今、福島で何が起っているのか


武藤類子

2012年12月16日、市民会議「海外からみた福島原発震災・福島から考える未来」(フクシマアクションプロジュエクト主催・於:郡山女子大)での発言

皆さん今日は。私は三春町というところに住んでいる武藤類子と申します。私の家は原発から約45キロのところにあります。で、昨年3月11日に原発事故が起 きて、福島がいったいどんな状況になっているのかということをお話ししたいと思います。ここに福島の方がたくさん会場に来ておられますけれども、皆さん一人ひとり、本当に一人ひとりに困難があった、という状況なんですね。で、そのことについて語り切れませんけれども、代表的なことをお話ししたいというふう に思います。

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これが福島原発の3号機と4号機の写真ですね。4号機がたまたま点検中でしたので燃料棒が取れて、原子炉から使用済み核燃料プールに入っていました。今、 1600本の核燃料が入っています。で、つい昨日も地震がありましたけれども、ちょっと前にも大きな地震がありましたね。この地震で、この燃料棒の入った プールがいつ崩れるだろうか、そしてこの燃料がさらに爆発しないだろうか、という不安を思っています。

それから3号機はついこの間、瓦礫の撤去作業中に鉄骨が燃料プールに滑り落ちたという事故がありました。近寄れないので、鉄骨が外に転がっています。それで、クレーンの操作を間違えて、鉄骨が入ってしまったんですね。プールの中を覗いたらさらに2本の鉄骨が入っていたということが分りました。

それから2号機の建物は壊れていな いんですけれども状況はいちばん深刻でいちばん線量の高いところが原子炉格納容器の上の部分だと言われえちます。それは73シーベルトあるそうです。73 シーベルトというのは、人が1分間そこにいたら100%死亡するという数値だそうです。生身の人間がここに入ることができるようになるためには、300年 かかる、というふうに言われています。

そこで今、1日3000人の労働者たちがいらいています。彼らは年間50mSvが線量の許容数値でし たけれども、いきなり250mSvに引上げられたんですね。夥しい被曝の中で作業をしているという状況です。そこで働いている人たちは約60%が福島県民だと言われているんですね。その人たちは仕事を失くした人や田畑で田圃を作ることができなくなって、そういう人たちが原発労働者として多く働いています。

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これは福島県内に2700個所あるモニタリングポストです。これは3ヵ月くらい前の郡山駅前、東口というところですね。0,998、約1マイクロですね。 で、こういうホットスポットが今も町の中にたくさん存在しています。もっと高いところもあります。このモニタリングポストに関して、疑惑が持たれたんです ね、これは本当に正しい数値なんだろうかということが言われていました。どうも、測っている測定値の線量と違うようだと、気付いた人たちがたくさんおられたんですね。

それでXXの人たちが測って、それからグリーンピースジャパンというところも測りました。そしたらどうも数値が低く出ているものが多い、すべてのではないんですけれども、多いということが分りました。で、どうしてなのかということで、発表されたのは、これはソーラーパネルを使った自家発電の装置なんですね。それで発電された電気がバッテリーに蓄められます。で、バッテリーというものの中には鉛が入っています。鉛で遮蔽されて、線量が低く測られているのではないかということも言われています。あとは、このモニタリングポストを設置する前に測るところだけを除染しているのではないかということも言わています。

次に、これを測定した半月後に私が同じ場所に行ったら、0,5μSvに変わっていたんですね。それで、どうしてかなっと思ったら、そこを除染したと言うことを聞きました。この広場だけを除染したということです。このように、自分たちが住む場所の空間線量という最低限の情報すら私たちは得ることができない、というふうに認識しています。

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これが早川先生という方が出しておられる早川マップというマップですけれども、非常にこの、放射線の拡散っていうのは日本中に拡がっているのですね。こうい う中でですね、福島市や郡山市っているとろは非常にたくさんの人がいるんでしけれどもとても高い線量が今だに測られています。それから、避難が義務の地域、チェルノブイリで言えば避難の義務の地域、あるいは避難の権利がある地域、というところに今だにたくさんの人たちが暮しています。子供たちもそこに家族といる、ということになっています。で、この原発事故があってすぐに、日本の国はデータを隠すことや安全キャンペーンを張って、「この事故は大したこと ないんだよ」っていうことを言い、そして数値ですね、規準値を上げるということをしました。
それによって福島県民は、もしかしたらしなくても良かったかもしれない被曝をたくさん強いられたっていうことがあるんだと思います。

