「原子力安全閣僚会議」って何?


関久雄

(個人ブログ「関ジョニーからの伝言」より転載)

• 2012.11.06 Tuesday

11月5日(月)、田村市の船引町で脱原発運動を進めている「福島のおんなたち」を中心とした「非暴力トレーニング」を行いました。これは、12月15日、16日に郡山で開催される、国と国際原子力機関IAEAが開催する、「原子力安全閣僚会議」について、その問題点を明らかにし、それに抗議する行動をプランを立てるというものでした。

この会議の中身をざっくり言えば、福島事故の反省を踏まえ、原発をこれからも「安全」に推進していく、それを内外に発信する場というものでしょう。しかも、この会議を誘致したのは福島県だといいます。福島県は昨年、「脱原発」を宣言したはずですが、放射線や除染の研究、健康調査などを福島県と共同で進めるということです。一見、何かよさそうな感じですが、これまでのIAEAの中身を見れば疑問が沸くのは当然です。

そこで今回の非暴力トレーニングを通して、この会議の目的は何か、何が問題かを明らかにし、被爆させられた住民としてどんな意見を言い、行動するかのワークショップをやることになったのです。

●まずはお互いを知ることから

参加者は10名。アイスブレイクの後、午前中はお互いを知る「インタビューゲーム」を行いました。その中では、「原発の無い社会を実現するために大切だと思うこと」をお互いに話してもらいました。その中で出た意見は、人間関係が大切、足るを知ること、放射能に対する正しい知識が大切、自然エネルギーのことを知ること等々が出されました。

午後からは「原子力安全閣僚会議」について、「会議の中身とねらいは何か?」、「この会議の何が問題か?」、「その問題を解決するための具体的な方法は何か?」などについて話し合いました。これは、「ファシリテーショングラフィック」という、模造紙に話の内容を書き込み、それを眺めながら閃いたことを書いていくやり方を取りました。

●«Nothing about us without us.»

その結果、国とIAEAが一緒に行い原発を推進していくことがわかり、さらにこの会議や研究機関を福島県が招致していること、これまでのIAEAのやり方から、被災者には不利に働くような動きになることが予想されることなどが見えてきました。

さまざまな行動が提案され、県に事実を確認していくこと、抗議行動を県民にわかりやすく伝えること、「避難の権利」を訴えることなどが確認されました。

この日の大きな気づきは、何といっても、「私たち抜きで、私たちのことを決めないで」ということでした。これは、障碍者に対する施策「自立支援法」が制定される時に、障碍者から提起されたスローガンでした。これと同じく、被爆させられた者たちの声を聞かずに原子力政策が進められていくことに対して、「私たちの声を聞け!」という叫びを上げることははきわめてまっとうで、参加者、全員の共感を呼びました。英語で言うと、«Nothing about us without us»というようです。

最後はみんなで感想を書いてシェアして終了。

来月の実践にむけた非暴力トレーニングは12月3日に行われます。行動のためのシュミレーションやロールプレイングを行います。何ができるかは思案中です。人間の鎖、デモ、行進、ダイイン、県への申し入れ、歌や踊りのアピールなどなど知恵を出し合うことになりました。

この12月15,16日は第二回目の「脱原発世界会議」が東京で開かれるそうですが、ぜひ、現地、郡山に来て一緒に非暴力で行動して欲しいものです。

それでも私たちは繋がり続ける


武藤類子

2912年7月16日 さよなら原発10万人集会(代々木公園)での挨拶

ruiko_yoyogi

暑い日射しの中を、さよなら原発10万人集会に繋る皆さん、本当によく来てくださいました。主催者でもない私がこんなことを言うのはちょっとヘンですけれど、でも、本当によく来てくださった、そう思うのです。3.11からの日々、福島の人々ももちろんそうですが、福島原発事故に心を傷め、原発のある社会を憂えた日本の人々が、日本中の人々が、優しく支えあい、「自分にできる何かを!」と立ち上がり、数々の行動を起してきました。今日皆さんにお話ししたいのは、悲しみと困難の中で、それぞれが「本当によくやってきたね」っていうことです。

明かにされていく事実の中で、さらにがっかりすることや、驚き呆れることもたくさんありました。数々の分断は私たちをバラバラにしようとしました。暗闇の中で、翻弄され、傷つき、混乱しながら、それでも繋がり続け、一人ひとりが最善を尽してきたと思います。

それがこの夏の公園に拡がる色とりどりの花模様です。官邸前の熱い金曜日です。日本中で展開される、福島の子供たちの保養プロジェクトや健康相談会です。日本のあちこちに市民の力で建てられた、放射能測定所です。様々な人々が立ち寄っていく経産省前テントです。一早くマンパワーを送り込んでくださった、障害を持つ人々を支えるネットワークです。被曝の中で行われた数々の除染実験です。見知らぬ土地で、勇気をふり絞った新しい生活です。福島の女たちの大飯原発弾劾ツアーです。1300人以上の市民による集団告訴です。電力会社を訴える数々の裁判です。政治に訴えるあらゆる取組みです。情報開示や自治体への弛まぬ働きかけです。インターネットで、瞬く間に拡がっていく小さな報道です。映画であり、音楽であり、書物です。各地に拡がるユーモラスな福島の古い盆踊りです。今、私たちの上を飛ぶヘリコプターです。

seki_yoyogiそして今日、福島県の二本松市というところからテクテクと歩いてやってきた人がいます。「灰の行進」の関さんです。この会場におられます。彼は6月のある日、たった一人で東京に向かって歩き始めました。かつて3.11の原発事故が起きる前に二人の若者が東京から福島までを歩き通す廃炉ウォークを試みようとしたことがありました。それは消費地東京から原発現地の福島へ電気を送る道を逆に辿り、原発なき新しい世界のビジョンを考える行進のはずでした。しかし今、電気の道を辿りながら、放射能に汚染された岩と土を背中に背負って、関さんは一歩一歩歩いてきました。明日、東電と経産省に、「あなた方が出したものを返しに来たよ」っと渡しに行くのだそうです。暑い日も雨の日もテクテク歩くうちに、一人二人と同道者が増え、今日はどれぐらいの人々と共に、この公園に歩いてこられたことでしょうか。

私たちは今日ここで「本当によくやってきたね」と、自分を褒め、今、隣りにいる人を褒めましょう。そして深く息を吐き、体を労りましょう。私たちの行動を支えてきた大切な体です。明日を賢く生きるために密かに微笑みと力を蓄えましょう。しかしそれでも、福島の現状はあまりにも厳しいのです。4号機、甲状腺検査、再稼動、瓦礫問題、安全保障。廃墟と復興の狭間でひっそりと断たれていく命たち。

アメリカのジョアンナ・メーシーという人がかつて言いました。「絶望こそが希望である」と。福島原発事故という最悪の事態の中から、私たちは微かな光を手繰り寄せ、今、このように青空の下に集まっています。声なき声と共にあり、分断の罠にゆめゆめ落ち込むことなく、賢く繋がりあっていきましょう。共に歩んでいきましょう。

有難うございました。