ベラルーシ報告会:子どもたちの健康管理と保養のあり方


2015年3月30日~4月6日、福島の女性や若者らのグループで、チェルノブイリ原発事故後の子どもたちに対する支援のしくみや避難者の現状などを学ぶため、ベラルーシ・ミンスクを訪問しました。

ベラルーシには、チェルノブイリ原発事故後、放射性物質の70%が降り落ちました。 周辺の地域は強制移住となり、現在も心臓病や甲状腺の病気、白血病、子どもたちの糖尿病などが多発しています。国民への情報提供が限られていたり、すでに政府は原発事故からの「復興と再生」ステージにあるとしていたり、数多くの悩ましい側面を目の当たりにしました。

一方、健康診断や子どもたちの保養の制度(すべての子どもたちが3週間保養)など今の日本が学ぶべき政策もあります。現地で見聞きした日本への示唆を報告します。

◇日 時: 2015年7月11日(土) 14:00~16:30
◇会 場: 豊島区生活産業プラザ (池袋駅から徒歩5分)
http://loco.yahoo.co.jp/place/g-P2EC6Xf7O2c/

◇報告者: 人見やよい、宇野朗子、八島千尋、吉田明子

◇参加費:  500円
◇主 催: 国際環境NGO FoE Japan

◇申込み: http://www.foejapan.org/energy/evt/150711.html
◇問合せ : FoE Japan(エフ・オー・イー・ジャパン)
Tel:03-6909-5983 Fax:03-6909-5986 Mail:info@foejapan.org

※みなさまの温かいご支援により、訪問を実現することができました。あらためて感謝申し上げます。

チェルノブイリから28年、ベラルーシの経験とドイツの市民活動


吉田直子

FoE Japanの吉田です。
ベラルーシとドイツからアクティブで魅力的なみなさんが来日します。
東京と郡山でイベントを企画していますので、ぜひご参加いただけたら幸いです。

郡山・福島の視察・講演会のコーディネートでは、みなさんに大変おせわになり、
本当にありがとうございます。
引き続きよろしくお願いします!

<転送・転載歓迎>
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┃ ★チェルノブイリから28年、ベラルーシの経験とドイツの市民活動
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【詳 細】http://www.foejapan.org/energy/evt/140419.html

チェルノブイリ・福島の現状をみつめる。
そこから学ぶべきことは何か。未来のために何ができるか。

4月12-20日まで、ドイツ・Rottweilでチェルノブイリ事故以降、ベラルーシの子どもたちの保養の受け入れや若者の交流プロジェクトをおこなっている「核の脅威のない世界のための市民団体」のみなさんと、ベラルーシのみなさん、合わせて12名のグループが来日します。

広島、東京、福島を訪れて、現状を視察し交流するとともに、日本の市民や行政、メディアに向けた発信を行います。ベラルーシ・ミンスクから参加する二人の女性は、チェルノブイリ原発事故の直接の体験と、その後の支援活動について語ります。20代の若いベラルーシ人の参加者は、自らも参加した国営の保養制度や、健康管理体
制について、また自分や家族の体験について語ります。

ドイツの市民団体のメンバーは、粘り強く続けているベラルーシの子ども・若者への支援活動や、クリエイティブでアクティブな市民活動や、市民主導のエネルギーシフトについて語ります。

「日本の反原発市民運動について知りたい」
「日本で出会う人たちとのつながりを大切にしたい」
「メッセージを、目に見える形で伝えたい」・・バナーや折り鶴を準備中
「日本の文化にも関心がある」・・音楽を交えた交流も予定
日本にくるのは初めてで、すべての体験を楽しみにしているというメンバー。みんな非常に心待ちにし、それぞれのプレゼンやアクションを準備しているようです。充実した滞在・交流になるでしょう。

東京では4月15日、19日に、郡山で16日にイベントを開催します。ぜひ、ご参加ください。

○4/15 院内集会
事故当時の状況、ベラルーシの保養や健康診断の制度、市民の支援活動とは。
【日 時】2014年4月15日(火)14:00~17:00
【会 場】参議院議員会館102(東京・永田町)

○4/15 懇親・交流会
ベラルーシの民謡など音楽もまじえた交流会です。メンバーの活動紹介も。
【日 時】2014年4月15日(火)19:00~21:00
【会 場】ポレポレ座(東京・東中野)

○4/16 郡山講演会
事故当時の状況、ベラルーシの保養や健康診断の制度、市民の支援活動とは。
【日 時】2014年4月16日(水)18:30~20:30
【会 場】郡山労働福祉会館(福島・郡山)

○4/19日独ベラルーシ:今をみつめ、これからを語る
ベラルーシに取材する鎌仲ひとみさんをまじえて。20代参加者の発言にも注目。
【日 時】2014年4月19日(土)13:30~16:30
【会 場】ドイツ文化センターOAGホール(東京・青山一丁目)

▼詳しくはこちら
http://www.foejapan.org/energy/evt/140419.html
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【グループの概要】
●チェルノブイリの子どもたち(ベラルーシ・ミンスク)
1989年より、子どもたちの保養支援などを行い、現在までにのべ約15万人の子どもた
ちがヨーロッパ各地や北米、日本で保養滞在している。メンバーは多いときで1000
名、現在は100~150名。原発事故を間接的に経験し、ドイツで勉強・インターンをす
る20代の4名も参加。

●核の脅威のない世界のための市民団体(ドイツ・ロットヴァイル)
チェルノブイリ事故直後の1986年に結成、1990年から、ベラルーシの“チェルノブイ
リの子ども達”の団体と共に活動し、エネルギーをテーマにした若者のためのプロジ
ェクトや、障がい者プロジェクト、糖尿病プロジェクトなどを協働して実施。メンバ
ーはボランティアで、寄付金によって活動する。2013年、初めて日本からの青年も招
き「エネルギーシフト」に関する3カ国交流プロジェクトを実施。エネルギーの将来
像、再生可能エネルギーなどを議論し、そこから日本訪問のアイディアが生まれた。
エネルギー問題などを専攻する学生やBUND(FoEドイツ)のボランティアスタッフ、再
生可能エネルギー企業のスタッフなど6名が今回参加。

●Restart Initiative(日独ベラルーシ・ユースアクション)
2013年夏のロットヴァイルでの日独ベラルーシ若者交流合宿を機に立ち上がった国際
ユースネットワーク。今回の来日に際して、福島に願いをこめた折り鶴を届けるアク
ションを企画。視察内容やイベントについても情報発信を行う。
http://restart-initiative.org/

