本人は全ての原子核テクノロジーを猛烈に拒絶した」と説明する。戦後日本と結びついた米国は、「日本人は原 子力に対して非理性的な恐怖感を懐いている」とすら報告している。1945年の8月、人類は核の破壊的な力を知ることになったのであるから、 おそらくは、世界中のほとんどの人々が、原子力というものに対して、日本人と同様な反応を示したのではないだろうか。しかし米国は、このような世界的な拒 絶反応を阻止したかった。冷戦が始まった頃、アメリカの核兵器保有は、軍事上ドクトリンの最も重要な軸足となり、核兵器基地が太平洋にも、且つ一番うまく いった場合には、ソ連への飛行距離をできる限り短くするために、日本にも出来ることになっていた。つまるところ、日本人の原子力への非理性的な恐怖が原子力の受容に変わることが肝要となったのである。

これを踏まえて、1953年、ドワイト・アイゼンハワー米国大統領 は‘’平和のための原子力 (Atoms for Peace) ”  計画を開始した。それは、「兵器級プルトニウムの生産過程で多量のエネルギーが発生する ー そのエネルギーを電力生産のためにも利用することができる」という提案であった。すなわち、この 平和のための 原子力’’ を世界中に広めることで、原子核テクノロジーの悪いイメージを糊塗して、広い社会的受容を得るための道を拓くという意図であった。

このアイディアは日本においても素早く支持者を見つけた。ー特に、勢力や威力、そして大儲けを嗅ぎ出したや政治家や企業家の中に…。日本では従来、 政治と企業が非常に密接に絡み合っている。ー原子力の場合だと、企業、政治家、原子力規制庁との間の密接度が、容認できるような限度を超えてしまってい る。

しかしながら、原子力支持者にとって、まず、やらなければならなかったことは、日本社会に存在する原子力への根強い不安を打ち破ることであった。そ して、日本人がどのように語義を捉え把握するのか、原子力の主唱者は 心得ていたのである。彼らはまず第一に、用語表現を変更緩和させることにした:いわゆる 【peaceful use (平和利用)of nuclear energy(核エネルギー)】 という言葉は【核エネルギーの平和利用】ではなく【原子力の平和利用】と和訳された。日本語で 【nuclear(核) weapons (兵器)】 は 【核兵器】と呼ばれるため、【原子力】は【核兵器】とは異なった事柄を表す言葉であるとして、多くの日本人が心の中で、民間と軍事核産業は別々のものであ ると区別して考えるようにさせた。単に核を原子力と呼ぶことで、その事が可能になった。しかし事実は、米国の核産業が示したように、民間核産業も軍事核産 業も密接にかみ合っていたのである。

次のシンボリックなステップは、再建された広島市の都心に原発第一号機を建てることであった。ー 広島市を破壊し、あれだけの多くの人々の命を奪い去った、あのの原子に続いて、今度は、有益で、市を復興させて、国やその経済に新しい生を与えてくれるであろうという の 原子がやって来ることになる、との明白な印として…。このような陰陽的思想は、多くの日本人の共感を得たかもしれないし、それ自体で何人かの被爆者にとっ ては、「何のためにこのような事が起きなければならなかったのか?」という彼らの問いに対する答えとなったかもしれない。…しかし、被爆者と広島市民の圧 倒的多数は、原子核テクノロジーを拒絶し続けたのだった。そして、広島に原発を設置する計画は、地元住民による猛烈な反対のために失敗に終わった。朝日新 聞の新しい調査によると、全ての被爆者の内その“3分の2 (⅔) “が、これまで、原子力を拒否している、という。

しかし米国は、日本国内に民生原子力を根づかせようと、〝原子力平和利用博覧会〞と名付けられた大規模な宣伝活動に資本提供することにした。〝原子力平和利用博覧会〞は、1955年から1957年にかけて日本の10都市で開催された。この〝博覧会〞は、 広島の平和記念資料館にもやって来た。そのために、資料館に常時展示されていた、原爆の惨状や放射線の恐怖を伝える資料、被爆者の遺品などの展示品が館外 に移され、博覧会の後も、原子力平和利用をテーマにした展示物が、何年もの間、資料館内の展示会場を占めることになった。そして、これらの出来事は、事態 を傍観するしかなかった多くの被爆者の怒りをかったのだった。

この原子力ロビーによる集中的なプロパガンダは、政府と繋がりのあるテレビ局や新聞の高揚的報道によって盛り立てられた。「原子力の平和利用は我々 の経済を成長させる」とのスローガンは、間もなく、日本社会に浸透遍在していき、テクノロジーの進歩に好意的な日本市民の心に刷り込まれていった。その頃 から日本人の間で、”とは、ヒロシマとナガサキの恐るべき大量虐殺と結びついたものであり、”原子力は、経済成長と人々の幸福に結びついたものであるとの概念が生まれるようになった。

1956年以後、日本原子力研究所が東京から東北の地域にある小さな東海村に発足した。それに続いて出来たのが、核燃料生産工場、使用済燃料再処理 施設、そして日本で最初の原子力発電所であった。東海村は、日本の原子力産業の核心となった ーとともに、フクシマ原発事故以前に20以上の所在地に位置した58基の原子炉を有していた、腐敗した、規制不十分な、事故慣れした産業のシンボルとも なった。すでにフクシマ超大規模原子力事故が起こったずっと以前から、原子力施設において漏洩や爆発、火災が発生し、その度ごとに、一部で大量の放射能放 出を伴っていた事があったという事実が、日本の原子力産業の特色を現わしている。

「今日、多くの日本人は、なぜ、地震、津波、火山噴火で度々悩まされている国が、なんら疑問を発することもなく単純に、原子力を受け容れることがで きたのだろうか、と思案している。さらに彼らは、経済界・政界の有力者が当時から間違っていると分かっていながら、これらの危険性を無視した背後には何が あったのだろうか、と問うている」と、広島平和研究所の ジェイコブス博士は述べる。

さらに、見て見ないふりをする習慣や政治家、企業、原子力規制庁の間の癒着といった背景が原因として付け加わり、東海村やフクシマの原子力災害の発生に寄与していった。

そして、国会事故調査委員会は2012年6月、「フクシマ原子力災害の原因は、これまでの規制当局の原子力防災対策への怠慢と、当時の官邸、規制当 局の危機管理意識の低さ、そして責任を持つべき官邸及び規制当局の危機管理体制が機能しなかったためであり、自然災害というよりも人的ミスに帰する」との 結論に至った。今回、再び、日本市民に高レベルの放射能を浴びさせたのは外敵ではなく、自分の国の規制当局と企業の過失/怠慢によるものであったという認 識は正に、多くの被曝者に諦めと茫然自失をもたらした。

