私たち自身の主権者としての責任と自覚が必要な時


庄司郁子

福島原発告訴団「検察審査会第2次申し立て報告集会」(2013年11月22日・東京日比谷図書館)での発言

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私は三春町在住の庄司郁子といいます。告訴団の役員をさせていただいています。

河合弁護士さんもおっしゃったように、私たちの告訴・告発が強制捜査もなく全員不起訴という検察の処分、それが出たということは到底、納得のいくものではありません。

で、この検察審査会に申し立てたということが、これは私たち市民が強権力から主権を取り戻す、そういう闘いなんだっていうふうに私は認識しています。如何に、私たち市民一人ひとりが情報を自由に得て、そして自分で考えて、判断して、行動するかということが問われている、大切な時なんだと思っています。しかし、それを阻むものが次々と今、作り出されています。

私たちはあまりにもこれまであらゆることに対して無自覚すぎたのではないかな、と私などは思っています。原発設計にかかわられた後藤正志さんなどは「原発は未熟なテクノロジーだ」と。「一度、事故が起きれば取り返しがつかないものなんだ」とおっしゃっていたのを、3・11の後で知りましたし、で、人間の手に負えないものなんだと、このようなものがどうしてこんなに、日本中に54基も建ったのか、と。

それはやっぱり安全神話のもとで科学技術への盲信、それが根底になるんだと思います。で、1950年代、私が生まれた頃ですけれど、「原子力の平和利用」という名の下で、その原子力の導入というのは、テレビの導入と連動していて、その時CIAのエージェントであった正力松太郎がアメリカの大きな戦略の一つとして、メディアと…丁度、テレビの導入と重なりましたから、テレビと、新聞と大々的に、その「平和利用」のキャンペーンをやったわけですけれど、この60年あまりの原子力の歴史そのものが、もう、情報操作と、不都合なことを隠す、隠蔽するという…最初から一方的で、不均衡であったものだということを、余りにも無自覚でいたんじゃないかな、と思います。

で、先程、藤崎さんが福知山線の脱線事故のことを色々、教えてくださいましたけれど、私自身、検察審査会っていうものを知ったのは、この福知山線事故の後でした。で、今でこそこの検察審査会というものが沢山の方々に知られて、そして今度こそ徹底的な、この事故の総括や検証が行なわれて、二度とこういうことが起きないようにしていくようにするための、私たち自身の主権者としての、自覚…責任と自覚が必要な時なんだということを強く感じております。

私たちのコミュニケーション力を高めて沢山の人に、特に都民の方々には…沢山の方々にそれを伝えていって欲しいと切に切に思っております。よろしくお願いいたします。