●国際環境NGO FoE Japan
国際的なネットワーク「Friends of the Earth(FoE)」の日本メンバーとして1980年
に発足し、気候変動、森林保全、開発金融などの環境問題に取り組む。311後は、
福島の問題、原発・エネルギー問題に積極的に取り組む。

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吉田明子 (YOSHIDA Akiko)
国際環境NGO FoE Japan
(Friends of the Earth Japan)
〒171-0014 東京都豊島区池袋3-30-22-203
tel: 03-6907-7217  fax: 03-6907-7219
mobile: 080-5173-0136
e-mail: yoshida@foejapan.org
http://www.foejapan.org

ブレスト地方のストリン地区


ベラルーシ共和国のストリン地区の、医療の状態が概観できるレポートです。ここはフランスの原発関係企業の資本で「エートス」が実施された地域です。(オリジナル版編集=ベルラド研究所)

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ストリン地区は1940年1月15日に設立されました。ブレスト地方の南東にあって、ブレスト地方のいちばん南になります。ブレスト地方のピンスク地区とルニネト地区、ホメリ地区のジコヴィチ地区に接しています。ウクライナのロヴノ地方の3つの地区にも接しています。ウクライナとの国境には、2つの越境点があり、一つは鉄道(ガリン駅)、もう一つは道路上(ニズニ・テレブゾフ)です。

地区の領域は、ベラルーシ大湿地の中央を占めています。地域の首都がストリンです。地域の広さは3342km2で、人口は82500人です。地域の領域内に鉄道のバラノヴィチ←→サリニ(ウクライナ)線があり、高速道路のピンスク←→ツロフ線があります。駅は3つあります。ホリニ、ヴィディボリ、プリピヤチです。ストリン地区の土壌の質は、氷河堆積、水成氷河堆積、旧および新河川湖水堆積、沼泥堆積、風成堆積、( ローム土壌(セルダム)、均質粉状砂ローム、砂と木質化石)などが代表的なものです。

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ストリン地区の地学的特徴は、川や湖沼や溜池が密な網になっていることです。水の供給には困りません。領域内には大小17の河川があります。大きい方から、プリピヤチ川、ホリニ川、スチル川、ストゥイハ川、ルア川、モストゥア川などです。いちばん大きな大ザソミノイェ湖は地区の南部にあります。大オルリ(ドゥベネツコイェ)池とモロチュナ池は最近できた大きな貯水池です。

地区の南東部の特徴は、沼地の多さです。モロチノ沼、クラシュノウェ沼、ガロ沼の3つの沼があります。うしろの2つは科学者の目から見ると、人手の入っていないヨーロッパの森沼地帯としては最大規模のものです。1998年に、ここに94000ha規模の「オルマニスキイェ・ボロタ」国立景観保存区が、珍しい、消えつつある植物や鳥や獣の種を保護する目的で作られました。

ストリン地区は森林が豊富で、地区の35%を占める128300haは森林です。

行政区の上では、当地区は19のソヴィエトに分れています。ダヴィド・ホロドク都市ソヴィエト、レチスタ居住区ソヴィエト、そして17の田園ソヴィエトがあります。地区には、ストリン市、ダヴィド・ホロドク市、レチスタ産業区など98の居住区があります。2009年1月1日現在で、人口は82516人でした。大部分は田園地帯の住民で、56566人になります。64747人が、チェルノブイリ事故の結果として汚染された地域で暮しています。

放射能汚染された地帯には59の居住区があり、うち3つは都市型の居住区です。32840haの農地、44700haの森林が1Ci/km2を超えるセシウム137および(または)0,15Ci/km2を超えるストロンチウム90によって汚染されています。

ストリン地区は、チェルノブイリ原子力発電所の事故による汚染が、ブレスト地方でもっとも激しい4つの地区の一つです。現状で、98の居住区のうち、59が放射能汚染地域にあります。64000人を超える人々(地区の総人口の78%)がここに生活し、うち16300人は子どもや10代の人たちです。

放射性核種セシウム137と結び付けることのできる基礎的な線量は格別に大きいというのではなく、大概の場合、1から5Ci/km2程度です(定期的に測定している地帯の数値)。けれども、ベラルーシ大湿地の川の多い、湿地ないしは人手で排水してある大地は、土から植物へ、そして食品へという、セシウム137の移行の度合いが大きいのが特徴です。

人口の動き(単位:1000人)

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14歳以下の子どもの数の動き

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出生率の動き(人口1000人あたりの人数)

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死亡率の動き(人口1000人あたりの人数)

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人口の自然増加率の動き(単位:1000人)

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医療施設数

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田園部の病院数

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医師に予約した人の数(歯科を除く)

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手術を受けた人の数

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病気の子どもの人数の動き

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病気の成人の人数の動き

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成人の罹患率の動き(成人1000人あたり)

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癌による死亡者の割合(人口100000人あたりの人数)

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腫瘍系の疾患による死亡者の割合(人口100000人あたりの人数)

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ミンスク
ベルラド研究所
2013年

危機的健康状況を巡る緊急アピール


ユーリ・バンダジェフスキー
ガリーナ・バンダジェフスカヤ

「ドニエプル」50号に掲載されたアピール文(2009年4月)

チェルノブイリ原子力発電所事故から23年がたち、ベラルーシ共和国では、放射性元素によって汚染され、長期にわたる放射線核種セシウム137とストロンチウム90を吸収した汚染地域の住民たちは、心臓・循環器系の様々な病気と、各種の悪性腫瘍との危険度の増大に曝されています。これらの病気が休みなく増え続けている結果、人口構成が破局的な様相を呈し始めてきました。死亡率が出生率の2倍近くにもなっているのです。

放射性同位体セシウム137が長期にわたって身体組織に入り込むと、幾つもの器官が、また生命系が損傷を受けます。

私たちには、セシウムを次のように捉えるだけの確かな理由があります。

1) 細胞核を崩壊させ、それによって身体組織内に変異を引き起す源のひとつとして

2) 体の状態を維持するプロセスを破壊する要素の一つとして。また、人には生れつき遺伝によって、特定の病的な状態になりやすいとか、病気になりやすいといったことが、隠れていることがありますが、それを表に出やすくする要素のひとつとして