ジェイコブ氏は書く:「原爆被爆者たちは、核時代の終わり、核兵器の廃絶、そして、自分たちの身にふりかかった、あの苦しみを、もう誰一人として味 わう必要のない世界を渇望している」と。 だが、その逆に彼らは、フクシマ原子力災害の後、あるイメージと向かい合わされている:それは、自分たちの故郷 が放射能汚染されてしまったために避難施設で生活し – 線量計をつけて学校へ通い– 健康診断に一生涯、臨まなければならず– そして原爆被爆者と同様に、がん発病率の増加や子孫への遺伝的影響、社会的烙印を恐れている – 女性、子ども、老人たちのイメージなのである。

これらのイメージは、原爆の犠牲者たちが実際に目指している未来とは全く正反対のものを描き出している。臨床心理学者である福島県・いわき明星大学 の窪田文子 (のりこ)教授は彼女の論評をこう結んでいる:「ヒロシマは、70年経った今も放射線被曝の影響と闘っている。だからこそ広島の人々は、自分たちと同様 に、今、放射線被曝と取り組んでいる福島の人々に対して特別な心情を懐いている。」

(日本語訳:グローガー理恵)

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座http://www.chikyuza.net/
〔eye3068:150825〕

子ども・被災者支援法の基本方針改定が閣議決定


満田夏花

本日、原発事故子ども・被災者支援法の基本方針の改定が閣議決定されました。
http://www.reconstruction.go.jp/topics/m15/08/20150825144311.html
2015年7月10日から8月8日まで行われた一般からの意見応募では、1,500件のコメントがよせられました。
このパブコメの内容や対応が公開されないままの閣議決定となりました。
(閣議決定後、パブコメ内容・対応が公開されました⇒
http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat2/20150825093158.html)
~パブコメ出された方は、どう扱われているか、ご確認ください。

今回の基本方針は、線量が低減したとして、「避難指示区域以外から新たに避難する状況にはない(※)」「支援対象地域は縮小又は撤廃することが適当となると考えられる(当面は維持)」「(空間線量等からは」支援対象地域は縮小又は撤廃することが適当」「当面、放射線量の低減にかかわらず、支援対象地域の縮小又は撤廃はしないこととする」した上で、福島県による自主的避難者への無償住宅提供の打ち切り方針を追認しています。

※もともと復興庁が示した基本方針案では、「避難する状況にはない」とされていました。轟々たる批判をうけて、「新たに」と付け加えたものと思われますが、避難者の選択する権利を奪うという本質的な問題は変わっていません。

この閣議決定に関しまして、FoE Japanでは、基本方針の問題点をやや詳細に解説する内容の声明を出しました。以下からご覧ください。

【声明】 原発事故子ども・被災者支援法 基本方針改定の閣議決定を受けて:避難者切捨ての方針で、法の理念に反する
http://www.foejapan.org/energy/news/150825.html

また、被災当事者団体や支援団体などで構成する、「原発事故被害者の救済を求める全国運動」でも、一連の帰還政策や被害矮小化と一体化した、この基本方針改定の本質をつく声明を出しました。こちらもぜひご一読ください。

【緊急声明】被災者切り捨ては、この国の未来の切り捨て。支援法の立法趣旨・基本理念からさらに大きく逸脱した支援法改定基本方針の閣議決定に抗議し、撤回を求めます。
http://act48.jp/index.php/2-uncategorized/30-2015-08-25-07-58-18.html

FoE Japan
〒173-0037 東京都板橋区小茂根1-21-9
Tel:03-6909-5983 Fax:03-6909-5986

有限責任性反対! 日弁連院内集会


海渡 雄一

原子力委員会損害賠償制度専門部会はじまる
海渡雄一です。飯舘村民救済弁護団や福島原発告訴団の仕事を通じて、この事故の被害者の方々の救済と責任を明確にする活動をしてきました。原発事故賠償に関する新たな制度の検討が始まっています。遂に恐れていたことが始まりました。
原子力委員会の下に設置された原子力損害賠償制度専門部会(部会長=濱田純一・前東京大学総長)が2015年5月21日に、初会合を開き、東京電力福島第一原子力発電所事故の教訓を踏まえた賠償制度の見直しの作業を開始しました。
http://www.aec.go.jp/jicst/NC/senmon/songai/siryo01/index.htm
会合では委員から、原子力事故の損害賠償に関わる国の役割や事業者の責任範囲を明確化するよう求める意見が相次いだとされます。

聞かれない、被害当事者の意見
次の原発事故が起きても、電力会社は一定額の保険にさえ入っていれば、それ以上の責任を問われない法的仕組みが作られようとしています。そんな制度を作れば、深刻な原発事故を起こしても、電力会社の経営には何の影響もないこととなります。
この部会には原子力事業者と保険関係者などが集められていますが、このような重大な事項について議論する会合の場に、事故の被害者や今後の事故の潜在的な被害者というべき全国の原発立地地域住民の代表が選ばれていませんし、何人かの弁護士は委員に選ばれていますが、被害を受けた住民の委任を受けて損害賠償
の実務に当たっている弁護士も選ばれていません。

日弁連は有限責任の導入に反対する
日弁連は、2015年7月17日付けで原子力発電所事故による損害賠償制度の見直しに関する意見書を取りまとめ、2015年7月21日に内閣総理大臣、経済産業大臣、原子力委員会委員長に提出しました。その趣旨は、「原子力損害賠償制度において、原子力事業者の有限責任制度の導入に強く反対し、無過失・無
限責任制度を維持することを求める。」というものです。
http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/opinion/year/2015/150717.html

究極のモラルハザードもたらす有限責任制
無限責任を限定することとすれば、電気事業者はその賠償措置額を賠償するための損害保険契約を締結することしか求められず、どのような重大事故が発生したとしても、それ以上の損害の補償を求められることはありません。原子力発電以外に、安全なエネルギーの供給方法があるにもかかわらず、なぜ民間企業の事業にすぎない原子力発電にこのような優遇策を講ずる必要があるのか、合理的な説明は不可能です。ドイツでは過去、有限責任を定めていた原子力損害賠償制度が改正され、無限責任に転換されています。もし今後の議論によって国が無限責任を負うとしても、原子力事業者の無限責任を否定することは、電気事業の市場の自由化が展望される中で、原発の事故リスクを国が肩替わりすることとなり、再生可能エネルギーや天然ガスなどの様々なエネルギー供給業者間の公正な競争条件を阻害することが明らかです。

次の事故が起きても、被害者は最初から切り捨てられる
また、国が無限責任を負わないとすれば、将来、原子力発電所事故が生じた場合にその被災者が本来得られるべき損害賠償額が、定められた賠償負担の上限額によっては、失った財産価値に全く見合わない賠償しか受けられなくなり、被害救済が十分に図られなくなるおそれがあります。
いずれにしても、原子力事業者にとっては深刻な事故を起こしても倒産の危険はないこととなり、原子力災害に対する厳格なリスク評価がされないというモラルハザードをもたらし、ひいては原発事故防止のための対策がおろそかになる危険性すらあります。このように、このような法改正は焼け太りもいいところであって、絶対に容認することはできません。
福島原発事故は、電気事業者の深刻な過失に基づいて発生した人災であり、被害者に対する完全な賠償が行われるべきであることは当然です。福島原発事故による被害は、家族の分断など生活環境の破壊、ふるさとの喪失、地域ブランドの喪失など多岐にわたる、深刻かつ継続的なものである。その完全賠償こそが、望ま
れていました。
日弁連は、事故の損害賠償請求権については、民法上の消滅時効(民法第724条前段及び同法第167条第1項)及び除斥期間(民法第724条後段)の規定を適用せず、消滅時効に関する特別措置法の制定を求め、成立させることができました。

