検察審査会申し立て&激励行動


ちわき みわ

福島原発告訴団が、今年1月13日に保安院や東電等の津波対策担当者らを告訴・告発した「2015年告訴」について、東京地検は4月3日、全員を不起訴処分としました。

たった2ヶ月半で捜査を打ち切り、家宅捜索もされませんでした。
この告訴に、全国から多くの方が参加予定でしたが、第2次告訴は行えなくなってしまいました。先行して告訴を行った団長ら14人は、この事件についても検察審査会へ4月30日に不服の申立てを行います。

また、勝俣元会長らの強制起訴を求める「2012年告訴」の激励行動も合わせて行います。
ぜひ、ご参加をお願いいたします。

4・30検察審査会申し立て&激励行動
(日時) 4月30日(木) 12:00~13:00
(場所) 東京地方裁判所前

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・同日、「東電株主代表訴訟」の裁判と報告集会&学習会が開催されます。
10:30~ 「東電株主代表訴訟」裁判 (口頭弁論期日)  東京地方裁判所103号法廷
・傍聴は抽選となる場合があります。

13:30~  裁判報告&学習会 参議院議員会館 講堂
・通行証は13:30より、配布
・告訴団からの発言の時間をいただきました。感謝です。

主催・連絡先:東電株主代表訴訟  nonukes0311@yahoo.co.jp

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福島原発告訴団     ブログ  http://kokuso-fukusimagenpatu.blogspot.jp/
電話 080-5739-7279  メール  1fkokuso@gmail.com

長谷川健一著『原発に「ふるさと」を奪われて』英訳企画について


地脇美和

2011年3月11日に発生した東京電力・福島第一原発事故では、放射能の大量漏洩を日本政府が公表しなかったため、2012年2月に刊行された書籍『原発に「ふるさと」を奪われて』(宝島社)の著者である酪農家・長谷川健一さんたちの暮らす飯舘村では、2カ月にもわたり、小さな子どもたちを含む一般住民が大量の放射性物質による被曝に曝されました。

同書は、その渦中にいて自らも大量の被曝をした長谷川さんが、事故発生直後の模様や、自分の子どもや孫を被曝させてしまった苦しみ、家族同然の牛との別れ、酪農仲間の自殺など、「3・11」後に飯舘村民が味わった壮絶な体験を淡々と綴ったものであり、原発事故の被害者にしか語れない事実を克明に描写しつつ、それでも新しい希望を見出すために記されたルポルタージュ(現地報告)です。

この貴重な手記を、世界中の人たちにも読んでもらえる機会を作りたいと考えた市民・弁護士・ジャーナリスト・大学教員などから、本書を英訳化するよう強い要望が寄せられたことが、当翻訳計画の発端でした。

【プロジェクトのホームページ】
http://www.rupoken.jp/project_jp.html
長谷川健一著『原発に「ふるさと」を奪われて』英訳企画について

<企画概要>

【プロジェクト名】
kenichihasegawaproject

【プロジェクト内容】
福島県飯舘村の酪農家・長谷川健一さんの著書『原発に「ふるさと」を奪われて』の英訳電子書籍化。

【プロジェクト責任者名】
明石昇二郎(株式会社ルポルタージュ研究所代表)
mail:hasegawa_project@rupoken.jp

【プロジェクト開始予定日】
2014年2月28日

【プロジェクト完了予定日】
2014年8月31日

【プロジェクトのタイムスケージュール】
2014年2月28日:寄付を募るホームページの公開開始。
2014年5月末日:寄付募集受付期限。
2014年8月末日:電子書籍完成。アマゾン等で販売開始。

【プロジェクトの達成条件と撤退条件】
制作費の総額は、翻訳に100万円、電子書籍化に80万円の計180万円になります。
寄付募集開始から3か月後の2014年5月末日の時点で、その総額の半額に満たない場合、海外読者のニーズはないと判断し、プロジェクトを中止します。その場合は、2014年5月末日までに寄付をお寄せ下さった出資者に、寄付金の全額を返金致します。