3) 生命器官に大量に集まって、そこで細胞内のエネルギー装置を破壊して、器官を傷つける、そうした毒物の一つとして

私たちの考えでは、これこそがベラルーシ共和国の領域内で様々な病気の罹患率が上昇している基本的な原因なのです。

人体組織へのセシウム137の作用の支配的な特徴は、細胞の仕組みを破壊するに至る、代謝過程の圧迫です。細胞と組織との損傷の量は、取り入れられた放射性核種の量に比例します。

セシウムが人体組織内、あるいは動物の組織内にもたらす病的な変質は、放射性同位体セシウム137慢性同化症候群、ないしは放射性同位体セシウム137滞留同化症候群としてまとめられます。

セシウム137を体内に取り入れると、この症候群が現れます(その激しさは、取り入れた量と、期間によって変化します)。この症候群の特徴は、代謝の病気で、その結果、心臓=循環器系、神経系、内分泌系、免疫系、生殖系、消化器系、腎臓系、肝臓胆嚢系の構造的機能的な変質が起ります。

滞留同化症候群がどの程度の分量のセシウム137によって起きるかは、年齢や性別や身体の全般的な状態によって、異ります。

子どもたちは、50Bq/kg程度のセシウム137が体内にあると、システムや臓器に重大な病的変化が現わ始めることが分りました。代謝の障害も、10B/kgくらいから以上のセシウム137が集ってくると、問題になり始めます。これは主に心筋内で起ります。

放射性元素(セシウム137など)を含んだ食品の摂取によって、日常的慢性的に、長期にわたって放射能に曝されている住民たちを、私たちはチェルノブイリ事故の被害者として考えていくべきだと思います。

こうした問題に解決を与えること、つまり、チェルノブイリ事故によって汚染された地域に住む人々の健康状態を守っていくべきですが、目下の状況はそうなっていません。国内的にも国際的にも、緊急な決断が要請されています。

(放射能と)ともに生きる術を学びなさいって?


ロール・ヌアラ

リベラシオン紙2004年4月24日

今、ベラルーシで開始されようとしているのは、論争の的になっているプログラムである。汚染地域の生活条件再建のための協働プログラム(CORE)に参加している機関は様々だが、また、公的機関が大半だとも言える。国連開発プログラム(PNUD)の傍らに、ミュタディスというリスクのある活動を管理する専門会社も入っているが、また核の分野での防護評価研究センター(CEPN)、フランスとドイツの大使館、フランスの原子力安全保安院(IRSN)、等々を挙げておこう。資金は欧州委員会、PNUD、在ベラルーシのフランス大使館などから出ている。現地の住民に依拠した動きを一つにまとめようというのがCOREである。「住民たちを参加させるのが、一番の課題でした」と、ベラルーシ当局で大惨事の帰結の数々を管理しているセクションである、チェルノブイリ委員会のゾヤ・トロフィムチクも認めている。参加することによって、何がしか得るものがある、ということを理解させるのが一番ということだ。「再建ということはつまり、汚染と共存するということで、新しい生活様式を身に着けるということなのです」とミュタディスのジル・エリアル・デュブルイは説明する、「私たちはベラルーシの人たちにこう言うのです:あなた方に起ったことは、私たちにも起りうる、と」プログラムは4部門に分れている。放射能の状態、経済発展、大惨事に関する教育と記憶、そして保健である。

本当の課題をよけて通る

プログラムの推進者たちとしては、汚染の問題は、社会=経済的条件を考慮する形でしか取り扱わない。そこで、COREは農民たちが種や器具を買うことができるように、200ドルまでの金額の小規模貸付けというプロジェクトを擁護していく。「国境なき遺産」というフランスの団体が「教育と記憶」の部門を担当し、大惨事の体験を未来の世代に伝えていく。「ここ18年というもの、子どもたちは汚染された地域に出生しているのですから、彼らに放射線防護に関する情報を申し送りしていくのは、絶対に必要なことです」と、CEPN代表のジャック・ロシャールは説明する。「世界の医師団」とフランス原子力安全保安院(IRSN)はもっとも論争の的になっている保健の部門を担当する。医師団はチェルチェルスク地方の妊婦200〜300人の面倒を見る予定で、IRSNは子どもたち3000人を5年にわたって年に1度、医療診断と線量測定することになっている。

批判者たちの急先鋒は、ベラルーシの研究者たちと密接なドキュメンタリー映像作家のヴラディミル・チェルトコフだが、彼らに言わせれば、COREというプログラムは「本当の課題を常によけて通る」類のものである。課題とはすなわち、「生まれながらの汚染まみれの人生」から「救い出す」ということだ。チェルトコフによれば、プログラムが何も措いても取り組むべきなのは健康の分野であって、なかんずく、暮す人々を除染する道を探ることである。「未来の諸世代にとって、これは根本的なことです。低線量被曝の健康への効果をキチンと評価できるように試みていく必要があります」と小児科・心臓科医師のガリーナ・バンダジェフスカヤは考えている。COREの参加者たちは、ベラルーシの一部の研究者たちが進めている仕事を「疑うことをやめる」のではなく、むしろ、「人々が実害を減らしながら生活するのを助ける」方を選ぶ。特に、汚染された食品を避けることに重点が置かれている。

核のロビー

しかし、それでは不十分だ。「汚染した地帯に住む人々に対して、本当は避難させる必要があるのに、大丈夫です、暮していけます、と言うのですよ」とフランスの放射能測定独立機関CRI-IRAD代表のロマン・シャゼルは苛立ちを隠さない。様々な水準に汚染された村々に生活する、貧しいことの多い200万人の人々を移住させるのは、しかし簡単でない。「そのうえ、動きたくない人たちというのもいます。この人たちはこの自然に深く根を下していて、しかし自然は彼等を根こぎにしているわけです」と、ジャック・ロシャールは指摘する。

批判のもう一つの論点は、CEPNのCOREプログラムへの参加である。CEPNには、EDF(フランス電力)とアレヴァ社という、フランスの民間原子力の一番の擁護者を主力にした組織だ。CRII-RADのメンバーたちは語気を荒げる。「核のロビーの連中は、汚染した地域に人々を再居住させることによって、核事故は破局的なものではないことを示そうというわけなのですよ」とシャゼルは断言する。そしてチェルトコフは告発する:「ベラルーシの当局者たちは汚染された大地に人々を再居住させようとしていて、こうしたロビーの連中はその共犯です。こんなんことが見過ごせますか?」CEPNの代表はこれを全面的に否認する:「私は無関心でいる権利がないという意味合いで、現地のことに責任も感じているわけです。あの人たちは「汚染者=支払うべき者」という原則を振り翳して迫ってくるくせに、核事故に限っては、惨事に巻き込まれた人たちを産業界が助けてはいけないとでも?」