有限責任制が導入されれば、次なる原発の大事故が発生したとしても、被害者の賠償は最初から不可能で、最初から切り捨てられることとなってしまうでしょう。
このような制度が日の目を見ないよう、多くの人たちに議論に加わっていただき、反対の声を上げていきたいと思います。

日弁連院内集会にご参加を!
日弁連では、次の院内集会を開催します。福島原発告訴団の武藤類子さんもアピールのために参加されます。広報ができておらず、事前申し込みがほとんどありません。ふるってご参加を!

 院内集会
これでいいの?!原発事故賠償制限,原子力事業者の経済的優遇策

福島第一原発事故から4年半が経過し、今年7月、経済産業省は、2030年の電力に占める原子力割合を20~22%とする「長期エネルギー需給見通し」を定めました。
他方、電力システム改革も進められており、2016年4月から電力の小売が全面自由化され、2020年には発送電の分離、電気料金規制もなくなります。
原子力事業は投資額が巨大で、廃炉や使用済み燃料の処理処分費用が嵩み、福島事故のように、事故が起これば損害賠償額が巨大になる恐れなどから、苦戦が予想されています。そこで、原子力委員会や資源エネルギー庁の原子力小委員会などで、原子力事業について、事業コストの予測可能性が立ち、それらを確実に電
気料金で回収できるよう、損害賠償に上限を設けることや、英国の制度を参考に、原子力による電気を固定価格で買い取る制度の導入の検討が進められています。
原子力にだけ、このような制度が導入されれば、原発事故の被害者はどうなるのでしょうか。電力システム改革と矛盾しないのでしょうか。
様々な角度から検討したいと思います。ふるってご参加ください。

日時:2015年8月31日(月)
午後2時~午後4時(開場 午後1時40分)
場所:衆議院第二議員会館第1会議室 (千代田区永田町2-2-1)
① 報告
●福島第一原発事故被らみた原子力事故の賠償制度
●電力システム改革と原子力への経済的優遇の可否
高橋 洋(都留文科大学教授)
●原子力と電力コスト(仮題)
大島堅一(立命館大学教授)
②質疑応答・原発立地住民の声
③国会議員からの御挨拶

事前申込み制・参加費無料
[返信先]  FAX:03-3580-2896 日本弁護士連合会人権部人権第二課宛

【お問合せ】 日本弁護士連合会人権部人権第二課(電話: 03-3580-9956)

811再稼働、私達は忘れない


在外邦人と賛同者の 脱原発ネットワーク
 「よそものネット」

声明・811再稼働、私達は忘れない

私達は決して忘れません。

広島、長崎70年の原爆忌の直後に、「311」に対しての再稼働「811」を。

ヨーロッパ各国でも報道されています。非核三原則をヒロシマで言わなかった 安倍は、 痛烈な批判にさらされてナガサキでは言及したと。

民意を無視し、安全を無視し、人の命を軽視し、誰も責任を取らない、事故の避難も保障もできない態勢で、老朽化した川内原発 を再稼働させた公益企業たる九州電力を、私達は決して忘れない。

伊藤祐一郎・鹿児島県知事を決して忘れない。

岩切秀雄・薩摩川内市長を決して忘れない。

この日を、この「811」という日を、私達日本人は、この暴挙を行った安倍、自民公明政権をきっと忘れない。

人類に対して、日本人として、やがて来る大惨事を止められなかった慙愧の念とともに。
2015年8月12日

在外邦人と賛同者の 脱原発ネットワーク
「よそものネット」

日伊の架橋ー朋・アミーチ
スイス・アジサイの会
資料センター≪雪の下の種≫(イタリア・ピサ)
よそものフランス
さよなら原発デュッセルドルフ(ドイツ)

http://yosomono-net.jimdo.com/

第一検察審査会も起訴相当の判断を!検審前行動


福島原発告訴団

東電元幹部らの刑事責任は法廷の場で追及されることが決定しましたが、告訴団はこのほかに、東電の津波対策担当者と旧経産省保安院の津波対策担当者5名について、東京第一検察審査会に審査を申し立てています。
 参考:4.30検察審査会申し立て・激励行動開催!
直接津波対策の現場に関わり、対策を先送りし、握りつぶしてきた当事者の責任を、東電元幹部らと共に法廷の場で追及するために、第一検察審査会の審査員の方々にも要請を続けていきます。

東京第1検察審査会激励行動&院内集会
2015年8月19日(水)院内集会・参加費無料
12:30~13:15 東京検察審査会(東京地裁)前
14:00~15:30 参議院議員会館講堂
・検察審査会議決の解説 等

福島からバスが出ます(片道・往復共に1500円)
・乗車場所・ご連絡先をお知らせください

◆お問い合わせ◆
福島原発告訴団 080-5739-7279
メール:1fkokuso※gmail.com(※ ⇒ @)
カンパ:振替口座 02260-9-118751 福島原発告訴団

問題山積のまま見切り発車の川内原発1号機再稼働を憂慮する


声明:問題山積のまま見切り発車の川内原発1号機再稼働を憂慮する
原子力市民委員会
座  長  吉岡 斉
座長代理  大島堅一 島薗 進 満田夏花
委  員  荒木田岳 井野博満 大沼淳一
海渡雄一 後藤政志 筒井哲郎
伴 英幸 武藤類子

 

1.原発再稼働の強行に至る経緯

九州電力川内原発1号機が、とうとう起動し発電再開へ向けて秒読み段階に入った。これ は原子力規制委員会が設置されてから最初の原発再稼働となる。九州電力関係者にとっては夢にまで見た瞬間であろう。またこれを機に、日本全国で原発再稼働 の流れが定着してほしいと、原子力関係者は強く期待しているに違いない。
川内原発1号機の再稼働への道のりは険しかった。福島原発事故後も設置許可は取り消されず、日本の原発の多くは運転を続けた。しかし定期検査などでいっ たん停止した原発の再稼働は立地・周辺地域の同意を得ることが難しくなった。国民世論を刺激することも関係者は恐れた。このままでは全ての原発が再稼働で きなくなると原子力安全・保安院、経済産業省、関係閣僚らは懸念を抱き、定期検査後の再稼働を承認する正規のルールを確立しようとした。
原子力安全・保安院は当初、この問題を軽く考えていた。津波を原因とする全電源喪失および冷却機能喪失という緊急事態を想定した小手先の安全対策の追加 を電力会社に指示し、それに対する電力会社の報告を受けて再稼働にゴーサインを出そうとした。なお原子力安全・保安院は直ちに対策が整わなくても中長期的 な整備計画が策定されていれば、運転再開について安全上支障がないとした。経済産業省がこの新ルールを適用しようとした最初の原発が、九州電力玄海2・3 号機だった。だが九州電力やらせメール事件が発覚して眞部利應社長が辞任を発表し、この件は白紙となった。

