「朝まで生テレビ」フォローアップ:日本のプルトニウムが、なぜ問題なのか


川崎哲

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7月24日の「朝まで生テレビ」における私と青山繁晴さんとのやりとりを踏まえ、日本の保有するプルトニウムが核兵器に転用可能かどうかという問題に注目が集まりました。私の先の投稿に 対しては、本当に多くの反響をいただきました。本当に多くの方々が読んでくださり、反応をしてくださったのは有り難いのですが、反応コメントの中には読む に耐えないものも多かったことは残念です。私について悪く言うこと自体は、そうされたいなら構いませんが、コメントの中にはプルトニウムの問題と濃縮ウラ ンの問題を明らかに混同しているような初歩的な誤りをしている方もいらっしゃいました。人のことを悪く言う前に、ご自身のよって立つところをしっかりと確 保していただきたいと思います。

くり返しになりますが、日本の保有するプルトニウムが、その純度や組成にかかわらず、核兵器に転用可能なものであるということ自体は今や国際常識であ り、「そうでない」というふうに(青山繁晴さんのように)主張されるのであれば、主張されること自体は自由ですが、そういう主張をする人々の方に立証責任 があります。原子炉級プルトニウムでも核兵器を作ることができるということは、米政府や国際原子力機関(IAEA)までもが認めている事実だからです。 30年前ならいざ知らず、今どき「原子炉級では核兵器は作れない」と主張して耳を貸してくれる専門家は、日本の外には不在だと思います。

このたび、田窪雅文さんのウェブサイト「核情報」で、原子炉級プルトニウムの核兵器への転用可能性に関する資料整理が発表されました。こちらです。疑問に思う方は、ぜひご確認ください。

その上で、なぜ私がこの問題にこだわっているのかを説明したいと思います。私の投稿にいただいたコメントの中には、「仮に理論上、日本のプルトニウムで 核兵器が作ることができるとしても、実際には作らないだろうし、作れないだろう」というものがいくつかありました。それは重要なポイントですので、私なり の考えを述べたいと思います。

日本が保有する47トン以上のプルトニウムがもたらす問題は、以下のように整理できます。

1.日本が核武装するのではないかとの疑念を持たれる。
2.日本のプルトニウムが盗難や攻撃などの「テロ」の対象となる。
3.日本がそのようなプルトニウムを保有していられることじたいが、他の国々に対してプルトニウム保有を正当化する口実を与える。

1について、私は、日本が今日現実的に核武装を検討しているとは思わないし、政治的また技術的、経済的理由も含め、 核武装をするという選択肢をとらないだろうと考えております。核物質で理論上作れるということと、本当に作るということには、大きな距離があります。その 意味で、私の先の投稿に対するコメントの中で「実際には作らないだろう」というご指摘は的を射ていると思います。

それでもなお、私は、さまざまな国際会議への参加等を通じて、多くの国々の人たちが、日本の核武装シナリオということを非常に心配しているという現実に ふだんから接しています。そのような対日本イメージがある中で、「核武装をしようと思えばできる」という状態を維持し、利用目的の説明のつかない大量のプ ルトニウムを保持し続けることは、日本の外交にとって大きなマイナスだと思います。とりわけ昨今、無責任な一握りの政治家たちが、これら核物質をもつこと が「潜在的な安全保障上の抑止力」などと発言するのをみるにつけ、そのような言動は国際的に日本の信用を失墜させる行為だと思います。

さらに私が強調したいのは、上記2と3です。仮に日本自身が非核兵器へのコミットメントを完全に維持したとしても、日本の核物質管理は万全なのか(上記2)。米国では、核兵器に利用可能なプルトニウムなどの核物質は、そもそも核兵器と同水準の防護体制で管理しています。日本の六ヶ所村では、そのような管理体制はとられていません。それで果たして、核テロ防止上、大丈夫なのか。

そして最大の問題は、日本が利用目的の説明のつかない大量のプルトニウムを保持しそれが許されている状況が続くのなら、「日本が許されるのなら、我が国も」という主張が台頭することを避けられません(上記3)。 たとえば隣国・韓国では、日本と同様の再処理技術を持ちたいという議論が大変な高まりを見せており、それが韓米交渉にも影響を与えています。日本の姿が、 潜在的な核拡散を許容するものとして口実に使われていく。このような危険性に対して、私たちはもっと敏感になるべきではないでしょうか。

つまり、日本のプルトニウム政策が、核テロや核拡散の温床になりうる。そのことを問題にすべきではないか。なかなか難しい問題なので、「朝まで生テレビ」の番組内ではうまく表現できませんでしたが、そういうことが私の中心的な主張でありました。

なお、「ではどうすればいいのか」というご質問に簡潔にお答えしておきたいと思います。

第一に、これ以上保有プルトニウムを増やさない。そのためには、核燃料サイクル政策を凍結し、六カ所村の再処理工場を稼働させないという政治的決定をすべきです。

第二に、使用済み核燃料を再処理に回すという政策をやめるべきです。とはいえ、最終処分場問題が解決するまでに相当の時間がかかるでしょう。それまでの 間は、各原発施設内で、乾式キャスクを設置して使用済み燃料を、たとえば50年とか、長期的に安全に保管する道をさぐるべきでしょう。

第三に、今までにため込んでしまったプルトニウムについては、固化して処分する方法を追求すべきです。欧州におかれている約37トンについては、政治的・経済的取引をして、欧州で引き取っていただくのが現実的だと思います。

以上、プルトニウムと核テロ、核拡散のつながりは、原子力発電そのもの対する賛否の議論以前に、「核兵器問題として」考えるべき重要な問題だと思っています。

川崎哲のブログ
http://kawasakiakira.at.webry.info/201507/article_14.html
より転載