確かなことは、国土の1/4が放射能に汚染されてしまっこの国に援助が必要なことである。チェルノブイリ委員会のゾヤ・トロフィムチクはこう語る:「人々はあそこで暮し続け、結婚し、子どもを作り続けているのです。こには不幸があり、しかしまた、現実の暮らしがあります。日々の暮しです。ここでの問題が世界中の問題になってしまっているのは、私たちの責任ではありません。世界中で、私たちを援助する必要があるのです」

歪曲される情報


サシャ・ケイガン

ボルドー政治科学院での、核ロビーをめぐる学術研究集会での発表(2003年)より

政治的な決定をする人たちにとって、情報の欠如は、自身の選択の中にあるあらゆる変動因子を、実は把握できていないという、大問題になってくるわけで….

実際まさに、コリン・ルパージュによれば、大臣たちというのは、«厳しい監視下»にあるそうで、情報や、あるいは問題になる一件そのものが、下部のスタッフが報告する価値なしと判断すれば、官房や政策責任者には上ってこないわけです。
……………

国際的な場面ではどうでしょうか。

IAEA(国連安全保障理事会の支配下にある)とユラトム(欧州原子力共同体)とが、放射線防護の規準を定める機関なのですが、ところが、この2つの機関の基本的な仕事は世界中で核を開発していくことのわけです。

CEPN(核の分野での防護査定研究中枢:フランスの推進派npo)はベラルーシで、一般の人たちを援助するというエートス、エートス2、COREといった欧州のプラグラムの枠内にあって、チェルノブイリによる汚染の放射線学的な見積もりを、一手に任されている組織です。この組織が入り込んでいく過程で、ベラルーシで中心的な役割を果していた科学者たち(ネステレンコ教授など)は、自分たちで立ち上げた放射線測定センターや医学研究所などの管理権を奪われました。

ベラルーシの研究者たちの論文はフランスの専門家たちの手で蔭に追いやられました。中でも、、バンダジェフスキー教授の9年にわたる研究は、ベラルーシ南部の子どもたちの汚染の結果生じている病の状態にるいて、警告を発するものでした。IRSN(放射線防護原子力安全研究所:フランス)の研究とはまるであい入れませんが、バンダジェフスキーはセシウム137への被曝と、心臓疾患との間に、直線的な依存関係(グラフが直線になる比例関係)があるのを発見しました。放射性核種はCEA(フランスの原子力委員会)の理論モデルによって予測されるようには振る舞わないのです。そこでCEAはバンダジェフスキーの研究結果の受け入れを拒否しました。実際、フランスの公式の専門家たちは放射性核種の研究を1種類の核種だけに絞りました。半減期のたいへんに短い、沃素(そして甲状腺癌)だけにしたのです。こうしてご都合主義的に近視眼になることによって、ベラルーシ政府は広い地域に人々を再居住させることができました。フランスの保健当局は健康の問題に深入りしないで済んだわけです。«低線量の放射線は無害であるというドグマ»(バーゼル大学医学部のフェルネ名誉教授による)を疑問に付さなくてもよくなったのです。

事実を切り棄てるという、こうした嘘の手法は、WHOの反煙草キャンペーンを回避するために、煙草のロビーが長年にわたって取ってきたやり口を思いださせます。

CEAの主導する«チェルノブイリの交差点»プロジェクト : 目的=汚染した地域に再居住させる。 方法=どうやって放射線を避けるかを説明した教育キットを配布する。 問題=子どもたちの健康にとってはあまりにも汚染の強い地域(15〜40Sv/km2)にも同じものが配布されています。「これほど苛酷な環境に子どもたちを留めておくのは、まさに犯罪的です」と、問題を指摘したフェルネ教授は言っています。

ロビーの人たちの物言いをそのまま受け取るのはますます難しくなっています。ベラルーシでは1986年には1000人の子どもにつき150件の入院がありました。これが2000年には…1200件になっているのですから。核ロビーとは別のところからエートス・プログラムに加わった人たちの間からは、不協和音も出始めています。エートスで農業問題を担当しているパリ第7大学のアンリ・オラニョンは「仕事は進んでいるが、子どもたちはますます病気になっている」と語っています。

私の友達のジャックがねえ…


CRIIRAD機関誌25/26合併号に載った、メンバー2人(R・シャゼル、M・マザル)によるベラルーシ訪問(2003年4月)記から

私たちの最初に歩を踏み入れたのはストリン地区である。フランスの核ロビーが始めたエートス・プログラムは、この地区で進められている。地域はまったく孤立していて、ブラリとやってこれるような場所ではない。泊まったホテルのすぐ脇には、巨大なレーニン像が、街にのしかかるように聳えている。ホールには大惨事の結果起こっている様々な物事を処理するのが仕事の、コム・チェルノブイリという政府系の団体の責任者が、私たちを待ち受けていた。私たちがこの地区にいる間、彼がお供をするというのである。私たちは住民たちと話がしたいのだが、場合によっては、彼をうまく巻く必要もでてきそうだった。

«mon ami Jacques…»(私の友達のジャックがねえ…)というのが、彼の知っているただ一つのフランス語の«言い回し»で、ろくでもないが、何度も何度も繰り返すことになるその言い回しに出てくるジャックというのは私たちの大統領ではなく、エートスの責任者の一人であるロシャール氏のことであり、COGEMA(総合原子力社。アレヴァの前身),EDF(フランス電力),CEA-IPSN(原子力局=原子力安全保安研究所)という、フランス原子力界の三大勢力を一纏めにした「npo法人」CEPN(原子力部門防護評価研究センター)の代表である。フランスではモスクワの監視という考えはお馴染だろうが、ここでは旅の途上、ずっとパリの監視というものにつきあわされることになったのだ。

ベラルーシへの旅を準備している最中に、この地域でエートスのために働いているパシャという看護婦が主人公のルポルタージュを、インターネットで見つけた。今日、「案内役」の監視下で、私たちはオルマニー村まで、彼女に逢いに生くのである。チェルノブイリの結果と取り組む測定専門家とての彼女の体験を話してもらえるものと期待していた。

