福島の子どもたちの今〜教育現場から

鈴木浩行

フクシマアクションプロジェクト第3回総会より

suzuki0皆さん、今日は。私は郡山から来ました、教員です。鈴木と言います。

2011年の原発事故当時ですが、私は現場を離れていまして、教職員組合の専従ということで、郡山の教育会館にいました。その当時ですが、もの凄い揺れで、コピー機があちこち走り回ったり、向いの屋根から瓦が飛んできたり、道路から水が吹き出てきたりという中で、一緒にいた中地さんが、「原発!」って言ったんですね。そして312日に爆発ということになりました。

私は組合の書記長という立場でありましたので、学校現場に何としても情報を伝えなくちゃならない、ということで学校の方に、情報を伝えるということをやっていきます。

これはFAXの通信なんですが、郡山市内に小学校がおよそ60校、中学校が30校、およそ90ぐらい学校があるわけですけれども、学校にFAXで兎に角、情報を流していこうということを始めました。当時、電話も不通だったんですが、唯一、FAXが何故か遅れた、という状況で(場内爆笑)、FAXを流し続けます。左側にあるのが61号ですが、多分、56号くらいから始まったんだと思います。最初に流したのは315日でした。

suzuki261号は水道水に関する情報で、当然やはり豊田の浄水場(注)から150ベクレル出たっていうことで、広報車がずっと走って回っていたんだけれど、おそらく寒い季節でしたので、窓も閉め切っているし、ほとんどの人が分からない状態だった中で、学校にこういう情報を流しました。

(注)豊田の浄水場: 猪苗代湖から引いてきた水を郡山市に給水するための施設だったが、昨年、閉鎖された

それから、330日の号です。当時は放射線を測定するガイガーカウンタみたいなものもほとんど無くて、運良く手に入ったもので郡山の地域を測ることにしました。図の左側が猪苗代に近い方、右が小野を通って浜通りに向う方角です。真ん中あたり、東北自動車道や東北本線の通っているあたり、その周辺がもの凄く高いということが分かりました。

suzuki3次は4月の27日です。郡山市教委から保護者への通達が出されて、3,7μSvという基準が出されて、「これはおかしいだろう!」ということで郡山市教委に出向きまして、基準の見直しと、慎重な態度を取るようにという申し入れを行ないました。拡大解釈をせず、共通理解を求めての要求でした。

それから次は暫く飛んで、6月になりますけれど、「風評被害」という言葉は慎重に扱うべきだというのを学校現場に流しました。今でもその「風評被害」という言葉によって我々は分断されている面がありますので、当時、この言葉は非常に危険であろうということで、教員の方に流しております。下の方には、年度1mSvの計算はこういうふうになってますよ、というふうな放射能の情報であるとか、色んな知識であるとか、そういうものを学校現場に届けました。

suzuki4623日です。文科省で発表されたデータを学校に送りました。一番上の行に、数値が付いていますが、事務所の前のところで毎日測定して、その日の移り変りですとか、毎日、せっせと流し続けました。

145号は「突然アラームが!」という見出しで、線量計を買ったところ、そのスイッチを入れた途端に鳴り出したわけなんです。向こうの基準が0,3μSvだったんです。そういうことで、そういう衝撃的な中身を現場の方に流して、2学期の体育であるとか、生活科であるとか、その他の活動であるとか、学校行事であるとか、栽培活動であるとか、除草についてはいったいどうなんだ、ということで、慎重な内容を学校に求めるように、現場の方に流しました。

suzuki5夏休みを過ぎて、826日、奉仕作業とか、そういう時期が学校現場に押し寄せてきます。県の方で出された資料を、「こういうふうにするんだよ」っていうことで、現場の方に流しました。実際、放射線のことについて一般の方はほとんど知識がありませんでした。で、本当にマスクもせず、肌を露出して、そういうような活動をする動きがありましたので、現場には慎重に慎重を重ねて下さいというお願いをしたのです。

その3日後ですけれども、福島県の小中生園児17 651人が、転向した、というような数です。

suzuki695日、文科省がセシウム134137の濃度の合計を出します。ところが、濃いところがあるんだけれども、ある範囲から先は公表されなかったんです。その先はいったいどうなっているんだろう、ということですね。ぜんぜん分からない、という状態でした。

その後、郡山の事務所で、表面汚染土の測定のできる、ベクレルの測れるものを買いまして、これも5台くらい買いました。それで支部の周りの表面汚染について調べて、「こういうところが高いですよ」というような中身の内容を送りました。

