「復興」は虚ろな言葉にしか聞こえません

武藤類子

2013年4月7日、パネルッディスカッション「女たちの力でネットワーク」より

今日は。

昨年の12月に野田首相が収束宣言というのを出されましたけれども、何も終っていないっていうのが福島県の中の人間の共通の思いだっていうように思っています。それで、一年たって、さらに色んなことが起きてきているので、そのことをちょっとお話ししたいと思うんですけれども、まず最近、3月くらいから地震が凄く多くなってきて、結構、揺れるんですね。

それにやっぱり4号機のことがもの凄く皆、不安に思っています。4号機、少し建物が傾いていて、そこに補強材が入っている状態ですけれども、また大きな地震があって、あれが崩れた時にどうしようっていうのは本当に皆、思っています。で、私も、皆もだいたいガソリンを満タンにしているんですね、いつも。何かっていう時に逃げられるように、私の家では避難箱を一人一個ずつ持っていて、皆、大事なものを入れておいたりとか、そんなふうな状況でいます。

そういうふうな状況でいる一方で、「復興」っていう言葉がね、1年たったら出てきました。「復興」っていう言葉があるんですけれども、どうしても私にはひどく虚ろな言葉にしか聞こえないんですね。で、復興が何とセットかっていうと除染っていうのとセットになっているんです。

で、除染っていうのは放射能を無くすことなんですけれど、無くなりはしないですね、どうしてもね。すぐに事故の後に、沢山の方が入られて、除染の研究をしています。色んな実験もしているんですけれども、ここ1年たって、だんだん私たちの中にあるのは、まあ「限界がある、無理じゃないの」っていうふうなね、そういう言葉が徐々に増えつつあるんですね。

確かに子供がいる学校とか通学路とか、そういうところをしなくてはならないっていう緊急性はあるんですけれど、山であるとか、まあ私のとことでも山を背負っている家なんですけれども、そういうところで除染をしても、また、一旦下ったのがまた上がってきているっていう、そういう状況です。

で、屋根の上を除染してもその水が今度は側溝に入って側溝の泥が、その放射線量が上がっているとか、そういう状況なんですね。本当に、もしかしたら、無理なんじゃないかっていうのがこう、段々、言われている感じがします。
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それから、その、除染をするから、もう大丈夫だよっていうことで色々、「帰村宣言」とか、そういうのが出されて、もう「帰ってこい、帰ってこい」っていう、そういうメッセージが出されてきているんですね。それで、遠くに避難している人のところにも直接、村長から電話が入って「もう大丈夫、綺麗になっているんだから、帰っておいで」っていうようなことが言われていますね。

それで、でもその村で、小学校を再開するために親たちが一所懸命除染しているんですけれども、皆、もの凄いマスクをして、白い防塵服を着て、必死になって工事をしているっていう、そんな状態なんです。

そしてまあ、色んなことが本当に起きていて、食べ物のことなんかも、1年たって基準値が今度、下がっていくから、最近では100ベクレル以上ですっていのは報告されているんだけれど、今までは500ベクレル以下のものは、以下っていうことで流通していたわけだから、それについて色々、数値が出ているけれども、そのことについて表示さてるとかそういうことがなかったわけですね。その間に本当に沢山の内部被曝っていうものが起きているんじゃないかっていう、そういう怖れがあります。

それから「安全キャンペーン」っていうのがあったんですけれども、放射線健康管理アドヴァイザーていうんですか、そういう長い名前の方が事故後すぐに来られたんですね、福島県に。そして沢山の講演会、そしてテレビにラジオ、そして「市政便り」とかで、まあ、「安全だ、安全だ、大丈夫だ」っていう、そういうキャンペーンを張りました。そういう表立ったキャンペーンはあんまりなくなったんですけれど、今度は小さい公民館の集りであるとか、ガンノコクミツノ集会であるとか、そいういうところの4番目くらいの人が今度は出てきて、やっぱり繰り返し安全キャンペーンっていうのは、規模と姿を変えてなされているっていう状態です。