番組ではパシャは地域地域にある放射能測定センターの一つで働いていた。こうしたセンターはベルラド研究所の作ったもので、フランスの科学者たちの提案によってベルラドからコム・チェルノブイリの手に奪われてしまったのだ。彼女はやはりそうしたコム・チェルノブイリの測定所にいたが、しかし、ピンスクという別の町の測定所に移っていた。このエピソードに関して彼女が言うには、「以前は、ベルラド研究所が給料を払ってくれましたが、エートスが始まると、装置はピンスクに映されました。私の給料の方は、ちゃんとしてもらえませんでした。研究予算はここまで回ってこないようです」

エートス・グループの要求する仕事は、大部分、彼女の肩にかかっている。インターネットにあった、彼女のことを書いた文章を、私たちは持っていっていた。「パシャ、チェルノブイリ後に生き甲斐を見つけた」という題の記事である。彼女をキーパースンの一人として、エートスの栄光を謳い上げようというわけだ。

記事を彼女のために読んだが、「欧州委員会の出資を受けたフランスの研究者たちからなるエートス・チームは、まさに救い主だった」という部分を彼女は話題にした。「このくだりをお読みいただいた時、凄いショックでした。問題が何一つ解決していないのに、全部うまくいったみたいに書いてあるじゃないですか。放射能はそのまんまだというのに」

(パシャの証言はもっとあるが、今はここで止めておく。彼女にとって舌禍になる可能性もあるからだ。私たちは別の印刷物で、この分を埋め合せようと思っている)

日を追って、私たちに少しずつ奇妙な感覚が忍び込んできた。あちこちで、どうしてペクチンにはお金が出ないんでしょうね、ということを聞いたのだが、実にスラスラとこんな答が返ってくるのである。「だって、効くからですよ。そうなったら、もう実験できないじゃないですか。私たちが徐々に汚染されていくのを観察して、そこから教訓を引き出して、知識を増やしたいんでしょう、それができなくなっちゃうからでしょう」

醒めきった答えの中に、酷いことになってしまったこの地域に毎年毎年、入れ替り立ち替りやってくる科学者たちの行動がどんなものなのかが、雄弁に物語られている。チェルノブイリ大惨事の犠牲者であり、一かけらの民主主義もない政治体制の犠牲者でもあるベラルーシの人びとは、それに加えてまた別の苛つかせる連中がやってくるなど、本当に真っ平なのだ。途方もない孤独を感じさせる元が彼らの国にあるとすれば、途方もない怒りを感じさせるものが、私たちの….

子どもの諸器官へのCs137の慢性蓄積


ユーリ・バンダジェフスキー

スイス医学週報(SMW)(2003年)

要約

チェルノブイリ大惨事による降下物で激しい汚染を受けたベラルーシのホメリ地方で、私たちは1990年以来、田園地域の人々、特に子どもたちの諸器官内のCs137の蓄積の進展を研究してきた。子どもたちは、同じ地域に住む成人に比べて高いCs137の平均値を示している。

私たちは解剖時に諸器官のCs137の水準を測定した。Cs137の特に高い蓄積が見られたのは、内分泌腺で、特に甲状腺、副腎と膵臓である。心臓、胸腺、脾臓にも高い値が見られた。

序文

チェルノブイリ原子力発電所の爆発(1986年4月26日)以来、ベラルーシの放射能に汚染された諸地区で生活する子どもたちは、ベラルーシでもCs(セシウム)137に汚染されていない地域の子どもたちには滅多に見られない慢性の疾患に苦しんでいる。放射性沃素ショックなるものの病原的役割については沢山のことが書かれてきた。それは数十種ばかりの短寿命の放射性核種に、基本的には沃素131に因る。沃素ショックはまた、幾つかの状態の進行に糸口をつけ、それがそのまま、体内に取り入れられたCs137による慢性的な低線量被曝の下で、引き継がれていく、ということもありうる。チェルノブイリ周辺に生活する人々の身体組織内に、ここ17年、作用し続けている人工放射能は、長寿命の放射性核種に因るもので、主にはストロンチウム(Sr90)、セシウム(Cs134そして特にCs137)だが、さらにプルトニウムを含む各種のウラン派生元素がある。

Cs137の子どもの体内での効果を研究する場合、1987年3月以降の出生で、たとえ子宮内であろうとも、沃素ショックに傷めつけられていない子どもたちを選択するのが肝要である。正常な妊娠であれば、胎児を保護するために胎盤は母体の血液中を循環しているCs137を吸収する。Cs137の胎盤への集積が100Bq/kgを超えると、胎児は傷めつけられる。

新生児は母乳からCs137を摂取する。地域の村で生産された牛乳や野菜を飲食している子どもたちは体内に少しずつCs137を蓄め込んでいく。特に高いCs137の集中が見られるのは野生の漿果や茸、狩猟鳥獣で、貧困家庭はこうした食品に頼っている。

研究法

ホメリ病理研究所でとられていた研究法

セシウムはガンマとベータ、双方の線源である。ベータ線はゲノムと細胞の構造に対して、ガンマ線よりも放射線としての毒性が強いが、セシウムの人体内での単位体重あたり放射能を測定する時に使用されているのはガンマ線である。全身を測定するのと、諸器官に蓄積しているCs137の水準を測定するのとでは、私たちは異なった装置を用いている。

ベルラド研究所は放射線防護の独立機関だが、その移動チームによる測定は、装置の状態を年に一度、欠かさず精査することによって、精確さを保っている。さらに、ドイツとベラルーシの共同プロジェクトの一環として、異った装置(ベルラド研究所所有のウクライナ製«スクリーナ3M»型全身測定器7台、ユエリヒ研究センター所有のドイツ製«カンベラ・ファストスキャン»型移動測定用全身測定器2台)各々の癖を、相互校正でチェックすることができた。初めは11%ほどもあった誤差範囲が、後には7%以下に抑えられるようになった。体重1kgあたり5Bqを下回ると、測定の精確さは保障されなくなる。

解剖中の器官の検査など、実験室内での試料の体重あたり線量の測定には、ベルラド研究所から自動式の«Rug-92M»型ガンマ放射線測定器が、ホメリ国立医学院に提供されていた。測定時間は、100Bq/kg以上の試料の場合で1分、50-100Bq/kgの試料では10分である。49Bq/kg以下になると、精度は減少する。また、各試料の再測定をフランスで行ない、発見に間違いのないことを確かめた。