【募金方法】
ペイパル(Paypal)を利用します。

【達成または撤退の判断期日】
2014年5月末日

【発行形態】
アマゾン「キンドル」及びアップル「iBooks」を利用した電子書籍。

【刊行予定日】
2014年秋頃を予定しています。

【英訳版刊行元・問い合わせ先】
(株)ルポルタージュ研究所
mail:hasegawa_project@rupoken.jp
電話:03-3577-5456
※進捗状況により、予定がずれこむことがあります。

山下俊一氏との遭遇


地脇美和

(2013年1月23日「女たちの一票一揆」院内集会での発言)

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福島から来ました地脇美和です。私の方からはIAEAの福島での会議ですとか、一連の行動をやってみてどうだったかということの報告ということで、 お話をさせていただこうと思います。今、吉田さんの方から詳しくお話をしていただきましたが、で、私が感じたことなんですけれども、IAEAのこの世界閣 僚会議の前に、急拠、外務省による地元説明会がありました。で、それにも参加したんですけれども、その説明会に、私たちも初めてお会いする警戒区域からの 避難の方で、仮設住宅に入られている方が来られていました。

その方は本当におこっているんだということを、ずっとお話しをされたんですね。 どういうことでおこっているのか、自分たちが一所懸命訴えていることをまったくこの間、県も国も聞いてくれなかった、自分は何回も何回も話をしてきた、マ スコミにみ言ったけれど取り上げて貰えずに、どっちかと言うと頑張っている美談の話にすり替えられて報道されてきたっていうことで、とても怒ってお話をされてました。

で、一応、外務省の官僚の人たちも、頷いて聞いてはいたんですけれども、最後に外務省の人が言ったのは、「来てよかったでしょう?スッキリしたでしょう?」って言ったんですね。私はこれが外務省が地元説明会と称して急拠、やった目的と言うか、そういうことだったのかというふうに思って、それ自体は、地元説明会を開かせたこと自体は、粘り強く交渉していただいて、やらなければ絶対できなかったことなので、とても良かったことなんで すけれども、やっぱり彼らは考えていることが一枚も二枚も上手なんだな、っていうことを改めて思って、で、私はその時すかさずマイクを奪って、「聞くだけ じゃ駄目ですからね」っていうことを言いましたけれど、本当に、言い続けていくしかない、生の声を聞いたのも、福島県民の苦しみの生の声を聞いたのも、彼らは初めてだったんじゃなかったのかな、ということは感じました。

だから本当に事ある毎に言っていかなければ、どんどんどんどん風化させられていくんだと、改めて感じました。で、その時、私とか、色んな人から出たのは、福島県は既に脱原発を来めた県なのに、なんでここでIAEA:原子力を推進する機関の会議をするのか、ということを言いました。本当に危険性を語るための会議であれば百歩譲って納得するけれども、安全性に関する会議って、どの面下げて言ってくるんだって話で、本当に、皆、怒り心頭で話というか、質問をしましたが、やっぱり彼らはキチっと勉強をしたくないのか、するとやっぱり先程もあったように、自分たちの政策を進めていくのに辛いものが人間としてあるのか、分りませんが、「知らない」っていうようなことをずっと言っていまし た。

私は国際会議の傍聴も申請をして中に入ったんですけども、抗議活動で先程(吉田明子さんの話に)あったような申し入れの時は外に出たりとか、また中に入ったりっていうことで、まあ、出たり入ったりしててすべて聴くことはできなかったんですが、その中でロビーで山下俊一さんに会いまし た。

で、すかさず捕まえて話をしたんですけれども、私から質問したのは、チェルノブイリの子供たちの健康被害とか、色んな病気の人数は、本当にあなたの発表したあの数字、あの人数だと思っているんですかと聞きました。そしたら、山下さんは「自分は放射能との因果関係があるのがあの数字だと発 表しただけで、分らないものは分らない、関係がどうなっているか分らないものについてははっきりそう言っている」と言いました。でもそれによって健康被害を受けている子供がたくさんいるのは確かですよね、とお聞きしました。あなたが出したあの数字によって、子供たちを切り棄ててしまった、医療とか保障とかを受けられなくなってしまった子供たちがたくさん出た、そのことについてあなたはどう思いますか、と聞いたところ、「次元の違う話だ」と言いました。

