翼をください

渡辺ミヨ子

「経産省テント裁判第3回口頭弁論報告集会」(2013年9月12日参議院議員会館)より

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私は阿武隈の山の中で生まれて育って、そこからたいして出たこともなくて、この原発事故以来、東京に何度も来ました。福島が汚されてしまったものですから、それでテントで心身ともに助けていただいて、今日に至っております。それで、テントは本当に私たち、福島県民にとっても私たちにとっても、大切な、守っていただかなければいけないものです。どうか、今後とも、よろしくお願いします。

それでちょっと私のこの原発に対する、その….私は小さい時から…私の母親は無口で子どもたちには何も口喧しいことは言って育ててはもらえなかったんですけれども、「正直は一生の宝」「信用に勝る財産なし」と口癖のように私たち子どもに言って育ててもらいました。

そのためかどうか、私は嘘を見抜くのがとても得意で…それで、この原発政策は私は始めから嘘をついて…こんなに嘘と偽りと隠蔽体質で築き上げられる、その原子力発電所っていうものに…こんなものが作られて日本を救うはずがないって…嘘は「信用に勝る財産なし」って言われるように、嘘を言って信用を失くすから、すべてが失くなってしまう。私は「日本の未来は本当に暗いものになってしまうんだな」と、本当に悲しくなります。

一方、総理大臣が…あんなに上手に議会に行って嘘をつける大臣が…そういう日本は世界から信用されなくなりますし、そのために日本人は大損をするのではないかと思います。

で、私、ちょっと今、日本人って昔から権力者によって、同じ闘いやら…嘘と偽りの政治っていうのは、昔の白虎隊の時代もそうですし、徳川家康の時代もそうですし、大河ドラマを見てますが、本当に同じことが繰り返され、その度に弱い人たちが犠牲になり、総出で闘って残った人たちが勇者になってきましたね。

そしてこの前に第二次世界大戦の時も、今回の原発事故と同じように、国民に対しては「この戦争は勝つんだ」「絶対、負けることはないんだ」って嘘を言って、どんなに負けても負けても最後の最後まで嘘を言って、負けた戦争だったと私は思っています。そういう権力者による嘘と作り事で、国民を騙して築き上げられる…「今の原子力政策も同じだなあ」って私は見ています。

そして今、汚染水の問題が言われていますが、私たちはあの原発事故が起きた時から、冷やさなければいけない、それこそ一日に何百トンという水を使って冷やさなければいけない原子力発電所が4基も壊れて、それを全部、冷やさなければいけない…膨大な水が海に流れないはずがないって思って見ていました。

そしてそれをズウーッとまるで収束したかのように言われてきて、今になって大騒ぎしていますけれど、あれは始めから漏れるのが当たり前、放射能が高くなっていくのが当たり前だって、私らは思ってました。誰が素人が考えたって、あんなおっかないものを作って、誰も手に負えられなくって、地元の人たちが…私の知ってる人も大勢行って、働いています。それなのに、あたかも何もなかったような顔をして政治家は原発を再稼動させたり、また外国に輸出しようとしたりしていることに、本当に、もうこの日本の国は御仕舞いなんだなと思って、考えます。

ちょっと私が、一番、大事なことと思っていることを、書いてきましたので、見ながら申し上げたいと思います。

今、福島圏内各地で行なわれている、除染という名の下に行なわれている、5センチ以上の土が剥がされて、袋詰にされています。大きな袋にミミズごと詰められてしまい、福島県人は放射能に汚れた土が憎い。草が憎い。木が憎い。ただ黙ってそれを見ています。庭の草花も大切な花木も昔から先祖代々守ってきた家を風雪などから守ってきた大きな木が誰の情け容赦もなく切り刻まれて、袋詰にされてしまうのです。

放射能という怖ろしい毒物は人々の心をも、憎むべき相手を間違えるほどに狂わせてしまうのです。その点でも、この世界で、もっとも怖れなければいけないものであると、私は思うのです。この毒物が眼に見えなく臭いもなく、見た眼には何でもないために様々な臆測を生み、人々の心を分断していくのです。

この核を作る元になったラジウムを発見しノーベル賞を貰った、キューリー夫人の本を私は改めて読み漁っています。キューリー夫人は人類のためになることだけを信じ、そのために自分の体が蝕まれていってしまったことに気付かずに、死んでいったと言うのです。

放射能で家族の体が蝕まれ、冒されていっても気付かずに、ノーベル賞だけを貰って逝ってしまった。私たちにとってはとても悲しいことの始まりだったのかも知れません。しかしそのノーベル賞を、2度も取ったと言われるキューリー夫人が、亡き人となって何年過ぎると言うのでしょう。今、世界はその頃とはまったく違う状況の中にあるのです。今は生きる科学者はまずそのことを心に止めるべきでしょう。

私は地球、母なる星という素晴しい本に十数年前に出会いました。1984年にフレデリック・ホイルという宇宙飛行士は「宇宙から撮った1枚の地球の写真、それが人の目に触れる時、それまでになかった力強い考え方が解き放たれる」と言っています。その予言があってから60年以上経ちました。何十ヶ国の何百人という人たちが宇宙に飛び発ったのです。その人たちが、美しく、しかもいかにも壊れ易いこの地球という星を宇宙から眺めて、考え方が根本的に変ったという人がたくさんあります。そして、自分と地球、宇宙の中の人間の位置について考えなければならないのです。

昔から日本人が繰返し行なってきた同じような闘い…始めは地域で闘い、そして日本の中で国盗り合戦のようなことを行ってきたのです。

我が家のために命を賭けた、お国のためにと言っておられますが、せっかくの尊い命も偉大な考え、働きも、いつも終りには多数の人の命を奪い、若者が、自ら命を断つような行為に走る、走らなければならないということは、どんなに科学が進んでも、繰返される。現代社会を生きる人間がそういうことを行うことは、地域の損失であり、国家の損である。限りある資源の中で生きる人類、地球人の損失であることを、しっかりと自分の心に教えることが、この素晴しい宇宙に二つとない美しい地球を生きる人類の役目ではないでしょうか。

今朝のニュースで、福島原発の汚染水の問題でトリチウムが1日あたり10万ベクレル、別のところでも9日に29000ベクレル、翌日には64000ベクレル。日に日に放射能による汚染度は上がるばかりです。そして誰も近寄ることができなくなるのではないかと思います。

4基もの原発が爆発して、メルトダウンし、毎日、膨大な放射能が今でもあること、そして当たり前でさえ危険なものが爆発して壊れてしまったら、安全にすることが果して人間にできることなのかも、疑われます。それでもゼネコンはそれを金儲けにしようと目論んでいるとしたら、それこそが人類の危機ではないのか。

私は、「翼をください」という歌が大好きです。ちょっと、ここで歌ってもいいですか?

tubasamiyoko

これが今、私たち、福島県人の願いです。


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