測定結果と議論

解剖=病理学的アプローチ

病理研究所では異なった器官それぞれについて、Cs137の集積状態を必ず計測するシステムになっていた。妊娠期間中ずっと、母体の血液中を循環しているCs137は胎盤が吸収、蓄積し、胎児は比較的うまく防護されているように見受けられる。多重畸形による流産の場合には、胎児に高い線量のCs137が見られる。

6ヵ月を過ぎた赤児からは高い線量が測定される。«表1»には、赤児の13器官について、Cs137の数値を示した。

«表1»
赤児6人の13器官で測定したCs137

 123456
死因敗血症早発性畸形敗血性出血脳畸形心臓病敗血症
器官




心臓5333 4250
62541661071
1491
肝臓250 277525 851 882 1000
肺臓1125
2666
400
1195
1500
2610
腎臓1500
1687
259
2250
812
583
3000
1363
305
90
1693
714
甲状腺4333
6250
250
1900
未検1583
胸腺3000
3833
1142
3833
714
833
小腸2500
1375
571
3529
2200
590
大腸3250
3125
261
3040
4000
2125
3750
1250
1500
未検未検未検
脾臓3500
1500
428
1036
2000
2125
副腎1750
2500
未検2500
4750
2619
膵臓11 000 12 500 1312 未検未検2941

Cs137の体重あたり放射能がもっとも高い数値は膵臓、副腎、心臓に見られるが、胸腺、胃、腸壁も高い。症例1と2では、集積しているCs137の値は、膵臓では肝臓のそれぞれ44倍、45倍にもなっている。

成人と子どもの各器官でのCs137の蓄積

ホメリ地方の田園地帯に居住する成人と子どもの解剖の際に、8つの異った器官に含まれていたCs137を調べた。子どもの平均的な;Cs137測定値は、同じ環境に生活する成人の2倍から3倍の高さである。(図1)

調べたすべての器官で、放射性セシウムの測定平均値は、子どもの方が成人より高かった。ホメリ州の田園地帯の町村での、学童の全身測定値も、やはり成人の値を上回った。

«図1»
1997年に死亡した成人と子どもの;諸器官内での放射性同位体の蓄積

banda_f11:心筋
2:脳
3:肝臓
4:甲状腺
5:腎臓
6:脾臓
7:骨格筋
8:小腸

1997年調査の、10歳以下の子どもたち

1986年の4月26日から6月までの間、チェルノブイリからの放射性降下物は濃密であった。放射能の2/3は短寿命の放射性各種によるもので、もっとも重要なのは沃素131であった。1987年以降に出生した子どもたちは、«子宮内»も含めて、«沃素ショック»によっては傷つけられていない。

病理研究所では、様々な原因で死亡した、ホメリ州の田園地帯の町村の子どもたち51人を調べた。このグループは沃素ショックを受けていない。慢性的な内部被曝がこの子どもたちの病気の源であったとしても、放射性セシウムなど長寿命の放射性核種、に帰因できるであろう。調べた13の器官について平均数値の高い順に、標準偏差付きで示したものが«表2»である。

ホメリの国立医学院では、器官への放射性セシウムの蓄積に因る細胞の損傷を研究した。諸器官にこの放射性核種が蓄積したことに因る機能障害、ないしは疾病については、臨床的、疫学的、ラットとハムスターによる解剖=病理学的ないし動物実験的な論文が計20編ある(1〜4の文献を参照)

«表2»
1997年、ホメリ地方の10歳以下の子ども52人の13の器官でのCs137の体重あたり平均測定値

器官Bq of Cs-137/kg
1:甲状腺2054 ± 288
2:副腎1576 ± 290
3:膵臓1359 ± 350
4:胸腺930 ± 278
5:骨格筋902 ± 234
6:小腸880 ± 140
7:大腸758 ± 182
8:腎臓645 ± 135
9:脾臓608 ± 109
10:心臓478 ± 106
11:肺429 ± 83
12:脳385 ± 72
13:肝臓347 ± 61

Cs137のもっとも高い平均値が見られるのは膵臓を含む内分泌腺である。甲状腺のCs137の蓄積量は肝臓より6倍も高い。内分泌腺の次に高いのは胸腺で、平均930Bq/kgにもなる。

結論

子どもたちが体内に抱えてしまっているCs137については、さらに調査を進めるべきであるし、様々な疾病の発症に関しては集中的な研究が必要である。放射能に汚染された耕地が次第に耕作されるようになってきているし、放射能汚染された食品が全国的に流通している現在、ことは急務である。

汚染地域の学童たちは放射能汚染のない食品を学校食堂で無料で提供されていたし、また毎年、綺麗な環境のサナトリウムで一カ月を過した。しかし経済的な理由から滞在期間は短縮され、汚染地域内の町村の中に、「きれい」に分類し直されるところが出てきた。そして、国家によるきれいな食品の提供も終りにされてしまうのである。

文献

1 Zhuravlev F. Toxicology of radioactive substances, Second Ed. pp 336, Energoatomizdal, 1990.
2 Bandazhevsky Yu I. Pathology of incorporated radioactive emission. Gomel State Medical Institute 2001; pp. 91.
3 Bandazhevsky Yu I. Radiocaesium and congenital malformations. Internat J Radiation Medicine 2001:3:10–11.
4 Bandazehvsky Yu I & Lelevich V V. Clinical and experimental aspects of the effects of incorporated radionuclides upon the organism. Gomel 1995; pp 128.