2011年 7月11日、菅直人首相の意向にもとづき関係閣僚は再稼働の条件としてストレステスト実施を指示した。原子力安全・保安院は作ったばかりの新ルールを白紙 に戻し、それに従った。ストレステスト(1次評価)に最初に合格したのは関西電力大飯3・4号機(2012年 2月13日)だった。だがその頃から、原子力規制体制を一新しようとする政治的動きが活発化し、原子力安全・保安院はまもなく廃止されることとなり、スト レステスト方式による再稼働という新ルールはまたも白紙となりかけた。そして2012年 5月 5日、それまで運転していた全ての原発が定期検査に入り、日本の稼働中の原発はゼロとなった。しかし野田佳彦首相は2012年夏、ストレステスト方式によ る再稼働の唯一の適用例として関西電力大飯3・4号機の再稼働を後押しし、2012年 7月 5日から2013年 9月15日にかけて2基が稼働した。
2012年 9月19日、原子力規制委員会が環境省の外局として設置され、その事務局として原子力規制庁が設置された。その際に原子炉等規制法が改正され、バック フィット適合が義務づけられたため、全ての原発は再稼働に当たって新規制基準適合を義務づけられた。この新体制のもとで2013年 7月 8日、商業発電用原子炉に関する新規制基準が施行された。その日の内に九州電力川内1・2号機を含む合計10基の適合性審査の申請が行われ、4日後には九 州電力玄海3・4号機も加わった。3度目の仕切り直しである。こうして適合性審査が始まったが、審査は長期化した。ようやく川内1・2号機が2014年 9月10日に合格とされた。(その後、2015年 2月12日に関西電力高浜3・4号機、7月15日に四国電力伊方3号機が合格とされている)。
だが再稼働までには工事計画認可、保安規定認可、起動前検査をクリアする必要があり、その審査にも時間を要した。ようやく本年 8月、川内1号機が再稼働する運びとなった。適合性審査の申請から実に 2年あまりを要したこととなる。川内1号機は 4年 3カ月ぶりの再稼動となる。同2号機も10月再稼働が見込まれている。九州電力全体でみれば、同社で最後まで運転していた玄海4号機は2011年12月 25日に停止したので、3年 8カ月ぶりに原発ゼロ経営を脱することとなる。長い道のりだったと九州電力関係者は一息つくだろう。
ただ2015年内の再稼働は全国で2基止まりとなろう。原子力規制委員会の設置変更許可が2番目におりた関西電力高浜3・4号機は、福井地裁による運転 差止仮処分決定(2015年 4月14日)により、2015年内の再稼働は絶望的だ。また3番手の四国電力伊方3号機(7月15日設置変更許可)も、工事計画認可等の手続きを半年でク リアし今年中に再稼働するのはきわめて困難だろう。来年以降も再稼働促進への視界は晴れない。おまけに福島事故により日本国民の原発に対するリスク認識は 変化した。事故・事件等により安全上の問題が露呈すればその都度、多数の原子炉が長期停止や、場合によっては廃止に追い込まれる可能性が高い。

くなると原子力安全・保安院、経済産業省、関係閣僚らは懸念を抱き、定期検査後の再稼働を承認する正規のルールを確立しようとした。
原子力安全・保安院は当初、この問題を軽く考えていた。津波を原因とする全電源喪失および冷却機能喪失という緊急事態を想定した小手先の安全対策の追加 を電力会社に指示し、それに対する電力会社の報告を受けて再稼働にゴーサインを出そうとした。なお原子力安全・保安院は直ちに対策が整わなくても中長期的 な整備計画が策定されていれば、運転再開について安全上支障がないとした。経済産業省がこの新ルールを適用しようとした最初の原発が、九州電力玄海2・3 号機だった。だが九州電力やらせメール事件が発覚して眞部利應社長が辞任を発表し、この件は白紙となった。

2.原子力規制委員会の審査は安全を保証しない

原子力市民委員会が今まで再三にわたり指摘してきたように、原子力規制委員会の審査に 合格した原発といえどもその安全性は保証されていない。そのことは『原発ゼロ社会への道――市民がつくる脱原子力政策大綱』(2014年 4月12日発行)、「見解:川内原発再稼働を無期凍結すべきである」(7月 9日)、「川内原発審査書案に対する総合的意見」(8月 4日)、「声明:原子力規制委員会の存在意義が問われている」(9月30日)、「声明:原子力規制委員会が審査書を決定しても原発の安全性は保証されな い」(9月30日)、「見解:高浜原発3・4号機の再稼働は容認できない」(2015年 2月 1日)、「年次報告2015 原子力発電復活政策の原状と今後の展望」(6月 8日)などで述べてきたとおりである。
安全が保証されていない主な理由は2つある。第1は、審査の大黒柱をなす新規制基準が本質的に甘い規制基準であることである。それは大筋において国際水 準に追いついたといえるが、国際水準そのものが、旧式炉を含め既設炉でも合格できる水準に設定されているので、それと比べ大きな遜色のない程度では、災害 大国に住み、福島第一原発事故により大量の放射能を浴びせられた私たちとしては、甘すぎる基準と言わざるを得ない。特に立地審査指針を強化すべきところ、 反対に無効化してしまったことは、従来の安全基準と比べても重大な後退である。新規制基準は事故対策組織を形式的に整備してハードウェアの追加工事といっ た部分的改善を、支払可能なコストの範囲で行えば、全ての既設原発が合格できるよう注意深くデザインされたものであり、実態としては原発設備の本体部分は 既設の設備のままで、重大事故対応の可搬式設備を付け加えて、安全性を強化したと称しているに過ぎない。地震や津波の想定も若干大きめにした程度であり、 簡単な補強工事で対応できる範囲に留めている。おまけに審査に際して新規制基準の弾力的運用がなされている。たとえば火山影響評価ガイド(火山審査ガイ ド)について、姶良(あいら)カルデラからの巨大噴火による火砕流の原発敷地内への到達可能性を原子力規制委員会は認めているが、モニタリングにより予兆 を把握できるという九州電力の主張を鵜呑みにし、合格としている。だが火山学界では巨大噴火についてモニタリングで有効な危険予知ができないというのが定 説である。
第2は、新規制基準の中に、地域防災に関する基準が含まれていないことである。新規制基準がカバーしているのは国際原子力機関IAEAが定める多重防護 (深層防護)の第4層までであり、第5層の原子力施設外での放射線被ばく防護が規制基準に含まれていない。原子力災害対策特別措置法および原子力規制委員 会の原子力災害対策指針の定めでは、敷地外の防災・避難計画は立地自治体(道県、市町村)および周辺自治体(原発から30km圏内にある府県、市町村)に 丸投げされており、原子力規制委員会は地域防災計画作成のための簡単な指針を公表するのみで、防災・避難計画を審査対象としていない。今まで提出された地 域防災計画はほとんどが「絵に描いた餅」であり、とりわけ災害弱者に対する配慮を著しく欠いている。しかも全国および地方(たとえば九州地方全体)におけ る広域的な防災・避難計画は策定されていない。原発過酷事故による放射能が都道府県境を軽々と超え、避難民や防災要員・物資も都道府県境を大規模に横切る ことは、福島原発事故で私たちは経験済みである。

