怒って、怒り抜きましょう!

村田弘

福島原発告訴団の集会「強制捜査はまだか!」(2013年8月4日、いわき市文化センター大ホール)より

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村田と申します。私は小高から、神さんと猫で避難して、今、横浜に住んでます。

しかし、河合先生、歌、上手ですねえ。実は河合先生にも入っていただいて、市民の立場からこの原発の問題を裁くという、「原発を問う民衆法廷」というのを去年から今年にかけて1年半ほどやって参りまして、10回…全国を回って10回ほど公判を開いて、先月の21日に一応、最終的な公判を東京で開きまして、原発は廃止…原発と核はまったく裏表のものであって、我々これから、原発禁止条約を作るべきだというような勧告をいただいて…あの、地方でも、原発禁止という条例を作るという運動を進めようじゃないかというような、勧告を出していただきました。

それに先立って、去年の5月の20日に郡山で開きました、3回目の法廷ではですね、今、問題になっている東京電力、さらには当時の政府、菅直人さん以下ですね、主立った幹部と、例の班目先生を始めとする原子力関係者について、明かに公害罪法と業務上過失致死傷罪で有罪である、というような判決を、実は出していただいているのです。

これは河合先生もこの法廷のですね、検事並びに原告団長になっていただいておりまして、先程、話されたような非常に明快な論理で追及された結果の、ま、市民の判断であったかと思います。

しかし現実は何と遠いことか、ということを今、染々感じておるところです。あの…ずっと色々な活動を見てますと、女性は大変元気で、ぼくは本当に羨しいですが、男は弱いんですかね。ぼくは最近、ちょっと疲れたなあ、っていう、何か非常に重い…体が重いっていう感じをよくしてます。

で、さっき電車の中で、数をこうやって(指折って)数えてみたんですけれど、2年5ヵ月っていう、まあ、避難してから876日くらいになるんですね。で、何で疲れたのかって、改めて考えてみると、これは生活が成れないとかいう単純な話ではなくて、先程、広瀬さんなんかにご紹介していただいたような、本当に信じられないようなことが毎日毎日、出てくるわけですよね。まあ、我々の直感としてはこういうことはあり得るだろうということは分ってたことが、一つひとつ、思てに出てくる、それを受け止める、それに対して怒りを感じる…この怒るっていうことが、たいてい疲れるんですよね。

まあ、一日3回、怒ったとすると、2700回くらいになるに至っているわけですから、まあ、疲れるのあたりまえだなあ、と思ってこの会場に来たような次第です。

この間、偶々ですね、「馬追い」が本格的に再開するっていうんで、横浜で脱原発関係の運動を一緒にやっていた方をご案内して、3日ほど故郷に帰ってきました。まあ、その時に霊山町ですね、小国町、あそこに里山学校の関さんに誘われてちょっと行ってきたんですけれども、あそこはもう既に除染、町ぐるみ除染が終ったということで、住民が帰ってくるようにということを必死になってやっているようなんですが、驚いたのはですね、その除染が終ったら、さっき広瀬さんの話のスライドにあったような、フレコンバッグって言うんですか、あれがまあ、あちこち積んであってですね、で、1カ所、それを見に行ったわけです。何と、そのフレコンバッグの下から草が生えているんですね。もう、突き抜けているんですよ。それも、里山のど真ん中ですよ。

それで一緒に行った方が測ったら1,98μSvです。あの綺麗な里山で、「もう除染が終った、皆、帰ってきて生活をしましょう」っていうところの現場の今の状態がそうなんですね。

それだけじゃあなくて、小国町だけじゃあなくて、川内村にしろ都路にしろ、皆今、「お帰り!」と言っているところの現実は、そういうことだと思うんです。

さっき、河合先生が大変上手に飯館村の歌を歌われましたけれど、浪江町の駅前にもね、足でこう踏むとね、「高原の駅よさようなら」っていう歌が出てくる、あれがあるんですよね。

だから、そういう町っていうのが、そういうのが本当にまとめてこういう悲惨な状況になっているっていうことを…やっぱりこれは怒んなきゃあ駄目です。怒って、怒り抜かなきゃあ駄目だと思います。怒り抜きましょう。

それで、今、賠償の問題も含めてですね、ま、当然、それだけではなくて、この国の人々もかなり露骨になってきていると思います。子どもたちの甲状腺のあれだけのことも無視しながら、何とブルドーザのようにもう一回、再稼動に進むという姿勢ははっきりしていると思うんです。

で、あの、向こう側と言いますか、進める側、しかもその背後にはもっと日本だけではなくて、バックにいる大きな国際的な力が働いて、我々のこういう現実をですね、踏み潰そうとしているのは現実だと思います。それをしっかり見極めたうえで、やっぱり一歩一歩、苦しいけど、怒る。怒って、その怒りをエネルギーにして、これからもやっていきたいと思います。

去年でしたか、武藤類子さんが関西の方でお話しされた炭火の話っていうのが私、いつも思い出すんですけれど、最初はカッカと赤い色を出して燃えると。しかし、本当に一番、熱を発するのは、その赤い部分が消えて白くなった時だと、こういう話を聴いて、それをずっと考え込んでます。確かに一番熱いのはその燃えて白くなった、その炎が白くなった時だと思うけれど、放っておくと灰になって終っちゃうんですね。終ってしまっては駄目だと思います。

エネルギーを次々と補給しながら、何時までも熱を発して、この恨みと言いますか、現実をですね、引っくり返すまで、皆さんとともに、微力ですが頑張っていきたいと思います。よろしくお願いします。


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