で、学校現場の状況ということでありますけども、私の勤めているのは谷田川小学校(郡山市田村町谷田川)です。郡山市全体としてはだいたい、0,1μSvくらいで推移しているんですが、私の勤めている学校のあたりは、2011年の34月当時は、線量が高くて、だいたい0,40,5μSvくらいだったろうと思います。

実はその次の年からこの学校に赴任するわけですけれども、低い線量ということもありまして、保護者、それから子どもの意識というのは、町の中心部と比べると、低いというような状態でした。

suzuki7次は、現在私が勤めている学校の通学路の線量率です。Hot spot finderという機械を使って、730日頃ですね、20kmくらい歩きました。5時間くらいかけて、ズーッと歩いて、測定してきました。除染してません。その中で、高いところで0,2μSvくらい。0,3μSvというのも1個所あったんですが、田圃の中の、水が集まっているような泥のあたりですね。後は平均すると0,1前後ということです。

suzuki8一方、郡山の中心部です。郡山3Aさんというところが造られた資料を持ってきたのですが、開成山公園のところへ行きますと、今でも0,60,7μSvというような状況だということですね。

学校現場で今も問題になっていると思われるのが、やっぱり、最初からあった「線量率の差」っていうのは非常に多きくて、それは国の中もそうだし、県の中もそうだし、市町村でもそうだし、地域の中でもそうです。

それから「不安」「知識・情報の差」….こうしたもので、我々が分断されてはいないか、って思っています。意識の違いがいっそう拡大していて、不安から防御するために、まあ、原発事故の当初は、非常な高ストレス状態でしたよね、我々。そうしますと、そういう高ストレス状態がずっと続くと限界に達して、「だいじょうぶ」だっていうようなことを選択する方もたくさんいたのではないかなと思います。

今、ダンダンダンダン、原発事故のことが、現実のことが忘れられて、過去の出来事のことになりつつあったり、それから「不安」と言えないというような気持。言うとどうなるか分からない、そういう状況も実は生まれていて、この分断はよりいっそう進んでいないかなっていうふうに思います。

それから、学校現場で言いますと、学校行事の平常化です。野外活動もそうですし、運動会、栽培活動、そういうものが、普通に行なわれる。行なおうという動きがドンドン進んでいるところです。

原発事故の記憶のない子どもたちが入学してきました。小さな頃ですので、ほとんど記憶のない子どもですね。これからは原発事故の後に生まれた子どもたちが学校現場にドンドン入学してくるようにもなります。

それから、食の平常化です。ほとんど測定されることのない畑の野菜。私のところは本当に田舎ですので、じいちゃんばあちゃんが、畑で作ったものを食べていたり、前と同じように渋柿を剥いて、干し柿にしたりとか、そういうような状況も生まれつつあります。測定する場所はたくさんあっても、そこを活用して測定するようなことは、恐らくほとんどない、あるいはごく少ないというような状況であります。

これから私たちは色々注意して見守っていかなければならないんですが、まず、学校現場に落ちてきたものは、まず、震災前は「わくわく原子力ランド」っていうのを文科省が配ってましたね。「絶対事故にならない」っていうのをドンドンドンドン宣伝してましたが、原発事故後は最初は「放射線について考えてみよう」っていうものが出されて、放射線について書かれたものですが、これにはかなり批判が多くて、その後、2014年の228日に新しく「本年度から新しく使ってもいいですよ」っていうことで、「小学生のための放射線副読本」が出されます。

その中身なんですが、イラスト入りで色々書かれています:放射線から身を守る方法は「放射性物質から離れる 」って書いてあります(会場爆笑)。まあ、我々は離れると近付くといった状態、離れたはずが、より高いところ場所だった、というようなことだったですよね。

それから、内容的にはやっぱり、「福島のことじゃない」っていうことです。これはつまり全国向けなんでしょう。福島以外の人たちもこれを使って学習しなさいよ、っていう中身でありまして、福島県では到底、使えないと思っています。

suzuki9それから「退避・避難をする時の注意点」なんて書いてありますけれども、こんな感じじゃないんですよね、あの当時を思い起こしても。もっともっと緊迫感があったし、もっともっと長い間、苦しめられたし、っていうことであって、こんな簡単にイラスト付きて書かれるような中身ではないです。

それから、政治的な判断で、充分な公平性もない、一方的な政治的な情報の取捨・選択によって書かれた内容だと思っています。政府・電力会社の責任にも触れられていません。事故後の廃炉問題、放射性物質についても、いっさい、記載はありません。そういうことで、私たちはやはり、放射線教育っていうのは、これからは人権教育も含めたうえで、そういう視点を持ってですね、学校現場の子どもたちとですね、一緒に学ばなくてはならないな、とい思っています。

どうも有難うございました。


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