さらに、ここにきて、運転開始から31年以上経過している川内原発1号炉について、運転開始から30年までに必要とされている高経年化(老朽化)審査が 行われていなかったことが明らかになった。九州電力は、2015年 7月 3日に補正申請を提出したが、この補正申請は、設備の変更に加え、耐震安全性評価の追加を含む大幅な変更・追加となっている。主給水配管の腐食減肉評価に おいて0.991と許容値1に対してぎりぎりの危険部位もある。それにもかかわらず、原子力規制庁は九電の評価をほぼ丸呑みにした審査を行い、8月 5日、原子力規制委員会もこれを了承。保安規定の変更申請を認可した。補正申請からわずか 1ヶ月のスピード審査であり、委員会における審議はわずか数分であった。あきらかに再稼働直前の駆け込み認可であり、旧原子力安全・保安院時代にさえ厳格 に守られてきたルールから逸脱するものである。
このように原子力規制委員会による審査は、立地・周辺住民はもとより国民の安全を保証していない。今の規制基準がきわめて不十分なものであり、住民・国 民の安全が十分に保証されるものとなっていないことから、新規制基準による原発再稼働は認められないというのが、原子力市民委員会の見解である。
原子力発電は、他の技術とは異次元の、時間的にも空間的にも並外れて巨大な災害をもたらすリスクを抱えている。しかもその災害の原因究明は放射線・放射 能に阻まれて困難をきわめている。福島事故から 4年 5カ月を経過した現在でも、原子炉システムにおける事故進行の詳細なシナリオは解明されておらず、核燃料デブリの所在場所すら分かっていない。さらに事故 の収束もままならない。事故収束には「止める」「冷やす」「閉じ込める」の3条件が満たされる必要があるが、循環注水冷却システムの「冷やす」機能は不安 定である。また広範囲に飛散した放射能を回収し「閉じ込める」ことは全く不可能である。このように原子力発電は特別のリスクを抱える異次元の技術である。 そのようなものの再稼働を、軽々に判断してはならない。

3.原発ゼロ社会を実現するために

川内原発1号機の再稼働はきわめて残念なことである。しかし原子力発電は、電力会社がその魅力に惹かれて進めている事業ではなく、大き過ぎる経営リスク とそれに由来する種々の難点を抱えていることを承知の上で、国策によって進めてきた事業である。したがって国家政策を転換することができれば途端に立ち行 かなくなる虚弱な体質をもつ。しかもその生産物である電気は他の手段でも作ることができるので、原子力発電は経済社会の必需品ではなく、無くてもよい技術 である。それゆえ主権者たる国民が政策転換のきっかけを創り出すことさえできれば、原子力発電は遠からず廃止されるであろう。このような確信をもって、私 たちは原発ゼロ社会を実現するための調査・研究・対話を地道に進めていく他はない。
そうした取り組みの現在における最大の焦点が再稼働問題である。ここにおいても、市民のねばり強い活動を背景とした国民世論の力が今まで原発再稼働を押 しとどめてきた。仮に、政府や電力会社などが原発再稼働を強引に進めることになっても、そのスピードをできるだけ遅らせ、再稼働にこぎつける原子炉の基数 を少数にとどめることが重要になる。なぜなら原発事故の危険性をそれだけ減らせるとともに、原発ゼロ社会へ向けての政策的な舵取りが円滑に行えるからであ る。原発再稼働をできる限り抑え込むためにさまざまな活動が考えられるが、ここでは裁判を活用することと、立地地域自治体に働きかけることの2点について 述べたい。
第1の裁判の活用については、2014年 5月21日に福井地裁が大飯原発3・4号機の運転差止判決を下したのが記憶に新しい。さらに同地裁は2015年 4月14日、高浜原子力発電所3・4号機について、運転差止決定を下した。それは原告住民側の仮処分命令申立に関するものであり、仮処分が有効であり続け る限り関西電力は高浜3・4号機を再稼働できなくなった。このように福島事故以来、司法の原発への姿勢にも変化の兆しが現れている。
また東京第五検察審査会の議決(2015年 7月17日)も注目に値する。福島原発告訴団(2012年 3月結成)は、福島原発事故による住民被害を刑事事件として福島地検に東京電力関係者、政府関係者、放射線専門家らを告訴した(2012年 6月11日)。それは東京地検で審査されたが2013年 9月 9日に不起訴処分が決定された。そこで福島原発告訴団は翌月、対象者を東京電力幹部6名に絞って刑事事件の申立を行った。2014年 7月31日、東京第五検察審査会は勝俣恒久会長、武黒一郎フェロー、武藤栄副社長の3名(いずれも肩書は事故当時のもの)に対し不起訴不当の議決を行っ た。それに対し東京地検は2015年 1月22日、再度不起訴の判断を示し抵抗した。だが検察審査会はただちに審査を再開し、7月17日に再び3名に対し不起訴不当の議決を行った。これにより 3名の元東京電力最高幹部は強制起訴されることが決定した。つまり原発過酷事故を起こせば刑事事件の被告となるリスクを負うことが明確となったのである。 それは電力関係者にとって恐怖であるに違いない。それは電力会社の原子力発電に関する今後の姿勢に影響を及ぼす可能性がある。