エートスへ、そしてCOREに至る流れ


ウラディミル・チェルトコフ

2002年11月15日

COREの基本文書へのチェルトコフ執筆の批判文書に、予備的な注釈として付されているもの

ヴァシーリ・ネステレンコ

チェルノブイリ大惨事が生み出した状況に関して、ソヴィエト政府は動きもせず、嘘を重ねていた。物理学者のヴァシーリ・ネステレンコ教授は学士院会員であり、ベラルーシ科学院原子力研究所の所長であったが、事故の直後、政府の決めた30kmではなくて100kmの半径内の住民たちを即刻避難させるように要求して、当局と対立、余分な警告を行いパニックの種を播く人物であるとして、1987年7月に解任された。1990年にネステレンコはこの国立研究所を最終的に離れ、アンドレイ・サハロフ、カルポフ、さらに作家のアレス・アダモヴィチの支援を受けて、放射線防護独立研究所«ベルラド»を設立し、放射性降下物の被害にあっている地域で、子どもたちの救援に乗り出した。ベラルーシのもっとも汚染の激しい地域の村々に370個所の放射能測定地域センター(CLCR)を設立し、そこに医師たち、教師たち、看護婦たちを集めて放射線防護の手解きをし、また家族たちに食品から汚染を減少させる調理法を学ばせた。短期間しか続かなかった「民主化」の時期の間、政府の「チェルノブイリ委員会(コムチェルノブイリ)」からの資金を得て、初めのうちは運営されていたわけだが、核ロビー(IAEA、WHO、およびミンスクの保健省内でこれに対応するセクション)が状況をその手に取り戻して以後は、CLCRはその数を68にまで縮小されることになった。

1996年にネステレンコは林檎ペクチンをベースにした食品添加物の導入に成功し、ウクライナの保健省からはセシウム137の吸収剤として推奨されることにもなった。子どもの身体組織に溜ったセシウムが1ヵ月の治療で60-70%ほど減少するのだった。

ユーリ・バンダジェフスキー

1994年にネステレンコはホメリ医学院院長で、解剖=病理学者で医師のユーリ・バンダジェフスキーの知己を得た。バンダジェフスキーは1991年より、汚染地域の住民たちに見られる、これまでにない病理的状態について、病原学的研究を重ねていた。小児科・心臓科医師の妻、ガリーナとともにバンダジェフスキーは、心臓の形態的・機能的変質の頻度と重篤性が、身体組織に含まれる放射性セシウムの量に比例して増加しているのを発見した。彼は「セシウムによる心筋病変」をこう描いている:心筋組織の変質をともなった小児、青少年、成人の心臓疾患。あらゆる年齢層、小児にさえおこる突然の死。バンダジェフスキーと共同研究者たちのチームは、「心臓、肝臓、腎臓、内分泌諸器官の各部で、また免疫系にも同様に見られる、相互依存的な病変過程」を描いている。こうした傷ついた状態は、すべて、似たような病理過程からきている。彼らはそれを「放射性核種の長期間摂取による症候群」と呼んでいる。ホメリ医学院のあらゆる研究部門から上がってきた何千人もの子ども、大人の健康状態の厳密な研究の成果であった。9年にわたって、25の研究室が同じ主題で、臨床、動物実験、病理解剖学という3つの方向性で研究を続けるのである。ホメリ医学院には200人の教員と300人の補助職員、1500人の学生がいた。

★★★★★★★★

1996年から、「ベルラド」研究所とホメリ医学院とは協調して仕事をするようになる。ネステレンコは村々を一つひとつ訪ね歩き、西欧のNGOから提供を受けたホールボディカウンタをもって、セシウム137による身体組織の内部汚染を測定することに力を注いだ。セシウムの身体組織への作用の、神経解剖学的研究には、彼は自作のガンマ放射線自動測定器を、ホメリの研究者たちに提供した。これによって、調べている器官ごとの、kgあたりのセシウム137量を、解剖の度に測定することができた。両研究組織によって、子どもの場合でも実験動物の場合でも、食事を管理してセシウム137を極小にすれば、生命に影響する器官の致命的な損傷を避けることができることも、示された。まったく新しい研究への道が、ここい開かれたのだった。

1999年4月、2人の科学者たちはベラルーシ議会に招かれた。線量白書と、チェルノブイリ事故の諸帰結に関する医学研究の中での、保健省の放射線医学研究所による国家資金の使用の正当性を審議する委員会で意見を述べるためであった。2人の陳述の結論は、委員会内の保健省に近い筋のメンバーたちの気に入らなかった。バンダジェフスキーとネステレンコと研究所前所長のストジャロフの3人は、別の報告書を作成して、住民の健康に責任を負っているベラルーシ国家評議会に送付した。評議会は保健省の線量白書を撤回させ、ネステレンコ、バンダジェフスキー、ストジャロフの「結論をベースにして、早急に」白書の内容を見直すように指示した。一方、バンダジェフスキーは一通の報告書をルカチェンカ大統領に送付し、その中で、保健省の研究所の基本方針に厳しい批判を向け、総予算1700000ルーブルのうち、有効に使われているのは100000ルーブルだけだと主張した。その数週間後、1999年の5月だが、保健省の3つの統制委員会が突然、ホメリ医学院を臨検したが、何も異常を発見できなかった。1999年7月13日の夜、バンダジェフスキーはルカチェンカ大統領の発布した反テロリスム条例を根拠に逮捕された。2001年6月18日、彼はベラルーシ最高裁の軍事法廷で証拠のないままに汚職の罪で禁固8年の有罪判決を受けた。ホメリ医学院の新しい医学院長はバンダジェフスキーが創設した研究プログラムは、高等教育機関のプログラムの名に値したないとして、廃棄たのだった。

ガリーナ・バンダジェフスカヤ

小児科・心臓科医師だったガリーナは、ホメリ医学院の小児医学講座の教授だったが、追放された。2002年9月2日以来、彼女は「ベルラド」研究所で科学秘書兼医学部門責任者として働いている。

エートス

こうした間に、1996年、エートスと名乗るフランス人の研究者グループがネステレンコ教授の運営するオルマニー村の測定センターCLCRを頼ってやって来た。彼らはネステレンコの放射線測定データを手に入れ、チェルノブイリの汚染地域で前例のないこの研究所の内部で、ネステレンコから放射線防護を学んだのだった。エートスはCEPN(核の領域での防護評価研究センター)の作ったものだが、そのCEPNはEDF(フランス電力)と原子力庁(CEA)が作ったもので、フランスの核ロビーの化身のような団体である。

エートスの目的の一つは、「放射線量と社会的信頼との長期管理を定義」(2001年4月1日の要約議事録)し、核事故と、寿命の長い放射性核種に汚染された地方の管理に関して、欧州連合向けに研究成果を文書化することである。1996年から1998年まで3年の間、エートスはオルマニーのCLCRの測定データを集め、ネステレンコが養成した技師を使い、ネステレンコが設備した装置を使って、食品や牛乳などの放射能測定を行ない、女性技師が測定で残業になっても一銭の支払いもしようとはしなかった。この同居状態に実りがなかったわけではないが、しかしそれもエートスがベラルーシ当局に、ネステレンコをオルマニーと、ストリン地区の他の4つの村から追放させた日までのことであった。