本当に国はもの凄く莫大なお金を除染に投入しました。それで除染のための業者ていうのが、もう沢山、入り込んでいるわけなんですね。その方たちがいわき市であるとか、警戒区域以外のちょっとした大きな土地に群らがって、ちょっと賑わっているっていうそんな感じのような状況で、原発城下町は今、いわき市にあるっていうか、そんな感じもあります。

それから、そうですね、その除染に関してやっぱりお金がどんどん来るので、皆やらざるをえなくなるんですよね。ただ、どんなふうな除染が効果的かとか、どういう規準でどういうふうにやりなさいとかが何もなくて、みんなバラバラにされているので、どんどん、国、県、町、そして地区っていうふうに丸投げされているから、まあ、皆しょうがなくてやるっていう人もいれば、なんの防護もしないでやる人もいるっていうそんな状態だけれども、皆が出る地区の除染作業に出ないわけにはいかない。そういう感じも出てきているんですね。

遠くに避難している人に電話がかかってきて「明日は地区の除染の作業だけれど、まさかきれいになったところに帰ってくるんでねえべない」って。そういうことがね、言われたりするんですね。でも、それがやっぱり同じ被災者で残っている人も辛いんですよね。その作業すること。「皆やっているからやるけれど、本当は自分たちだって嫌だ」っていう思いをもつと思うんですよね。

そういう生きにくさっていうのがもの凄く深まっています。まあ、食べ物についてもそうですし除染についてもそうだし、避難とか保養についてもそうだし、あの、地元に残っている人たちの間で、避難とか保養とか放射能に関する怖さとかそういうことを口にすることが、凄くしづらくなっているというような状況があって、人々の分断っていうのが本当に微に入り細に入り、色んなところに知らないうちに放射能が入り込んでいるのと同じように、その分断が入り込んでいるっていうそういう感じが、もの凄く今、しています。

そしてやっぱり一年たって、上滑りっていうか、内実のない復興だけで「復興!復興!」って騒がれるので、皆やっぱりそれをしなくちゃいけないんじゃないかっている思いになるわけですね。で、この間、びっくりしたんですけれども、栃木県の中学生がいわき市の瓦礫の片付けにボランティアに来たっていう、20人ぐらい来たっていうのがテレビのニュースで流れていたんですね。本当にびっくりしました。

いわき市っていうのは、原発から南に30キロから50キロくらいの間にある大きな市なんですけれども、そこが本当にたくさんの放射性物質が降った地域でもありますし、まあ、今は線量は低くなっていますけれどね。でもん例え放射能がなくなっても瓦礫の中っていうのは沢山の化学物質であるとか、アスベストとかそういうものがあると思うんですね。そういうものを復興という名のもとに中学生に瓦礫の片付けをさせるという。子供たいは何かしたいという思いで多分、来ると思うんだけれど、本当に大人のすることをさせていいんだろうかということを感じました。

で、皆でやはり1年くらいたって、色んなことを常に常に選択を迫られているので、疲れてくるんですね。そして、次第にもう放射能に対する警戒を不図、手放したくなるっていう瞬間があると思うんですね。段々もう、聞きたくない、そういうことに心を向けているのがあまりにも辛くなってきているっていう、精神の限界みたいな状況に来ていると思います。

ついこの間も私の友達から、色んな保養の情報とか色々流れていましたけれど「もう言わないで」って言われてしまったんですね。聞きたくないっていうふうに言われて。そういうふうに今まで親しくしていた友達の間も分断されていくっていう、そういう状況だっていうふうに思います。

本当にの1年、この国がやってきたこと、そして東京電力の怖るべき無責任ぶり、そういうものに日々、傷付いて、無力感に襲われているっていう、そういうのが現実の状況だって思います。


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