3.原発ゼロ社会を実現するために

川内原発1号機の再稼働はきわめて残念なことである。しかし原子力発電は、電力会社がその魅力に惹かれて進めている事業ではなく、大き過ぎる経営リスク とそれに由来する種々の難点を抱えていることを承知の上で、国策によって進めてきた事業である。したがって国家政策を転換することができれば途端に立ち行 かなくなる虚弱な体質をもつ。しかもその生産物である電気は他の手段でも作ることができるので、原子力発電は経済社会の必需品ではなく、無くてもよい技術 である。それゆえ主権者たる国民が政策転換のきっかけを創り出すことさえできれば、原子力発電は遠からず廃止されるであろう。このような確信をもって、私 たちは原発ゼロ社会を実現するための調査・研究・対話を地道に進めていく他はない。
そうした取り組みの現在における最大の焦点が再稼働問題である。ここにおいても、市民のねばり強い活動を背景とした国民世論の力が今まで原発再稼働を押 しとどめてきた。仮に、政府や電力会社などが原発再稼働を強引に進めることになっても、そのスピードをできるだけ遅らせ、再稼働にこぎつける原子炉の基数 を少数にとどめることが重要になる。なぜなら原発事故の危険性をそれだけ減らせるとともに、原発ゼロ社会へ向けての政策的な舵取りが円滑に行えるからであ る。原発再稼働をできる限り抑え込むためにさまざまな活動が考えられるが、ここでは裁判を活用することと、立地地域自治体に働きかけることの2点について 述べたい。
第1の裁判の活用については、2014年 5月21日に福井地裁が大飯原発3・4号機の運転差止判決を下したのが記憶に新しい。さらに同地裁は2015年 4月14日、高浜原子力発電所3・4号機について、運転差止決定を下した。それは原告住民側の仮処分命令申立に関するものであり、仮処分が有効であり続け る限り関西電力は高浜3・4号機を再稼働できなくなった。このように福島事故以来、司法の原発への姿勢にも変化の兆しが現れている。
また東京第五検察審査会の議決(2015年 7月17日)も注目に値する。福島原発告訴団(2012年 3月結成)は、福島原発事故による住民被害を刑事事件として福島地検に東京電力関係者、政府関係者、放射線専門家らを告訴した(2012年 6月11日)。それは東京地検で審査されたが2013年 9月 9日に不起訴処分が決定された。そこで福島原発告訴団は翌月、対象者を東京電力幹部6名に絞って刑事事件の申立を行った。2014年 7月31日、東京第五検察審査会は勝俣恒久会長、武黒一郎フェロー、武藤栄副社長の3名(いずれも肩書は事故当時のもの)に対し不起訴不当の議決を行っ た。それに対し東京地検は2015年 1月22日、再度不起訴の判断を示し抵抗した。だが検察審査会はただちに審査を再開し、7月17日に再び3名に対し不起訴不当の議決を行った。これにより 3名の元東京電力最高幹部は強制起訴されることが決定した。つまり原発過酷事故を起こせば刑事事件の被告となるリスクを負うことが明確となったのである。 それは電力関係者にとって恐怖であるに違いない。それは電力会社の原子力発電に関する今後の姿勢に影響を及ぼす可能性がある。

第2の立地地域自治体への働きかけについては、少なからぬ自治体が原発再稼働に慎重姿勢をとるようになっている現在において、一定の効果を見込めるもの である。とくに重要なのは原発立地道県や周辺都府県への働きかけである。都道府県レベルの自治体は原子力災害の防止や被害軽減のための行政組織を構築する ことが可能であり、それによって電力会社や政府と、住民の安全確保に責任をもつ立場から交渉を行うことが可能である。今まで原発など核施設の建設・運転に 関して地方自治体は許可・認可の権限をもたなかった。それでも電力会社と安全協定を締結することなどを通して、自治体は実質的な拒否権(事前了解権)を有 していた。とはいえそれは立地当該市町村とその属する道県に限られていた。この両者の首長の同意さえ得られれば電力会社は原発の建設・運転を自由に進める ことができた。だが福島事故により原発過酷事故の被災地域がきわめて広大に及ぶことが改めて明らかになった。それにより周辺道府県や周辺市町村も電力会社 と新たに安全協定を締結すること、あるいは従来の安全協定よりも自治体の権限を強めることを要求するようになった。
今のところ立地当該市町村および立地当該道県以外に、拒否権を盛り込んだ安全協定の締結を実現した自治体はない。それでも立地道県は、住民全体の意思を 尊重する立場に立って住民意見を丁寧に聴取し、それを尊重する手続きを踏むことが可能である。そこにおいて直接民主主義的手法の活用も真剣に検討すべきで ある。鹿児島県の伊藤祐一郎知事は、拒否権をもつのは県と立地当該市町村(薩摩川内市)のみでよいとして、県民意見を丁寧に聴取しないまま早々と昨年11 月 7日に川内原発再稼働に同意したが、あまりにも拙速だったと言わざるを得ない。今からでも遅くはないので、川内2号機再稼働の前に同意を撤回することを勧 めたい。なおできるだけ早期に、地方自治体が原発等の核施設の建設・運転について電力会社等と協議するための法的ルールの検討を進めることが必要である。
以上、原発再稼働を最大限抑制するための2つの手段について述べたが、原子力市民委員会は今後も重点的に、これらに関する調査・研究・対話を進めていきたい。

被ばく70年・ふくしま映画祭


8月22日(土) 会場:文京区男女平等センター

第1部 13:00開場

映画「 福島生きものの記録シリーズ3~拡散 」
群像舎2015年製作・岩崎雅典監督

お話「 決死救命、団結!希望の牧場 」吉澤正巳さん
岩崎監督と吉澤さんの対談
福島裁判・母親原告からの訴え

第2部 18:00開場

映画「 ヒロシマ・ナガサキ 核戦争のもたらすもの 」

広島市・長崎市企画、岩波映画制作、早川正美監督、1982年文部省特選

映画「 チェルノブイリ28年目の子どもたち2~いのちと健康をまもる現場から 」

2015年OurPlanet TV製作、白石草監督

早川監督と白石監督の対談

【資料代】

第1部 成人800円 高校・大学生400円
第2部 成人500円 高校・大学生250円
1、2部通し 成人1200円 高校・大学生600円
いずれも中学生以下無料

【お申込み】

1.映画祭実行委員がチケットを取扱っています。
2.「こくちーず」からも申し込めます。
第1部(午後) http://goo.gl/5SQDRn
第2部(夜)http://goo.gl/JlOunM
第1部+第2部(午後~夜 通し)http://goo.gl/WKfN2H
3.中学生以下は無料ですが席の確保のために申込みをしてください。
4.定員(昼・夜とも150席)になり次第締切ります。

【主催】放射線被ばくを学習する会
E-mail anti-hibaku@ab.auone-net.jp (ふくしま映画祭・宮本090-2671-3609)
【協賛】群像舎、希望の牧場、OurPlanet TV、岩波映像、月1原発映画の会
【協力】放射能からこどもを守ろう関東ネット、たんぽぽ舎、ちくりん舎、チェルノブイリ子ども基金、子ども脱被ばく裁判の会、鴨下祐也(福島原発被害首都圏訴訟原告団)、宍戸俊則(札幌避難高校教員)、荒木田岳(福島大学)、森園かずえ(福島県郡山市)、呉東正彦(原子力空母・市民の会)、佐々木慶子(福島・沈黙のアピール)、崎山比早子(高木学校)、満田夏花(FoE Japan)、瀬川嘉之(高木学校)、村田弘(福島原発かながわ訴訟原告団)、森川清(弁護士・東京災害支援ネット)、高松勇(医療問題研究会)、星川淳(作家・翻訳家)、小倉志郎(元原発技術者)、福武公子(原発被害救済千葉県弁護団)、纐纈あや(映画監督)、柳田真(たんぽぽ舎)、吉田由布子(「チェルノブイリ被害調査・救援」女性ネットワーク)、鵜飼哲(一橋大学)、島田恵(映画監督)、彦坂諦(作家)、舩橋淳(映画監督)、日野川静枝(拓殖大学名誉教授)、青木一政(フクロウの会)、広瀬隆(作家)、岡山博(元仙台赤十字病院)、井戸謙一(子ども脱被ばく裁判弁護団)、井戸川克隆(前双葉町長・福島被ばく訴訟原告)、上田昌文(市民科学研究室)、太田光征(平和への結集)、寺島栄宏(ジャーナリスト)、吉田悌一郎(福島原発被害首都圏弁護団)、豊田直巳(フォトジャーナリスト)、増村聡雄(東京都葛飾区)、鎌仲ひとみ(映画監督)、片岡輝美(子ども脱被ばく裁判の会)、森中定治(生物学者)、坂本建(避難・支援ネットかながわ)、林衛(富山大学)、石川良宣(環境ネットワーク文京)