私の方から「100ミリまで大丈夫、ニコニコしてたら大丈夫」とか、ICRPとかIAEAの規準でこれからも本当に行くつもりなんですか、それでいいと思っているんですか、っていいうふうに聞いたら、「私は医療をやっています」っていうことを言ってました。で、あと、やよいさんの方から「県民健康管理調査票があまりにも集まらないのは、山下さんへの不信感とか県立医大への不信感だというふうには思わないんですか?」と質問したところ、それについても「次元の 違う話だ」ということを言っていました。

お付きの人がいたので次、県との覚書の協定書のことがあったので、そそくさと連れられて行ってしまったんですけれども、私はその後ろ姿に向かって「福島県民はあなたに対して言いたいことがたくさんあります。福島県民と話合う場を持ってください」という言葉を投げましたが、それについては振り返りもせずスタスタと歩いていきましたが、そういう形で、本当に、何と言いますか、この間、県民健康管理調査の説明会にも出席して質問なり意見なりを言ってきましたけれども、本当にそういう場に出るたびに何と言いますか、こう、無力感というか、怒りというか、本当に、この人たちに私たちの命をなぜ委ねなければならないのか、ということを…毎回、本当に腹が立ちますし、どうしたらいいんだろうか、この人たちに対して。人間の言葉が通じる人たちなんだろうかということを、毎回毎回、本当に思いながら喋っています。

で、会議の中身なんですけれども、福島の事故についての原因がどうかとか、何が問題だったのかということよりも、まあ、玄葉大臣もそうですし、天野さん:IAEA事務局長も言っていたんですが、福島の知見を活かしてより安全な原発を推進するために、この会議を成功させたい、みたいなことがズーっと延々繰り返されるんですね。「本当に、何なんだ、この会議は!」と思いました。

まずは、まずは世界に向って謝るべきだろうって。こんだけの事故を起こして、世界に対して放射能被害を与えたということについて、まずは頭を下げるべきではないかと思ったのですが、そういうことはありませんでした。で、それに輪を掛けて、今後、経済発展に伴い、原発の導入を進める新興国に対して、最高水準の安全性を確立するために各国がそういう国に対してインフラや人材面で支援するのが大切だ、ということで、「どんどん推進していきましょう、そのためには、人もインフラも金もすべて支援しますからっていうことで、本当にこの、札束って言うか、どんどんまた拡大をしていこうっていうことを狙っている、その爲の会議なんだなっていうことを改めて感じました。恐しくなりました。この後に及んでまだこれなのか、と。まあ、最初から分ってはいたことなんですけれども、本当に、彼ら、117ヶ国も集めて、金も権力もあって、そういう人たちが堂々と福島の被爆地で会議をするという、この図々しさと言うか、「フー!(溜息)」という思いで観ていました。

会議の最中に震度4の地震が二回あったんですね、この日は。一回めはランチタイムで。午前中は満席だったんです、会場が。で、そのランチタイムが終って、地震のせいか分らないですけれど、ガクっと後半、人が減ってました。この地震にビビって帰ってくれたら嬉しいな、こういう国に原発を作ったらまたどういうことになるのかっていうことを、身に滲みて分ってくれたらいいなと思いました。

で、午後は会場ガラすきだったので、二回目の地震があった時は私もまわりの人に対して、「危いですよ!危いですよ!」って言ったんですよ。さんざん、後ろで勝手なことを言っていたんですが、ちょっと外国の方だったんで、伝わったかどうか分りませんが、「この地震は とても危険ですから」っていうことを日本語でワアワア言ってました。本当に、危機感を持って欲しいなっていうことを思いました。

私の感想は そんな感じです。本当に、IAEAの福島は植民地になっていくんじゃないか、と。これから。凄くその恐怖感というか、それを思いました。福島県議会とか県知事とかが、(将来、)市民の立場に立つものができたとしても、このIAEAとの協定がある限り、色んなことが縛られて、色んなことが妨害されて、子供たちの健康調査であるとか、色んなことが隠蔽されたりとか、被害が隠蔽されたりとか、そういうことになっていくのではということをとても心配です。そういう怖れを抱いていますので、何とかしたいと思っています。

