ジュネーブでの報告


地脇美和

IndependentWHO主催で開かれたForum Radioprotection(2012年5月12日、ジュネーブ)での報告

皆さん今日は

日本から来ました福島の「放射能から子どもたちを守る福島ネットワーク」の地脇と申します。2011年3月11日の東日本大震災に続く福島第一原子力発電所の事故が私たちの暮しから様々なものを奪い、破壊しました。その影響は世界中に及び、原発を泊められなかったことを本当にたいへん申し訳なく思っています。

当時、原発の情報は日本政府、福島県、マスコミからはありませんでした。原発が爆発した映像はBBC放送のインターネットで流されました。スピーディー(緊急時放射能影響予測ネットワークシステム)の情報はアメリカ政府には3月14日には提供し、日本国民には3月23日に公開しました。福島県には3月11日から情報が公開されていましたが、住民には知らされませんでした。そのため原発から30キロ圏内の住民は放射能が流れる方向に避難をしてしまい、不信感と怒りを募らせています。

また汚染の実態が隠されていたため、母親は子どもと雨の中、地震による断水のため長時間、給水の列に並ぶことになりました。

母親たちは自分が無知だったために子どもを被曝させてしまったと、非常に後悔しています。この間、事故の状況と汚染実態は小出しにされ、レベル7に引き上げられたのは1ヵ月後でした。飯館村は高濃度汚染の中、住民を1ヵ月以上も村に居住させていました。

長崎大学の山下俊一教授をはじめとする福島県の放射線管理アドヴァイザーが入れ替り立ち替り訪ずれて、子どもを遊ばせても大丈夫、100mSvでも大丈夫です。放射線の影響というのはくよくよしている人にくる。ニコニコしていると放射能の影響はこない、と話しました。しかしその直後に計画的避難区域として全村避難となりました。村民は「私たちはモルモットなのか」と怒っています。当時、わけの分らない恐怖の中にいた人たちは「大丈夫だ」という言葉を聞きたい、安心したい、という心境の人と、放射能の危険性を知り、不安に思う人の間に温度差と分断が生まれてしまいました。「放射能の話をしたら離婚だ」「放射能を心配し過ぎ」「頭がおかしい」などと言われ、家庭内でも地域でも、放射能を話題にできない雰囲気が作られていきました。

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一方、市民による自主測定の結果、人口が集中している県中央部、中通りでもたいへん深刻な汚染であることが分ってきました。ある親は毎日、子どもを学校に送り出すのに、子どもに不安を与えてはいけないと思うから、笑顔で送り出す、けれどもその後、毎日、毎日、不安を責めて過している、「本当に今、学校に行かせていいのだろうか」「自分は子どもを守れているのだろうか」「自分は親失格だ」と、このような悲痛なメールや声がたくさんありました。

福島県内の中学校の76%は放射線管理区域である、空間線量0,6μSv以上の汚染の中にありました。昨年4月、文部科学省は子どもたちに年間被曝量20mSv、毎時3,8μSvまでの被曝は容認する、という通達を出しました。つまり、この国はこれ以上、子どもを守ってくれないのだと分りました。

その後、「国が動かないなら、私が守るしかない、そう気がついて教育委員会に今日、電話しました」など、一人ひとりが動き出しました。昨年5月、子を持つ親が子どもを放射能から守るためにあらゆる活動を行なう、という一点で結びつき、「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」が設立されました。放射線量を計測し、汚染地図を作ったり、放射能の影響についてチェルノブイリから学ぶ、など県内各地で毎日のように学習会・講演会が行なわれました。皆さんの力が合わさって、昨年5月27日、文部科学省は本年度の学校生活における被曝量は、1mSv以下を目指す、と修正しました。

現在、福島県内はもちろん、全国各地に市民食品放射能測定所が次々とオープンしています。国の食品の暫定基準値が高いこと、行政の検査の態勢が十分に整っていないため、市民測定所が求められています。福島県が発表した、米の安全宣言後に汚染米流通が発覚するなど、消費者の不安は高まっています。行政は放射能汚染を実害とは言わず、「風評被害」と言い、「食べて応援キャンペーン」を推進しています。親たちは検査をすり抜けた汚染された食品が流通しているのではないかと、心配しています。そのため、家庭での食事は「食材を遠くの産地から購入している家庭」と、「何も気にせず、これまで通りに地元産を購入している家庭」、「気にはしているが経済的に厳しく、購入できない家庭」など様々です。

そんな中、西日本からの無農薬の野菜を仕入れ、販売する野菜カフェ「はもる」をオープンし、情報提供や学習会なども始まました。

学校給食については、「食品の放射能測定を徹底させること」「安全な食材を使用して欲しい」など、県や学校に対して要請行動を行なっている親たちが全国にいます。また保育所や学校で、自分の子ども一人だけでも弁当持参にしている、という人もいます。

しかし親たちの間で心配する気持の温度差が大きく、「学校や皆が大丈夫だと言っているから大丈夫だろう」「自分の子どもだけ他の子と違と可哀想だから」と今までと変わらない親が多いのが現状です。一方で、全国ネットワークも結成され、子どもを守る取り組みも進められています。

2012年1月、「甲状腺検査を受けた福島県の子どもの30%に小さいしこりや嚢胞が見られるたが、原発の影響と見られる異常はなかった」と報道されました。山下俊一氏は「追加検査は必要がない」と、日本甲状腺学会の会員に文書を出しました。本当にそうなのでしょうか。

保養・疎開・避難の取り組みは、主に市民どうしの繋がりで行われています。福島市大波地区での特定避難勧奨地点での説明会で、冒頭、福島市は「避難は経済を縮小させますから、除染で行きます」と言いました。つまり、避難はさせませんと言ったのです。

私たちは「除染をするということは地域が汚れているということです、どうして子どもたちを汚れた地域に置いたまま除染をするのですか?」と問うています。しかし行政は、除染するのだから避難の必要はない、という姿勢です。高線量地域にある学校が運動会は校庭でやりました。お母さんたちは心配だから、中止するか体育館にして欲しいと申し入れをしたと、校長先生は「当日は個人的にお休みください」と言ったそうです。

また、中学、高校生は親が言うことより、友達や部活動の方が大切な年代です?避難を絶対にしない、と親に言っている女の子たちでも、友達どうしでは、「私、将来結婚して子どもが生めるのだろうか?」と話していると聞きました。どうしてこんな辛い思いを子どもたちにさせなくてはいけないのでしょうか。2012年2月現在、福島県外に避難している人は約6万2千人程度と言われています。

年度が変わる3月末で、被害者はさらに増えました。昨年6月、郡山市で市民が避難の権利を求め、同市を相手取って、裁判所への仮処分申請を行ないました。「福島集団疎開裁判」と呼ばれるものです。松井英介先生にも意見書を書いていただきましたが、半年後、申立は却下されてん現在、上告しています。

避難区域以外の人々は、自主避難者と呼ばれお父さんは仕事のため福島に残り、母子のみで避難するケース、家族揃って避難するケース、家族内で意見対立があり、家から飛び出す形や、離婚して避難するケースなど、事情により様々です。

皆さん、生活がとても苦しい状態にあります。避難した方は「私は汚染された土地に多くの人を残して逃げてきてしまった」、故郷を蹂躙されている人は「打ちのめされ、絶望し、自分が健康に生きる権利すら、諦めさせられている」と話します。

私たちはたとえ短期間でも、子どもたちの体と心を癒すための、保養や避難の相談会を行なうなど、子どもたちやすべての命を守るために、諦めずにあらゆる努力をします。どうぞ、世界中の皆様、ご支援をお願いいたします。

有難うございました。