 

「避難者切捨てはゆるさない」みんなの声をパブコメに!


満田夏花

8/8までパブコメにかけられている「子ども・被災者支援法」の基本方針改定案の見直しについて、先般の政府交渉も踏まえ、パブコメのポイントをまとめました。
自主的避難者の避難の合理性を否定する、ひどい内容で、今後のADRの行方にも関係するかもしれません。
ひとことでもよいので、ぜひ、パブコメを出しましょう!また、拡散にご協力ください。

ウェブには図表もたくさん入れましたので、拡散の際には、下記のURLとともにお願いします<(_ _)>
http://www.foejapan.org/energy/action/150801.html

7月10日、復興庁は、「被災者生活支援等施策の推進に関する基本的な方針の改定(案)」を発表しました。本案は、2015年8月8日17時までパブリック・コメントにかけられています。
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=295150710&Mode=0
今回の改定案は、線量が低減したとして、「避難指示区域以外から避難する状況にはない」「(空間線量等からは」支援対象地域は縮小又は撤廃することが適当」「当面、放射線量の低減にかかわらず、支援対象地域の縮小又は撤廃はしないこととする」した上で、福島県による自主的避難者への無償住宅提供の打ち切り方針を追認しています。

しかし、その根拠は不明な点が多い上、このような改定は、「放射性物質による放射線が人の健康に及ぼす危険について科学的に十分に解明されていない」「避難・居住・帰還という被災者の選択を国が支援する」「健康被害の未然防止」「一定の線量以上の地域を支援対象地域とする」「被災者の意見を基本方針に反映させる」といった「子ども・被災者支援法」の基本的な理念や規定を無視し、避難者を切り捨てるものです。
ぜひ、みなさまの意見をパブコメとして提出してください。パブコメのポイントをまとめました。

意見の提出方法
1)インターネットで(下記のページからフォームで送信できます)
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=295150710&Mode=0
2)電子メールにて…メールアドレス:g.fukko@cas.go.jp 復興庁 法制班 宛
3) FAXにて…FAX番号:03-5545-0525  復興庁 法制班 宛
4)郵送の場合  宛先:〒107-0052 東京都港区赤坂1-9-13 三会堂ビル6階 復興庁 法制班 宛

ファックスまたは郵送で送付する場合の用紙は、以下からダウンロードしてください。
https://dl.dropboxusercontent.com/u/23151586/s29515071003.pdf

<パブコメのポイント>
「避難する状況にない」という決め付けは、被災者の「選択」を国が支援するとしている、「子ども・被災者支援法」の理念に反している。

「子ども・被災者支援法」では以下のように規定しています。
被災者生活支援等施策は、被災者一人一人が第八条第一項の支援対象地域における居住、他の地域への移動及び移動前の地域への帰還についての選択を自らの意思によって行うことができるよう、被災者がそのいずれを選択した場合であっても適切に支援するものでなければならない(第二条第二項)

「避難する状況にない」という決め付けは、根拠がない上、被災者の選択を国が支援する同法の規定に反しています。削除するべきです。

復興庁は「線量が低減した」としているが、線量は十分低減しているわけではなく、いまだに広範囲で汚染が広がっている。

復興庁は2011年時点の実効線量(推計)と、2014年秋の実効線量(推計)を比較して、「線量が低減した」としていますが、「線量が十分低減した」かについては、何も言っていません。
避難区域以外の地域でも年間1mSv以上の地域が多く広がり、5mSv以上に達する場所も少なからずあり。線量が十分低減しているという状況ではありません。
福島県の広い範囲にわたって、「放射線管理区域」相当の場所(4万ベクレル/m2以上)が存在していることを踏まえれば、「避難する状況にはない」とは言えない。

たとえば、「南相馬避難勧奨地域の会」および元京都大学大学院工学研究科の河野益近氏が磐越自動車道のSAやPAでの土壌汚染状況を調査したところ、広い範囲で、40,000Bq/m2を超えており、放射線管理区域で10時間以上の滞在や居住を禁じられている地域の値を示していることが明らかになりました(右図)。このことからも、避難区域以外の場所でも、避難する理由があるといえます。
復興庁が「線量が低減した」として示している実効線量の推定値には疑問が多く、被ばくの過小評価にもつながる

空線量率から実効線量を導くために復興庁が用いている計算式は、室内が室外の0.4、室内16時間、室外8時間に0.85を乗じていますが、たとえば南相馬市の旧特定避難勧奨地点において行われた測定では、屋内の線量は、屋外の線量の0.4~1.4倍となっており、場合によっては室内の線量が室外よりも高くなっている家屋もあります。
このような計算式は、屋内の線量が屋外の線量に近づいている実態に即していません。
また、そもそも実効線量という実際には計測不可能な曖昧な指標を使い、個人で差異がある値を地図上に落とすこと自体に問題があります。

支援法が定める「一定の線量」が示されていない。「一定の線量」を、多くの被災当事者や支援者たちの意見に従い、「年1ミリシーベルト」するべきである。

支援対象地域は、政府指示の避難区域の外であっても、国が支援を行うべき地域として、以下のように定義されています。

「その地域における放射線量が政府による避難に係る指示が行われるべき基準を下回っているが一定の基準以上である地域」(法8条)

多くの被災当事者および支援者が、「福島県および少なくとも年間1mSv以上の地域」を支援対象地域とすることを主張してきました。
それにもかかわらず、復興庁は、2013年の基本方針の策定時に、「一定の線量」を定めず、「相当の線量」と言い換え、支援対象地域を「福島県の中通り・浜通り」と非常に狭く設定しました。
今回の見直しでは、国際勧告や国内の法令に基づく公衆の被ばく限度が年1mSvであることに鑑み、子ども・被災者支援法の理念にのっとって、「一定の線量」を年1mSvとし、福島県全域および汚染状況重点調査地域を支援対象地域とすべきです。