 

話は私たちが心配していた通りの状況で進んでいました


地脇美和

世界閣僚会議当日、会場の郡山ビッグパレット駐車場で、IAEA広報官を待っていた間の発言

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皆さん今日は 私は外務省のホームページから、傍聴の許可を受けて、先程、傍聴をしてきました。まだ会議は続いていますが、途中で抜けて出てきました。中の様子をお伝え します。皆さん、ビッグパレット、入ったことあると思うんですが、長い廊下があるんですけれども、そこの廊下すべてに福島県が作ったパネルがズラーっと 貼ってありました。で、そのパネルは、凄く津波も大変だった、という写真とか、除染をしているところとか、あと、子供たちの心のケアのためにこういう取り 組みをしていますとか、そういうことがいっぱい貼ってあったんですけれども、要は、福島は大変な状況であるけれども、線量も除染をすればこれだけ下るし、 こうやって除染をしています、こういう風に今、皆さん元気に過しています、頑張って生活しています、というパネルがズラーっと貼ってありました。それが一 階です。

で、二階には福島県の物産展ということで商品とかが置いてありました。で、福島県のお水をペットボトルに入れて売っています。「い かがですか?」っていうことでお奨めをされました。本当に、何も、もう大丈夫なんですよ、っていうことがズラーっとパネル展で貼ってありました。

フクシマアクションプロジェクトと話し合いをして、一時期、本会議の中で福島の被害者の声を聞くように、お願い、というか要請をしまして、こちらから人を推 薦してくれれば本会議の中で話をしてもよいという、、話ができるかどうかを検討するということを言っていただいていたんですが、結論、無理ということで、 その代り、皆さんからのメッセージを集めて会場に貼り出しますということで、お聞きしてました。ので私は会場に入った時にとにかくそれを捜して歩きました が、私が見た範囲では分らなかったんです。で、(どこにあるんですか?」と外務省の事務方の方に、聞きに行きましたところ、一階の一番隅っこの端に、ホワ イトボードに貼り付けて、一応、貼ってはありました。で、「私、見た時、分らなかったんですけれど」ていう風に事務方の方に言ったら、「必ず海外から是ら れた方が通る通り道に一応、貼ってあるので、見ると思います」っていうことでしたが、私たちが入ってすぐに一所懸命捜しても分らなかったので、それはどう なんだろう、ということを思いました。

タイトル がありました。英語で書いてあって、「福島の皆さんからの声」ということでタイトル貼って、皆さんからのメールが切り貼りでホワイトボード一面に貼ってありました。で、フクシマアクションプロジェクトの申し入れ書も貼ってありました。そこは確認しました。

で、 玄葉さん、玄葉大臣が最初にスピーチをして、その後、IAEAの天野さんがスピーチをしていたんですけれども、福島の経験を生かして、安全対策を万全にし て透明化して、大丈夫だから他の国もそんなに心配せずに福島から学んだこと、すべて皆さんにお話ししますから、事故が起らないようにこれからやりましょうね、原発、推進しましょう、っていうことを皆さん、はっきりと発言していました。

私たちは後ろで傍聴なので、発言も一切、するなということで言われていたのですが、本当に、何か、はらわたが煮えくり返るというのはこういうことなんだな、と思いながら一応、静かに聞いていましたが、言っていたことは本当に無茶苦茶でした。もう、とにかく、大丈夫なんだって。で、線量も事故当時よりはかなり低減されています、その一言なんですね。実際、今、どんだけ出ているのかっていうこともまったく言わず、除染の効果についても言わず、やってます、少し下ってます、っていうことだけで、会議がどんどん進んでいっていました。