今日、エートスはチェルノブイリ地方の放射線防護に関する科学的権威であるかのような顔をしている。そして、COREプログラムを編成したわけだ。

「ベルラド」研究所は切迫した経済状態の中で、存続のために苦闘を続けている。資金の提供者たちは、ヨーロッパのつましい市民たち、環境と健康を防護するNGOのメンバーたちである。エートスの動きに対してこうした諸団体が批判を強めたために、ネステレンコもCOREプログラムに加えられることになったが、しかし、汚染を受けている子どもたちの病気を予防する活動を続ける手段を、ネステレンコは奪われたままだ。

内部被曝をめぐるキエフでの論争


ミシェル・フェルネ VS ノーマン・ゲントナー

2001年6月、キエフの国際会議の幕間。チェルトコフ著「チェルノブイリの犯罪」より

ミシェル・フェルネ
ここまで会議をずっと聴いてきたわけですが、あなた方の組織(UNSCEAR)の主張によればチェルノブイリが原因と言える死者は31人で、その中で被曝によるのは28人、他に200人が被曝し、また甲状腺の腫瘍は1800人ということになります。あなたも同じお考えですか?

ノーマン・ゲントナー
データからはそういうことが言えます。これ以外にも甲状腺癌の症例は今後出てくるかも知れないとすれば、傷ましいことです。幸い、この癌は生存率が上っています。もっと高い線量を浴びた人々というカテゴリーがあるとすれば、そこでは癌の発症率が上ると考えられますし、それは統計的に明きらかになってくることでしょう。

F
激症の被曝に対して出されている数値だけをお認めになる考えはお変えになられないのですか? 今日、色々お聞きになられたと思いますが、そこからは影響はお受けになられなかった?

G
国際的に確かなものとされている病気について、症状と経過をご覧になれば、それはあらゆる国際機関が合意しており、データによっても裏付けられている数値なのです。傷を受けた人たち、あるいは受けたと思い込んでいる人たちが色々と申立をしていますが、けれども私たちが参照しているデータは加盟国の保健当局のものです。私たちはできうる限り完全で、確証されてもいるデータの収集に努力しています。そこから明かになった結論は、どのようなものであれ、科学的に確証されているのであれば、できうる限り広く拡散できるよう保障しています。

F
特定のもの以外の放射性核種の効果について、あなた方の作業グループではどなたも研究なさっておられないようなので、たいへん驚きました。

G
そういうものにも、私たちは常に気を配っています。私たちは統合原則は線量によって表象されていると確信しています。私たちは線量が何であり、それはどこから来るのかを、私たちは研究しているのです。そのもっとも大きな部分を占めているのは放射性セシウムです。格別に毒性の強い他の放射性核種、あるいは特定の人々に強く作用を及ぼす核種も、状況次第では、重大な被曝を引き起す潜在的な可能性はあります。

F
あなたのご意見では、セシウムがいちばん高い値に凝縮されてくるのは、どの病気ですか?

G
セシウムでの一番の問題は外部被曝です。セシウムは野菜と一緒に吸収されもしますが、その主題についてはUNSCEARの報告書の附録Jで議論されています。

F
この15年間、セシウムが一番大きな問題であったのは、内部の方だとはお考えになられないのですか?

G
違います。内部なんかじゃありません。人々が外部から受けた被曝のことをお話しになっていらっしゃるんじゃないんですか?

F
内部被曝のお話をしているのです。多くの地域で、人々が栽培した食品や、森で採れたものを通じて摂取した結果の内部被曝ですよ。

G
一時、最初の頃のことですが、被曝の計測に使われていたモデルからは内部被曝も外部被曝も同じように重要だということになりましょうか。

F
今日では90%は内部で、10%が外部だとは、お考えにならないのですか?

G
私は線量計測の専門家ではありません。

F
人々の全身を計測したデータをお持ちじゃないんでしょうか?

G
そういう計測データはあります。大部分の人たちの被曝総量はごく僅かだということがデータから分ります。しかしセシウムの場合には、体のどこが被曝したかといったことには、何ら重要性はないです。

F
ホメリ地方では子どもたちの線量は常に低いですよね?

G
裏付けされたデータがお望みなんでしょうか? なら、お見せできますよ。

F
確かなデータをどなたがお持ちですか? どなたが所有しているのでしょうか? どこにそういうデータがありますか?

G
例えば、ケニグスベルク博士のところになら、お連れできますよ。ベラルーシ国立医療統計局の副局長さんです。その方とお話しになれます。専門家ですよ。今からでもお連れしましょうか。

F
ええ、ケニグスベルク博士なら私も存じ上げていますし、博士のデータのことだろうと思っておりました。それとは他の計り方をしたデータも色々あります。計測されてきましたし、今でもされています。子どもたちの線量は、上ってきているんです。はっきり分る上昇の仕方です。

G
私たちはデータの物語っていることを凝視するべきです。でも、私は、被曝総量に内部と外部との区別を付けるというのは拒否します。受けた汚染の水準が問題なのであって、汚染のメカニズムがどうであれ、違いはありません。内部だからより重大だとか言って人々の信じ易さに付け込むのは、人々の爲になる行為ではありません!

F
私たちは子どもたちの心臓病を見てきているんです。死んでしまうこともあります。

G
そうです。そういう困難な症例なら存じています。増加もしています。だからと言って、それが事故の結果であると単純に断言したり、放射能の作用によるものだという盲目的な確信から吹き込んだりするのは、人々の健康を預る立場の人たちを助けることにはなりません。

F
放射能の作用による疾病は子どもたちの間に存在しています….

G
そんな情報は私は一度も目にしたことはありません。

F
このことについてはベラルーシのあちこちの大学で、9年にわたって研究されています。あの人たちの研究に一度も興味をお持ちになられたことはないのでしょうか?

G
その方たちは大学で多分、研究なされているのでしょう。けれども、大事なことは専門家たちの追認を得たうえで、そういした情報が発表されていることです。そうした情報を私たちに下さい。どこかにありますなんていう話を私たちにしに来ないでください。私たちはベラルーシとは公式の関係を結んでいます。ロシア連邦とも、ウクライナともです。私たちに情報を転送し、私たちのまだ知らないかもしれない情報に対して私たちの注意を喚起して下さる責務を負った方々がいらっしゃいます。意識の高い、保健の増進に献身されている方々です。科学者たちであり、専門家たちであるわけで、私たちはこの方々を情報源にしているのです。