個人線量計の値、しかも平均値を、「帰還できる」という根拠に使うことはできない。

復興庁は、個人被ばく線量の測定値を持ち出し、「支援対象地域内での実施12市町村の直近の各平均は、既に年間1ミリシーベルト以下」としています。
一方、個人被ばく線量の最大値は、二本松市で最大5.22mSv/年、須賀川市で最大1.86mSv/年となっており、決して低くはありません。
いわき市、福島市、伊達市などでは最大値が公開されていません。

・個人被ばく線量計は、避難や帰還、除染といった「場の線量」の管理に使うべきではありません。「場の線量」の管理には、空間線量率や土壌汚染などの指標を使うべきです。
・個人被ばく線量を用いる場合であっても、個人の生活パターンは差が大きいため、「平均値」を政策のめやすにすべきではなく、「最大値」を目安とすべきです。
・全方向からの照射を考慮すると、ガラスバッチは後ろからの照射が体が遮蔽してしまうため、4割程度低くめの数値を表します。

原子力規制庁が、復興庁の求めに応じるかたちで、今年6月25日付けで出した文書は、事実にも、「子ども・被災者支援法」にも、原子力規制委員会が過去に出した文書にも反する。原子力規制委員会は本文書を撤回すべきである。

原子力規制庁が、復興庁の求めに応じるかたちで、今年6月25日付けで、「避難指示準備区域は年20mSvを大きく下回る。支援対象地域は、避難指示準備区域よりも当然にして線量が低い。よって、避難する必要がない」という趣旨の文書を発出しました。
http://www.foejapan.org/energy/evt/pdf/150729_kiseicho_kenkai150625.pdf
しかし、これは事実にも、「子ども・被災者支援法」にも、また原子力規制委員会が過去に作成した文書にも反します。
1) そもそも「子ども・被災者支援法」の中で、「支援対象地域」は、「年20ミリシーベルトには達していないが、一定の線量以上の地域」と定義されています。復興庁、原子力規制庁は、この「一定の線量」を示さず、年20ミリシーベルトを下回っていることをもって避難の必要がないとしていますが、これは、自主的避難者に対しても、国が責任を持って適切な支援を行うとした子ども・被災者支援法の趣旨に反します。
2) 原子力規制委員会の平成 25年11月 20日付文書「帰還に向けた安全・安心対策に関する基本的考え方」では、「国は、帰還の選択をするか否かに関わらず、個人の選択を尊重し なければならない」「避難指示区域外に居住する住民や自主的に避難している住民も、避難指示に基づいて避難している住民と同様に(中略)対応を講じることが必要である」としています。6月25日付の原子力規制庁の文書は、当該文書と矛盾しています。
3) 原子力規制庁文書は、外部有識者の意見も経ず、市民が要請するまでは非開示ででした。「事務連絡」の扱いの文書です。パブリック・レビューを経たものではありません。このような文書を根拠に「避難する状況にない」などということは適切ではありません。

ICRP(国際放射線防護委員会)勧告について、意図的ともとれるねじ曲げをしている。正しい引用を行うべきである。

ICRPの「参考レベル」について「長期的な目標として、年間1~20ミリシ ーベルトの線量域の下方部分から選択すべきであるとしている。」としていますが、ICRP勧告にはこのような記載はありません。

ICRPの勧告では、長期目標はあくまでも「“被ばくを通常と考えられるレベルに近いかあるいは同等のレベルまで引き下げること”(ICRP, 2007,288 項)」と
しており、参考レベルの代表的な値を年1ミリシーベルトとしています(ICRP,publication 111)。

汚染地域内に居住する人々の防護の最適化のための参考レベルは,このカテゴリーの被ばく状況の管理のためにPublication 103(ICRP, 2007)で勧告された1~20 mSv のバンドの下方部分から選択すべきである。過去の経験は,長期の事故後の状況における最適化プロセスを拘束するために用いられる代表的な値は1 mSv/年であることを示している。

意図的ともとれる引用のねじまげは、やめるべきです。

国の責任において、避難者への住宅支援を継続すべきである

改定案では、福島県が、避難指示区域以外からの避難者に対する応急仮設住宅の供与期間を「平成29年3月末まで」としていることを記述し、「空間放射線量が大幅に低減していること等とも整合的」としています。一方で、国としての施策については触れていません。

前述の通り、避難指示区域外にも年間1mSv以上の汚染が広がり、放射線管理区域レベルの汚染を示している場所も少なくないこと、多くの人たちが避難の継続を希望しており、避難先での生活再建のために、住宅支援は必要であることを考えれば、国の責任において、避難指示区域外からの避難者への住宅支援の継続を行うべきです。

法第13条第2項第3項を実現し、福島県外でも健診や医療費の減免を行うべき

福島県による調査で、甲状腺がん悪性と診断された子どもは、悪性疑いも含め126人となっています(うち確定が103人)。その多くが、リンパ節転移や浸潤などを伴っています。昨年4月にはじまった2回目の検査で、1回目の検査のときに問題なしとされた子どもたちのうち15人が甲状腺がんないし疑いと診断されました。甲状腺がん以外の疾病については、調査が行われておらず、全体像が把握されていません。

改定案では、環境省の「東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議」の中間とりまとめを引用し、「今般の原発事故におる放射線被ばく線量に鑑みて福島県および福島近隣県においてがんの罹患率に統計的有意差をもって変化が検出できる可能性は低いと考えられる」と記載しています。
しかし、5月18日に福島県で開催された福島県健康調査検討委員会の席上で、甲状腺評価部会が「わが国の地域がん登録で把握されている甲状腺がん罹患統計などから推定される有病率に比べて数十倍のオーダーで多い。」とする中間とりまとめを提出しています。その理由として、「被ばくによる過剰発生か過剰診断(生命予後を脅かしたり、症状をもたらしてりしないようながんの診断)が考えられる」としています。
専門家会議の「中間とりまとめ」の時点とは、すでに状況が変わっています。
甲状腺がんの多発が確認された以上、福島県外での健診も実施すべきです。

「子ども・被災者支援法」第13条第2項、第3項では以下のように規定していますが、これを具体化するべきです。

国は、被災者の定期的な健康診断の実施その他東京電力原子力事故に係る放射線による健康への影響に関する調査について、必要な施策を講ずるものとする。この場合において、少なくとも、子どもである間に一定の基準以上の放射線量が計測される地域に居住したことがある者(胎児である間にその母が当該地域に居住していた者を含む。)及びこれに準ずる者に係る健康診断については、それらの者の生涯にわたって実施されることとなるよう必要な措置が講ぜられるものとする。(第13条第2項
国は、被災者たる子ども及び妊婦が医療(東京電力原子力事故に係る放射線による被ばくに起因しない負傷又は疾病に係る医療を除いたものをいう。)を受けたときに負担すべき費用についてその負担を減免するために必要な施策その他被災者への医療の提供に係る必要な施策を講ずるものとする。(第13条第3項)