ロビーには福島県のパネルとは別にIAEAの作ったパンフレットやDVDも置いてあったので、ちょっと貰ってきたんですけ れども、こういう形で自分たちの宣伝もちゃっかり続けていた、という形でした。本当に会議の中の話は私たちが心配していた通りの状況で進んでいました。で 皆さんにもお渡ししたIAEAへの要請の文書を見ていただくと分るんですけど、本当に福島原発事故を過少評価をして、実際の被災者たちの声を聞いていない ということは一緒だと思います。唯一、被災者の声ということで載っていたのは警察官と警察官の家族の方の思いというのは綺麗なパネルになって貼ってありま した。でも一般の普通の人の声は綺麗なパネルになって貼り出されるということではありませんでした。子どもたちが屋内遊び場も順次、整備していますっていうようなパネルもありました。

ジュネーブでの報告


地脇美和

IndependentWHO主催で開かれたForum Radioprotection(2012年5月12日、ジュネーブ)での報告

皆さん今日は

日本から来ました福島の「放射能から子どもたちを守る福島ネットワーク」の地脇と申します。2011年3月11日の東日本大震災に続く福島第一原子力発電所の事故が私たちの暮しから様々なものを奪い、破壊しました。その影響は世界中に及び、原発を泊められなかったことを本当にたいへん申し訳なく思っています。

当時、原発の情報は日本政府、福島県、マスコミからはありませんでした。原発が爆発した映像はBBC放送のインターネットで流されました。スピーディー(緊急時放射能影響予測ネットワークシステム)の情報はアメリカ政府には3月14日には提供し、日本国民には3月23日に公開しました。福島県には3月11日から情報が公開されていましたが、住民には知らされませんでした。そのため原発から30キロ圏内の住民は放射能が流れる方向に避難をしてしまい、不信感と怒りを募らせています。

また汚染の実態が隠されていたため、母親は子どもと雨の中、地震による断水のため長時間、給水の列に並ぶことになりました。

母親たちは自分が無知だったために子どもを被曝させてしまったと、非常に後悔しています。この間、事故の状況と汚染実態は小出しにされ、レベル7に引き上げられたのは1ヵ月後でした。飯館村は高濃度汚染の中、住民を1ヵ月以上も村に居住させていました。

長崎大学の山下俊一教授をはじめとする福島県の放射線管理アドヴァイザーが入れ替り立ち替り訪ずれて、子どもを遊ばせても大丈夫、100mSvでも大丈夫です。放射線の影響というのはくよくよしている人にくる。ニコニコしていると放射能の影響はこない、と話しました。しかしその直後に計画的避難区域として全村避難となりました。村民は「私たちはモルモットなのか」と怒っています。当時、わけの分らない恐怖の中にいた人たちは「大丈夫だ」という言葉を聞きたい、安心したい、という心境の人と、放射能の危険性を知り、不安に思う人の間に温度差と分断が生まれてしまいました。「放射能の話をしたら離婚だ」「放射能を心配し過ぎ」「頭がおかしい」などと言われ、家庭内でも地域でも、放射能を話題にできない雰囲気が作られていきました。

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一方、市民による自主測定の結果、人口が集中している県中央部、中通りでもたいへん深刻な汚染であることが分ってきました。ある親は毎日、子どもを学校に送り出すのに、子どもに不安を与えてはいけないと思うから、笑顔で送り出す、けれどもその後、毎日、毎日、不安を責めて過している、「本当に今、学校に行かせていいのだろうか」「自分は子どもを守れているのだろうか」「自分は親失格だ」と、このような悲痛なメールや声がたくさんありました。

福島県内の中学校の76%は放射線管理区域である、空間線量0,6μSv以上の汚染の中にありました。昨年4月、文部科学省は子どもたちに年間被曝量20mSv、毎時3,8μSvまでの被曝は容認する、という通達を出しました。つまり、この国はこれ以上、子どもを守ってくれないのだと分りました。

その後、「国が動かないなら、私が守るしかない、そう気がついて教育委員会に今日、電話しました」など、一人ひとりが動き出しました。昨年5月、子を持つ親が子どもを放射能から守るためにあらゆる活動を行なう、という一点で結びつき、「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」が設立されました。放射線量を計測し、汚染地図を作ったり、放射能の影響についてチェルノブイリから学ぶ、など県内各地で毎日のように学習会・講演会が行なわれました。皆さんの力が合わさって、昨年5月27日、文部科学省は本年度の学校生活における被曝量は、1mSv以下を目指す、と修正しました。