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これは川内村という村です。原発から20キロくらいのところです。この村は原発事故があってすぐに全村避難ということになって、全員で避難したんですね。ところが一早く、全村帰村、帰村宣言をしたんですね。3000人くらいの小さな村なんですけれども、すべての家を建て直して戻る、ということを決めました。 これは8月に私が写した川内村です。ここで除染の作業というものが行なわれたわけなんですね。これはどういう除染かと言いますと、家のまわりを20mも木 を切って、それから敷地の中の木を全部、抜いて、5センチも土を剥ぎます。そして新しい土を入れて整地をするという、それで終りなんですね。それで1軒めを除染して次々とやっていくと、10軒くらいまでいくと、最初にやった家がまた元の線量に上がっているということを言っていました。たまたま私の友達がこの除染作業に出ているんですけれども、そういうことを言っていました。

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これは先程の家の道路を隔てた向い側です。先程の家から出た除染ののゴミですね。土や切った木の枝などがここに入っています。これは1m20cmくらいの大 きな袋なんですけれども、ここに線量計を近付けたら4μSvありました。こういうものが今、福島県中にたくさん置いてあります。これを山の中の村では、こうして仮置き場にするところもあるんですけれども、町の中ではちょっと大変です。置くところがありません。だから家の、家から除染されたゴミは、自分のうちの庭で穴を掘って、そしてそこに埋めて土を被せる、またはブルーシートを被せただけっていうところも中にはあります。

で、今、1年と9ヵ月経ったわけなんですけれども、今だに放射線というのは原発から毎日、1000万ベクレルですね、放出されていると言われています。この間、こういうこと がありました。農業試験場というところで、大根を測ったんですね。まったく放射能の出ない大根を測ったんですけれども、それを切干し大根にしたんですね。 切って外に干しました。そしたら、3000ベクレルになったということを発表しました。だから放射性物質はまだまだ私たちのまわりにたくさんあるっていうことですね。数字にもなっているということですね。

そして、約1年経った頃から、福島では「復興」ということが言われ始めたんですね。先程、佐々木慶子さんがおっしゃっていましたけれども、子供たちを復興のシンボルにしています。例えば、子供の参加するマラソン大会とか、スケッチ大会が外で行なわれるようになり、それから学校の外に出る制限時間が解除されました。それから外でのプールも行なわれるようになりました。それから家庭の子供たちがいわき市というところの瓦礫の片付けのボランティアに行ったということもニュースで聴きました。

それからですね、どんどん、最初に行われ た安全キャンペーンと同じようなものではなくて、もっと違った形の放射線の安全キャンペーン始められるっていうように思います。例えば、子供たちがよく行くような施設で、「正しく怖がる放射線」っていうことをやり、それから伊達市というところでICRPの第4委員会の委員長であるジャック・ロシャールという人が来まして、市民との対話集会、ダイアローグというのがありました。そうしたことがあります。

それから賠償がどんどん遅れ、それから借 り上げ住宅の新規打ち切りという案も出ているんですね。これはどういうことかと言うと、福島県民をどんどん元に戻して、ここに住まわせるという、そういうことに取り組もうという、福島県も自治体も進めているということです。他で暮す、避難をするとか、そういうことに関しては選択肢になれないような、そんな状態になっています。

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これは一昨日、行なわれたIAEAの人々の福島原発の視察ですね。真ん中に天野さんがいます。私は三春町というところに住んでいますけれども、私の住んでい る町に今度、福島県が作る、環境創造センターというものができます。ここにIAEAが常駐することになっています。約60億円を使ってこの環境創造センターを作るそうなんですけれども、ここに関係している人々はどんな構成メンバーでできているかと言いますと、JAEA(日本原子力研究開発機構)、それから国立環境研究所・資源環境廃棄物研究センター、日本原子力学会、それから放射線防護研究センターですね。そして日本大学と福島大学も入るということになっていますね。

その中で出てくるのは、環境放射能等のモニタリング、廃棄物処理の研究、それから情報収集、発信、それから研究交流機能っていうのがあるんですけれど、ここでは放射線の影響に関するリスク・コミュニケーション、そういうことが研究されるというふうに言われています。これに関しては、どういった形でどんなふうに行なわれていくのかっていうことに、とても不安に感じます。

先程の方もおっしゃっておられましたけれども、こうしたことが私たちにはまったく何も知らされないで決まってしまったんですね。すべてが私たち抜きで決められていくという感じがしています。で、三 春町にこの創造センターができるっていうので、福島県が三春町に説明に来るっていうことになったんですけれども、それに出席できるのは議員と区長だけで、 一般住民は入れないということなんですね。そういう中で進められていくのだ、というふうに思います。