現在、福島県内はもちろん、全国各地に市民食品放射能測定所が次々とオープンしています。国の食品の暫定基準値が高いこと、行政の検査の態勢が十分に整っていないため、市民測定所が求められています。福島県が発表した、米の安全宣言後に汚染米流通が発覚するなど、消費者の不安は高まっています。行政は放射能汚染を実害とは言わず、「風評被害」と言い、「食べて応援キャンペーン」を推進しています。親たちは検査をすり抜けた汚染された食品が流通しているのではないかと、心配しています。そのため、家庭での食事は「食材を遠くの産地から購入している家庭」と、「何も気にせず、これまで通りに地元産を購入している家庭」、「気にはしているが経済的に厳しく、購入できない家庭」など様々です。

そんな中、西日本からの無農薬の野菜を仕入れ、販売する野菜カフェ「はもる」をオープンし、情報提供や学習会なども始まました。

学校給食については、「食品の放射能測定を徹底させること」「安全な食材を使用して欲しい」など、県や学校に対して要請行動を行なっている親たちが全国にいます。また保育所や学校で、自分の子ども一人だけでも弁当持参にしている、という人もいます。

しかし親たちの間で心配する気持の温度差が大きく、「学校や皆が大丈夫だと言っているから大丈夫だろう」「自分の子どもだけ他の子と違と可哀想だから」と今までと変わらない親が多いのが現状です。一方で、全国ネットワークも結成され、子どもを守る取り組みも進められています。

2012年1月、「甲状腺検査を受けた福島県の子どもの30%に小さいしこりや嚢胞が見られるたが、原発の影響と見られる異常はなかった」と報道されました。山下俊一氏は「追加検査は必要がない」と、日本甲状腺学会の会員に文書を出しました。本当にそうなのでしょうか。

保養・疎開・避難の取り組みは、主に市民どうしの繋がりで行われています。福島市大波地区での特定避難勧奨地点での説明会で、冒頭、福島市は「避難は経済を縮小させますから、除染で行きます」と言いました。つまり、避難はさせませんと言ったのです。

私たちは「除染をするということは地域が汚れているということです、どうして子どもたちを汚れた地域に置いたまま除染をするのですか?」と問うています。しかし行政は、除染するのだから避難の必要はない、という姿勢です。高線量地域にある学校が運動会は校庭でやりました。お母さんたちは心配だから、中止するか体育館にして欲しいと申し入れをしたと、校長先生は「当日は個人的にお休みください」と言ったそうです。

また、中学、高校生は親が言うことより、友達や部活動の方が大切な年代です?避難を絶対にしない、と親に言っている女の子たちでも、友達どうしでは、「私、将来結婚して子どもが生めるのだろうか?」と話していると聞きました。どうしてこんな辛い思いを子どもたちにさせなくてはいけないのでしょうか。2012年2月現在、福島県外に避難している人は約6万2千人程度と言われています。

年度が変わる3月末で、被害者はさらに増えました。昨年6月、郡山市で市民が避難の権利を求め、同市を相手取って、裁判所への仮処分申請を行ないました。「福島集団疎開裁判」と呼ばれるものです。松井英介先生にも意見書を書いていただきましたが、半年後、申立は却下されてん現在、上告しています。

避難区域以外の人々は、自主避難者と呼ばれお父さんは仕事のため福島に残り、母子のみで避難するケース、家族揃って避難するケース、家族内で意見対立があり、家から飛び出す形や、離婚して避難するケースなど、事情により様々です。

皆さん、生活がとても苦しい状態にあります。避難した方は「私は汚染された土地に多くの人を残して逃げてきてしまった」、故郷を蹂躙されている人は「打ちのめされ、絶望し、自分が健康に生きる権利すら、諦めさせられている」と話します。

私たちはたとえ短期間でも、子どもたちの体と心を癒すための、保養や避難の相談会を行なうなど、子どもたちやすべての命を守るために、諦めずにあらゆる努力をします。どうぞ、世界中の皆様、ご支援をお願いいたします。

有難うございました。